久しぶりに足を向け、この人の話を聞き、現場を見て回ったあと、帰り途を歩きながら思うともなく思ったが、どうやらコア・コンピタンスと呼べる独自の技術と揺るぎないプリンシプル(信念、主義)さえあれば、そうそう逆風に遭うことはないし、希に遭ってもほどなく追い風に換わってしまうものらしい。

ギヤレス・非水銀式計測器のパイオニアの一として世界にも知られ、今なおふた桁成長を続けるネステック(本社・千葉県習志野市)の3代目最高司令官、月岡周郎氏だ。

その月岡氏が(穏やかな口調ながら確かに)、吼えた。

 

5年後の世界市場を視野に置いた日米欧を通じてのオンリーワン企業、〝アナログ総合計測器メーカー〟宣言である。

すべて電子機器にアナログ・インターフェースは不可欠

アナログ、と聞いて(何じゃ今さら)と思う向きもあろうから、まずはその辺りの話から入ろう。

 

「例えば電車です。

時刻表通りきちんと発車し、きちんと走り、きちんと停まって、きちんとドアの開け閉めをし、またきちんと発車するだけなら、それらの指示をすべてプログラミングして、デジタル信号に置き換え、その信号を処理し、コントロールする電車の集積回路に送っておけば、ことは足りるという理屈になります。

しかし実際の電車はどうでしょうか。超満員でドアに挟まれる人がいたり、ホームから落ちる人がいたり、ときにはレール上に何かが乗っかっていたり、突風が吹いたりもします。

刻一刻と変わるそれら現実世界の情報を、素早く正確に捉え、的確に処理して回路が作動する(電車を停めたり動かしたりする)ようにしておかないと、危なくて電車になんか乗っていられないじゃないですか。

コンピュータ制御技術がここまで進んだ現代では、電車に運転士さんや車掌さんが乗っているのは、ただ運転のためというより、その時々の情報処理と指示伝達のためといったほうが当たっていると思いますよ」(月岡氏、以下同)

 

要するにその運転士や車掌の役を努めるのが、コンピュータには疎いという諸氏も一度は聞き覚えがあろうと察するが、エレクトロニクス分野でいうアナログ・インタフェースという装置である。

ついでながらデジタル回路=半導体チップは、それ単体で作動することはない。アナログ回路で生成されたクロック信号や電源が供給されて初めて動くようにできているのだ。

 

つまるところロケットであれパソコンであれスマホであれ、そしてデジタル計測器であれ、電子部品を積んだすべての機器は、その作動に当たっては現実世界と情報のやり取りをし、その助けを借りる必要が絶対的にあるということだ。

さらにはますます進むであろう回路やパッケージの微細化、小型化に連れて、今後、様々な不具合、トラブルの懸念が指摘されており、それらの解決にもアナログ回路は不可欠で、世界的にも一層の高度化が求められているのが実情である。

 

同社取り扱い主力商品

とまあ、基本情報はこれくらいにして本題に入ろう。月岡氏の言う〝アナログ総合計測器メーカー〟構想、についてだ。

「ブルドン管やギヤレスなど、私どもが得意としているハイエンドな非水銀式温度計や圧力計は、その精度やタフさ、環境への優しさなどで、市場から大きな評価をいただいております。

しかし極論すれば、それらはただ、今の正確な状況を〝認知〟し、これから起こり得る事態を〝予知する〟ためだけの計測器に過ぎません」

(驚!)──。

 

ちなみに氏は〝大きな評価〟と表現したが、大きいも小さいもない。

この分野でいえば国内シェア実に85%以上。市場は掛け値なしに同社の独壇場である。

 

 

現状に満足していると世界と互角に戦えない

失礼を承知でいうが、同社がここまでの企業に成長し、チバ・ニッポンにネステックありとまで世界に知られるようになったのは、愚直なまでに非水銀式、ギヤレス、ブルドン管にこだわり、大手の間隙を縫う〝ニッチ〟の最高峰を追求することで、世界の〝NESS〟というブランドを打ち立て、確立してきたからに他ならない。

