「日本の中小企業が中国で成功を収めるには」

本誌でこのテーマを取り上げるにあたっては外せない人物がいる。

これまでにも何度かご登場いただいている、安中茂氏のことだ。

同氏が代表取締役を務める株式会社仲代金属は9年前から中国進出に乗り出しており、中小企業としてはいち早く、いまなお果敢に挑戦し続けている一社だ。

 

そびえたつ文化の壁、雇用リスク、技術継承。

「日本のものづくりのあるべき姿」を探求する同社に降りかかる多くの問題に、同氏はいま、何を思うのか。

 

 

中国、第3四半期のGDPをどう読むか

中国・国家統計局が10月末に公表した結果によると、同国の2011年第3四半期(7〜9月)の国内総生産(GDP)は、前年同期比9.1%の伸びだったという。

 

ずばり、この結果は何を指すのか。

単純に見れば、とどまるところを知らなかった中国経済の「減速」をにおわせるような数字である。

具体的にいえば2011年第1四半期(1〜3月)の伸びは9.7%、第2四半期(4〜6月)は9.5%。

確かに、値だけを並べればその勢いはやや収まりつつあると思える。

 

しかし、これらも専門家に言わせれば「中国の金融引き締めに大きな変化はない。当面は微調整に入る程度」とのこと。筆者も、その考えには概ね同意する。周知の通り、いまの中国には数字だけでは読み取れない驚異的な勢いがあるからだ。

 

今回訪問した経営者も、同様の意見をもって頷く。

「良い意味でも悪い意味でも、いまの日本人とはガッツが違う。国民一人ひとりの意識が違うのでしょうね」

 

そう話すのは、本誌に何度もご登場いただいている株式会社仲代金属・代表取締役、安中茂氏。

株式会社仲代金属・代表取締役、安中茂氏

同社は、ニッケルやアルミニウムなどの金属を超精密・極薄加工する技術、「スリット加工」を得意とする中小加工メーカーの雄だ。

また、中小規模でありながらも中国進出に積極的なことで知られる一企業でもある。

 

仲代金属の技術力、そしてチャレンジ精神に刺激を与えられた同業他社も少なくないと聞く。確かに、「金属を誰よりも細く、どこよりも薄く、軽く加工できる」を特長とする同社の技術力は国内トップクラス。

〝匠の技〟とも呼ばれるにふさわしく、それは仲代金属の武器でもある。

 

そして最大の武器が「技術力」であるならば、最大の魅力は安中氏自身であろう。

その人柄は、どの経営者にも敵わないモノがあることを筆者は誰よりも知っている。

 

仲代金属、中国進出を阻む影とは

安中氏は、ただ経営手腕があるだけではない。

自らを「『大きな事業』という『山』を当てる『山師』」と表現するように、先見の明と、それを実現する行動力がある。

そして、快活さも皆が惹かれる部分の一つだ。そんな筋の通った考え方に共感し、好感を覚える経営者が多いのだろう。

 

実をいえば本誌『ビッグライフ21』一同も、いわば同氏のファン。

此度も「中国進出に挑む中小企業のリアルな声」、できれば「明るい話題と同業他社への喝」を求めて同社を訪ねたといっても過言ではない。

 

ところが、いざ安中氏と顔を合わせてみると、どうやらいつもとは様子が違う。

「中国との壁。一言でいえば、文化の違いですよね。その隔たりがどうしても埋められない」

 

口調は快活である。しかし、その表情と出てくる言葉はめずらしく後ろ向きだ。

「らしくない」、ともいえるが、実はそれも納得せざるを得ない要因も多い。

 

仲代金属が中国へ進出したのは2002年で、2008年の12月には同国・上海に現地法人の仲代金属精密加工(上海)有限公司を設立し、中国内初となる超精密スリット加工専門企業を立ち上げている。

 

前回、同社に取材を試みたのは2009年末。その当時は仲代金属精密加工の総経理であり、仲代金属取締役営業部長の近藤康良氏が次のような話をしていた。

「いまは現地採用の従業員を教育して、『仲代金属精密加工』としてのシステムや管理体制をつくっている最中。正直なところ、立ち上げ時以上に苦労をしています」

 

「仲代金属精密加工」が事実上の独自の現地法人であり、海外進出である

それから、約2年が過ぎた。

前回記述した通り、仲代金属は2008年までに国内で東京・足立区の加平、東和と、新潟県、海外では韓国・ソウルと中国・蘇州、計5カ所に工場を構えていたが、「韓国は現地社との合弁会社であり、蘇州はあくまでスリッター専門工場なので、『仲代金属精密加工』が事実上の独自の現地法人であり、海外進出」とのこと。

 

「やはり、中国という国は違いますね。見た目は日本人と似たところがあっても……」

どうやら、近藤氏が最もこだわっていた「人材育成」の部分に、いまもなお相当な苦労をしているようだ。

 

 

大切なのは文化、国民性を理解すること

日本人同士、日本国内であっても社員教育は一筋縄ではいかないもの。

それは年代別、個人差、地域差等も関係するのだから、育ってきた環境、言語、習慣が異なる「外国人」とのやりとりは容易ではない。

 

