株式会社eumo代表取締役新井和宏氏

 

「日本には古来から『三方良し』の経営哲学があります。しかし昨今は厳しい価格競争の中で生産者も消費者も疲弊している。それを変えていかなければならない」。

そう話す株式会社eumo代表新井和宏氏が注目しているのは「バランスシートに載らない企業の価値」だ。

本当に社会に貢献できる企業、そして経済を育てたいという新井氏に伺った。

 

ユーダイモニアが会社の価値を決める

「コストパフォーマンスを重視するあまり、企業は『見えざる資本』を切り捨てる方向にシフトしてきました。『見えざる資本』……それは、企業が培ってきた『人の力』に他なりません」と話す新井代表。

彼は、株式会社eumoを立ち上げる以前の2008年、鎌倉投信株式会社を設立し、以後10年にわたって幾多の企業を支援してきたが、経験と見識から導いた結論が『人の力』だった。

 

「様々な企業を見ているうち、どうして良い企業とそうでない企業があるのか、が分かってきました。例えば社員に高い給料を支払っているにも関わらず、彼等の生産性が低いことに頭を悩ませている企業というのが多くある。なぜそうなってしまうのか」

 

新井代表は「それは『美意識』と『人間力』がその企業にあるかどうか」と話す。

「美意識がある企業は訪れた瞬間に分かります。ある企業は、会社の駐車場に並ぶ社員の車の向きが全て揃っていて、バンパーの先端が横一列にキチッと並んでいました。それは、そこの社長がそう命じたからではありません。社員一人一人が『そうすることが美しいから』と考え、自発的に行っている。

『美意識』というのはそういった、本人たちが考え・行動に移しているもので、経営者が教えたところで浸透するものではありません」

ではどうしたら『美意識』や『人間力』が企業の精神として育つのだろうか?と尋ねると、新井代表は「ユーダイモニア」という聞きなれない言葉で説明してくれた。

 

「ユーダイモニアEudaimoniaとは『持続的幸福』という意味で、自己実現や生きがいなどを経て得られる幸福境涯のこと。その対義語にはヘドニアという言葉があります。

これは五感を刺激する心地良さ・承認欲求などを指します。分かりやすくマズローの五段階欲求で言えば、最上位の自己実現欲求がユーダイモニアで、それ以下はヘドニアというイメージです。『誰かに認められたい』という承認欲求や、もっと即物的でヘドニアな欲求から仕事をしている社員は内向きで、報酬に対しても『他に比べて自分はこれだけ働いているのだから当たり前だ』という気持ちにしかならない。

しかし、ユーダイモニアを持った社員はそうはならない。自分が会社にどう貢献していけるか、そしてその中でどう成長していけるか・人間力を高めていけるか。そういう思いで仕事に向かっている。ですから将来について尋ねても、どの役職に就きたい、という話にはならない。『あの先輩のような人間になりたい』というような言葉が出てくる」

 

……しかし、このような話を理解できる経営者とそうでない人がいる、と新井代表は苦笑する。

 

「『それがどう経営に繋がるの?』と言われてしまう。確かに直接的に利益には繋がらないかもしれない。しかし企業も個々の人の繋がりから存在するもの。そこで働く人たちが企業の価値を決めるのです。そして、人はお金のために働くのではなく、幸せのために働くのです。それを経営者にも理解して欲しい」

 

株式会社eumoの社名は、ユーダイモニアから名づけた。多くの人が幸福を見つけるお手伝いをしたい、という新井代表の気持ちがそこに表れている。

 

「チャレンジしませんか?」と言われた気がした

鎌倉投信株式会社で数多くの企業を支援していた新井代表に、大きな転機が訪れたのは2年ほど前のことだ。

 

「『幸福学』を提唱している慶應義塾大学の前野隆司教授の紹介で、水野貴之さんと出会った。彼が設立・運営していたのが一般社団法人ユーダイモニア研究所。そこでは先ほど私がお話したような『見えざる資本』を数値化し、見える化する研究を行っていた。数字にして見えるようにしないと理解できない人が大勢いるから(笑)」

 

新井代表は自分の考えと同じ思いを持っている水野氏と出会い、自分の信念により確信を持つ。

しかし、その信念を起業に向かわせるにはどのようなきっかけがあったのだろうか。

 

「昨年、鎌倉投信株式会社が未上場の会社へ社債投資をする際の財務代理人を務めていた三菱UFJ信託銀行が、法人融資業務を三菱UFJ銀行に譲渡することが発表されました。メガバンクでは採算が取れないため1億円程度の社債は小さ過ぎて引き受けてくれない。それで今後のことを考えなければならなくなった」

 

当時鎌倉投信株式会社が支援していた企業は、全てが上場を目指しているのではなく、投資家にとって魅力的なものばかりではなかった。

そういう企業を、今後も支援し続けるためにはどうするべきか。それを思い悩んでいた新井代表の目に飛び込んできたのが、昨年のサッカーW杯で大旋風を巻き起こしたアイスランドの姿だった。

 

「アイスランドの人口はたった35万人。それなのに強豪アルゼンチンに引き分けたり大活躍をした。それを見て、35万人程度の規模があれば社会を揺さぶるムーブメントを引き起こすことができるのではないか、と思ったのです」

 

当時、鎌倉投信株式会社に投資してくれていた協力者は全国に約2万人。そこから拡大していけば、35万人は遠い目標ではなかった。

 