茜浜本社/新社屋

 

それがここへきていきなり〝総合〟とは、果してどういう心積もりなのか。

 

「いきなり、ということではまったくありません。構想ということでは、10年近くも前から実は考えてきたことでしてね。

インドとマレーシアの工場がいよいよ戦力として計算できるようになりましたし、こちらの本社工場と大原(千葉県いすみ市)工場との棲み分けといいますか、再編もそれなりに進みましたから、ようやくその体制が見えてきたということですよ。

 

それにニッチと仰いましたが、この構想こそ、ニッチの中の更にニッチと言っていいかと思いますよ。

だってセンサー屋さんの総合メーカーなら、世界はもちろん国内にもけっこうありますが、計測器屋の総合メーカーというのは、日本はおろか日米欧のどこを見ても、目ぼしいところはまるで見当たりませんから。

すでに準備段階を終えましてね、今はレベル(スイッチ)やフロー(流量計)といったインタフェース分野で、圧倒的なアナログ技術を取り入れるべく、研究開発をガンガン推し進めているところです」

 

要するにもう1段か2段ステップアップして、世界規模の〝オンリーワン企業〟を目指すということだ。

ちなみにレベルスイッチとは、液体や粉粒体の入るプラントやタンクに取り付けるセンサーのことで、中の量が溢れたり、減り過ぎたりする前に察知し、警報を鳴らす他、信号化して制御装置に伝達、指示を出してトラブルを未然に防ぐことも可能になる。

計測器と併用することで安全性は一層高まる、というわけだ。

 

 

完全自由化&5年後の市場視野に再編着々

筆者が想像するに、これまではそれぞれ餅は餅屋でやってきたものの、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)やEPA(経済連携協定)等による今後の更なるボーダレス化を鑑みるに、おそらくそれでは互換性や耐用性など、種々の弊害が表面化し、世界と互角には戦えない恐れがあると見たのではあるまいか。

逆にいうとこの構想が実り、順調に推移すれば、顧客の囲い込みという点で計り知れないほどの優位性を得るに違いない。

「遅くともこの5年から10年以内に、世界の市場ははっきりと色分けされるんじゃないでしょうか。その意味で私どもは、この5年が勝負だと思っています」

 

なるほど。言われればまさにその通りというしかない。

とまれこの決断力と果断な行動力は、半世紀以上に亘って磨き、築き上げてきた独自の技術力と、若年の頃から世界を飛び回り、養ってきた国際感覚、培ってきたビジネスセンスの賜物と言っていいだろう。

 

 

恕の精神 モチベーションを上げても下げることはない

ということで次に、その技術力と国際感覚、ビジネスセンス等を窺わせる、同社の足跡といくつかの逸話を紹介したい。

創業は1951年(会社設立は1956年)。

社長は周郎氏の亡祖父、周作氏から父親で現会長の一郎氏へと引き継がれ、冒頭にも書いたが周郎氏は3代目に当たる。

 

とまれギヤレス・非水銀式計測器メーカーとしては、老舗中の老舗と言っていい。ギヤレスとは文字通り歯車を使わない計測器で、耐久性と耐振動性にきわめて優れており、自動車や船のエンジン、大型機械など、タフな仕事をする装置の温度計や圧力計に欠かせない技術である。

 

非水銀式は、言うまでもなく公害対策として開発された温度計だ。

当時は、「まだ壊れたら平気で海に捨てていた時代ですからね。今とは逆に、周囲からは手間暇かけてバカなことをする会社だ、くらいに思われていたんじゃないでしょうか」

 

しかし月岡父子のプリンシプルは微動だにしない。

儲かる儲からないは二の次だと言わんばかりに、愚直なまでのこだわりを以って、非水銀式をつくり続けたようだ。

 

それがようやく報われたのは、高度経済成長もピークを迎えた頃である。

国内でも環境問題が真剣に議論されるようになったことから、同社が立ち上げ、世に送り出したブランド〝NESSシリーズ〟がいずれも脚光を浴び、瞬く間に市場を席巻したという。