しかも仲代金属では中国進出において、「日本企業には手を出すな」をモットーとしている。

それは、「日本国外にいながら、日本企業を相手にしていたのでは意味がない。外国にいるのだから世界と競い合わなければならない」との安中氏の考えるによるもの。

どんな窮地に置かれようとも、その思いを崩すつもりはないようだ。

 

さらに、「2012年の法改正で、私たちのような加工メーカーにはますます不利な展開になることが予想されます。

いままでのように素材を一時的に保管し、加工することができなくなり、買い取った上での加工、というカタチになるといわれているのです」とさすがの同氏も苦笑する。

 

だが、「中国進出」に四苦八苦している企業は仲代金属だけであろうか。企業の規模に限らず、海外進出に際しては往々にして苦労話があるはずだ。

 

ではここで、先日開催されたとある会議での企業人や有識者による「中国ビジネス成功の要諦」を紹介しよう。 

 

「ライバルに先駆けて中国に進出し、ヒット商品を出したのはいいが、それゆえに自社の『高級感』を損なった」

そう語ったのは、某化粧品メーカー。

いまから20年以上も前に他社を出し抜くカタチで中国に乗り込んだ同社は、いち早く現地に合弁会社を設立し、結果として年間1000万個を超える大ヒット商品を生み出した。しかし、「あまりに売れすぎたことで自社商品を『中国の製品』と誤解する消費者が増えた」という。

商品は売れたのに、デメリットも生まれる。これはなかなか興味深い事柄だろう。

 

また、中国経済では頻繁に報道されているように近年、急速に内需が膨らんでいる。これからはインフラ整備のほか、都市化による住宅や耐久消費財の需要も伸びることが予想される。

しかし、ある有識者は「とはいえ、いまなお貧富の差が非常に激しい。広い国土で考えれば、日本と違って中産階級はまだまだ少ない」と苦言を呈する。そのため、個体差、地域で求められる商品の違いが大きい。

 

だからこそ、中国では「ターゲットの見極め」が重要。

メーカーとしては、その目利きで勝敗が決まるようだ。

 

 

見せられるか、「9年目の奇跡」

前述の会議では、「自社の強みを存分に生かし、スムーズに事業展開するには、現地で良いパートナー企業を見つけることが欠かせない」との意見が多く出た。

良いパートナーと出会うことさえできれば、「取引先からの資金回収や知的財産権の侵害といったトラブルへの対応にも役立つ」という利点がある。

 

それは中小企業にとっても変わらない。

安中氏も、「中国で商売をするにあたってどうするのが最良の選択か、と問われれば、大手企業とうまく付き合うことだと思います」と語る。

そこにあるのは「安定」にほかならない。

 

これは一例であるが、ある大手企業担当者も「パートナー選びのために20社近い現地企業を回ったが、事業理念をともに貫けると思ったのは一社だけだった」というほど、パートナー選びは重要なようだ。 

 

と、ここまで先行きの危うい話ばかりをしてきたが、仲代金属は決して先行きが暗いわけではない。

「正直いうと、『身の丈に合った経営』を貫くのであれば中国に進出しようともそこまでの苦難はないのです。

ただ、より成長したい、より多くの市場を開拓したいと上を目指すと、どうしても壁にぶつかってしまう」

 

それでも、挑戦したいと思う。それが安中茂という経営者なのだ。

 

また、「実は、私たちにも何社かの大手から声がかかっている。そのうちのどこかとでも手をつなげば、現地法人も上向きになっていくのでしょう。だけど、もう少し自分たちだけでチャレンジしてみたいとの気持ちもあるのです」と語る。

 

なぜならいまはまだ利益こそ上向かないものの、徐々にマイナスは減っているというからだ。やはり、安中氏。ただものではない。

 

「いや、それにしても、やはり現実は厳しいですよ」

描いていた未来予想図がやや外れたことに苦笑いしながらも、この先を諦めているわけではない。

「間違っていたならば、もう一度修正し、描き足せば良い」、そう考えているかのようにも思える。

 

そもそも、いまや日本はGDPベースで見ても中国に次ぐ世界第3位。東日本大震災の影響も残り、超円高の影も大きい。

そのような状況下で自国より上の大国で勝負しようというのだから、意気込みだけでもあっぱれであろう。

本格的な中国進出から、早9年目。

どこまでも上を目指す仲代金属、それを牽引する安中氏の姿を見ていると、筆者は「日本も、何度でも再生できるはずだ」という期待を抱いてやまない。

 

そして何より私たちに今年こそ軌跡の「奇跡」を見せてくれることを、心から願う。

 

 

●安中 茂(あんなか・しげる)氏

1944年、新潟県新発田市生まれ。地元の学校を卒業後、15歳で上京する。

会社を7回変えるも自分の意志を貫き、30歳で仲代金属を設立。

その後、1976年に有限会社、1999年に株式会社へと組織変更を行い、同時に代表取締役に就任し、現在に至る。

 

 

●株式会社仲代金属

〒121-0055 東京都足立区加平2-9-2

TEL:03-3650−7730

URL: http://www.nakadai-metal.com/

 

 

●仲代金属精密加工(上海)有限公司

郵編201818

上海市嘉定区馬陸鎮豊登路615弄12号

TEL;021−5990-7259

URL: http://www.nakadai.com.cn/

 

本記事は2012年新年号掲載記事を転載したものです。