「思いがある人が集まれば、社会を動かすことができる。本当に社会の役に立つ仕事をしようとしているソーシャルベンチャーのような企業を支援することもできるのではないか」。そう考えていた新井代表の背中を押してくれた、一人の人物がいた。

 

「栗城史多さんという人をご存知でしょうか。社会活動にも熱心だった若い登山家です。しかし彼は昨年、エベレスト登頂中に帰らぬ人となってしまいました……。私は彼と以前から関係があり、彼の葬儀に出席した。そこで遺影に向かって手を合わせていた時、彼から『チャレンジしないんですか』と言われたような気がしたのです」

 

新井代表の年齢は50歳、鎌倉投信株式会社で築いてきた充分な社会的地位もあった。しかし、それに甘んじていていいのか。

 

「今、自分の思いを実現できる仲間も、テクノロジーも揃っていた。ここでチャレンジしないことは自分にとって幸福なのか?と自問した。答えはNOでした」

 

贈与経済」社会が地域を活性化する

「今、社会がお金に従っていて、人は効率よくお金を稼ぐことばかり考えている。『ビジネスとはお金になること。ボランティアとはお金にならないこと』。そういう考えを根底から変えることが目標です」と話す新井代表の下、発足した株式会社eumoの基本事業は教育・投資・プラットフォームの3つだ。

 

「例えば同じ大きさ・品質の野菜ならば、市場では同じ価格が付くのは当然です。しかし、片方は農薬をたっぷり浴びていて、もう片方は無農薬で手間をかけて育てられたものだとしたらどうでしょうか。

人はそちらをより高い価格でも買いたいと思うはずです。これは生産者が苦労して育てたということへの『共感』が価値を高くしているということ。今の経済ではこういった違いを反映させることは難しいですが、しかし、それを実現できれば社会をより高いステージへ進めることができると思います」

 

「共感」を価値としていく経済の仕組みを「共感資本社会」と定義している。「分かりやすく言えば、真っ当なモノを真っ当に評価する経済、消費者が納得してその価格を払いたいと思う商品を作っていく、ということです」と新井氏は話す。

 

「原価率の高い・安いという基準だけではない。『素晴らしい商品・サービスを提供してくれる生産者にはより多くの金額を払いたい』という気持ち=共感を価値に変えていく。

……今、そのプラットフォームとして考えているのが、eumoアプリを用いる方法です」

 

eumoアプリでは、地域内で流通・買い物ができるポイントを得られる。そのポイントは、その土地に行き、様々な体験・出会いをすることによって獲得できるというが、それでは現在、各地で流通している地域通貨と変わらないのではないだろうか?

 

「いいえ。ああいったモノの多くは、その元締めが東京の企業で、地方で消費されても東京にしか利益が集まらず、地域の本当の利益になっていない。しかしeumoアプリを使えば、その地域を豊かにする商品や一部の店でしか使用できないようにすることもでき、地域に利益を取り戻すことができる」

 

eumoアプリは言うなれば、使うのが面倒くさいお金、と新井代表は笑う。

 

「仮想通貨は、流通量が増えれば増えるほど一部の人間に利益が集まるような仕組みになっていますが、それは本当に社会のためになっているのでしょうか?eumoアプリを使えば地域経済に、東京に吸い上げられていた資本を還元することができる。今までの仕組みではどうやってもできなかった地域活性を実現することができるのです」

 

10年後の社会を変えるために今、行動する

「そのようなことで投資家は集まるのか?と聞かれることも多いのですが、事実多くの支援者が集まっています」と話す新井代表。その投資家に対しても面白い取り組みを行っている。

「弊社は株式会社ではありますが、組合形式をとっています。議決権は一人一票まででどれだけ多くの株式を保有していても変わりません。そして議決権を持つためには、理念に対して自身の行動指針を明示し、コミットする必要があります。株主総会ではその目標に対し、どう行動したのかを発表してもらうつもりでいますよ(笑)」

 

何故なら株主も会社のステークホルダーなのだから、と話す新井代表に今後について伺った。

 

「50歳になってもこういうことを考えている大人がいるんだぞ、ということを若い人に示していきたい。若い人に『もっとチャレンジしろ』という大人は多いが、そう言う人自身はチャレンジしているのでしょうか? そんな人に言われても若い人は動いてくれない。ですから、自分がまず動く。そして周りも動かしていく。社会にインパクトを与える、というのには興味はありません。ただ10年、20年後の若者たちに、こんな活動をしていた会社があった、という証しは残していきたい。それが後進へ託すバトンになっていくと思います」

 

「まずはNPOなど社会のために活動している人たちが普通に生活していけるような環境から整えたい。……10年後にどんな社会になっているのか。見ていてください」と語る新井代表。多くの可能性を秘めたビッグプロジェクトがもう、動き出している。

新井和宏……1968年生まれ。東京理科大学卒。1992年住友信託銀行(現三井住友信託銀行)入社、2000年バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現ブラックロック・ジャパン)入社。公的年金などを中心に多岐にわたる運用業務に従事。2007年~2008年、大病とリーマン・ショックをきっかけにそれまで信奉してきた金融工学、数式に則った投資、金融市場のあり方に疑問を持つようになる。2008年11月、鎌倉投信株式会社を創業。2010年3月より運用を開始した投資信託「結い2101」の運用責任者として活躍(個人投資家約19000人、純資産総額約360億円(2018年5月時点))。2018年9月13日株式会社eumoを設立。