けだし旧来の〝毒バラ撒き業者〟らは、まざまざと目にモノ見せられたに違いあるまい。

 

とまれ1970年代後半には、世界もこれに注目する。

アメリカの3D社との提携が成立し、同社の日本総代理店を引き受けるとともに、NESSも勇躍アメリカデビューを果たすのだ。

月岡氏が中学に上がるか上がらないかといった頃である。3D社との取り引きが盛んになるに連れて、家の隅々にまで国際感覚めいた空気が溢れるようになり、やがてそれは氏にも自然と伝播したようで、高校卒業と同時に、自ら望んでアメリカ行き(ウィチタ州立大学への留学)を選んだという。

グジャラート州にある同社のインド工場

以降の経歴は別掲のプロフィールでご確認いただくとして、最後に、今回の取材の中で氏が述懐した、インド工場(同社の現地法人)についての話を少ししておこう。

 

「90点、といったところですかね」

現地従業員の〝仕事っぷり〟である。

90点といえば十分に及第点どころか拍手さえ贈りたい点数だが、筆者が事前に得た情報では、まるっきりとは言わないまでも大方の評価が落第点なのだ。

とくに多いのが「納期に対して鈍感過ぎる」という声で、いくら諭しても守られないという。それに対しての氏の答えはこうだ。

 

「そうですね。納期は最低限の約束ですし、我々の感覚からいうとそれが守れないというのは致命傷ですからね。

でもそれはある意味で最初から分かっていた話ですよ。彼我のメンタリティーの違いです。営業サイドもそのことは十分に理解しているんですが、それでもやはり理解に苦しむといったところでしょうか。

確かにジレンマは相当なものだと思います。

でも一方で、ですね、それまでラインの歯車よろしく、1つのことしかできなかった人も全体を見て作業ができるようになったり、スキルは着実に向上しています。そ

れが証拠に、今やクォリティーもこちらでつくったモノと比べてほとんど遜色がありませんし、現に歩留まりも、この2〜3年は格段に改善しているんですよ」

 

藪から棒で恐縮だが、同社は創業以来一貫して〝恕(じょ)〟の1字を社是としている。意味するところは〝ゆるす〟だ。

もっというと、問題が起きれば自らの責任とし、自ら解決せよといった自省の心である。

 

一見すると、契約社会といわれる欧米的社会風土とは相容れないようにも思えるが、国際感覚というのは、ある意味で異なる文化を広い心で認め合うフレキシブルな感覚ともいえる。

少なくとも恕の精神を以ってヒトに接している限りは、そのモチベーションを上げることはあっても下げることはまずあるまい。

 

余談ながら、追い風に乗るとはまさにこのことだ。

 

1つは先ごろ発効した〝シップリサイクル条約〟である。

これは世界65の国と地域が参加して決めた条約で、2014年以降は新たに建造するケースも含め、世界の全ての船舶から水銀などの有害物質を一切排するとしているのだ。

非水銀式計測器を大看板とする同社にとって、千載一遇のビジネスチャンスと言って差し支えあるまい。

 

今1つは昨夏以来の急激な円高だ。

いわゆるローエンドの汎用品をインドでつくって逆輸入していることから、余計なお世話ながらその差益は莫大な額に上ると推測される。

 

何度も繰り返して恐縮だが、持つべきはやはり、コア・コンピタンスといえる独自の技術と揺るぎないプリンシプルである。学習──。

 

 

月岡周郎(つきおか・しゅうろう)氏…1967年東京保谷市生まれ。

ウィチタ州立大学(アメリカカンザス州)経営学部卒。

5年間のアメリカ留学・滞在後ネステックに入社。

堪能な語学とパワフルで斬新な国際感覚を武器に、対アメリカ、対EU、対インドなど早くから海外取引、世界戦略に携わる。

2006年、代表取締役社長に就任。

 

 

ネステック株式会社

〒275−0024 千葉県習志野市茜浜1−12−1

TEL:047(453)1182

URL: http://www.nesstech.co.jp