アジアの台頭・リーマンショック・大震災
問われています。日本のモノづくりの真価と日本人の胆識

「今、まさに問われています」と中森氏は言う。この国のモノづくりの真価と、それに関わるすべての日本人の胆識(決断力と実行力を伴った胆力と見識)がだ。「もはや日本だけが技術的に飛び抜けているという時代ではありません。そこへきて急激な円高とリーマンショック。ダメ押しが今度の大震災です。日本企業は疲弊し切っています」。これをしかし氏は、日本のモノづくりが旧習から脱皮し、再度、そして真にグローバル・スタンダード(世界基準)たるポジショニングを果たすための、またとないチャンスだと見ているのだ。その意味するところは…。

DLCの国際標準化をリードする ナノテックグループ 総長 中森秀樹氏

 

ドルショック、オイルショックの頃とは事情がまるで違う

「まったくたいへんな状況に陥ったものです。リーマンショックの傷がようやく癒えてきたと思ったら、今度の大震災と原発事故でしょう。被災地の皆さんのご苦労は言うまでもありませんが、全国の中小企業、モノづくり企業が直接的、間接的に被った被害も計り知れません。それでなくても大手企業の(生産ラインの)海外シフトやローコストカントリーの台頭、それらとのシェア争いや価格競争などでホトホト疲れ切っていますから。おまけにデフレでしかも消費が落ち込んでいるのに、政府は増税しようというんでしょ?もはや目先のリストラとか小手先の技術改良だけでは到底乗り切れません」

現に氏が率いるグループ各社(9社)も、不採算部門の再構築や中核企業への人的・資金的集約など、抜本的な再編に取り組まざるを得なくなったという。

 

なるほど、これまでも日本はドルショックや二次にわたるオイルショックなど幾多の危機に直面し、その都度、懸命な外交努力と大胆な金融政策を打ち出すことで、結果的には乗り切ってきた。その経験から今回の危機も楽観視する向きがないではない。しかしそれはトンデモない見当違いだ、と氏は声を大にして言うのだ。

 

「あの頃は日本が世界に冠たる技術立国であり、アジアで唯一の絶対的な先進工業国家だったから乗り切ることができたのです。今とはまるで事情が違います。高度成長の終わり頃から、技術がどんどんアジアに流出して裾野は大きく広がりました。その結果何が起こったか。見てください、今やITとか通信技術、液晶テレビだって日本製より韓国製のほうが高い評価を得ているじゃありませんか。鉄鋼や自動車といった重工業も中国やインドがすぐそこまで迫ってきています。確かにリード・オフ・マンとしての優位性が今も日本にはありますが、人口や資源の違いを考えると、従来型のモノづくりという意味では追い抜かれるのは時間の問題です」

 

ではどうするか。

 

「頭脳をフルに使って、もっと高度なレベルに産業そのものをシフトさせ、それによって新たな絶対的ポジションを確立するしかありません。そのためには産学官が緊密に連携し、協力し合い、腹を括って、彼らより一歩も二歩も上を行く研究開発を、それこそ汗を絞って続けるしかないんです。それがこれまで世界に先駆けてモノづくり荒野を切り開いてきた、リード・オフ・マンとしての優位性を生かすことだと思いますよ。事実、日本人は優秀で勤勉です。人間としての質が高いんです。私も多くの研究者や経営者と会って話を聞きましたが、何だかんだ言いながらも皆さん、新しい研究開発を通して、何とかもう一度立て直そうと必死にもがいているんですね。社員のため、家族のために」

 

焦眉の急!!次の時代の〝コメ〟産学官の緊密な連携不可欠

もはや焦眉の急だ。さすがにここまでくると、次の時代の〝コメ〟になり得る新たな武器を、日本は国を挙げて一刻も早く手にする必要がある、と氏は言うのだ。

 

「それもグローバル・スタンダードです。それぞれの分野において指標や基準となる極めて完成度、汎用性の高い武器づくりです。これは従来の延長線上の話ではなく、善くも悪くも旧習から脱皮するいわばエポック・メイキングです。必ずできると思いますよ。長くアジアはおろか世界のモノづくりをリードしてきた日本ですからね。現に私どもグループのコア・コンピタンスであるDLC(後述)についても、研究に研究を重ねて発展させた末に、3年前から産学官連携でその方向に向けて強く推し進めています」

 

それがナノテックグループ、NDF(一般社団法人ニューダイヤモンドフォーラム)と国立長岡技術科学大学が協同で研究し、NEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が全面支援するという形でスタートした、「DLC膜の分類及び評価方法に関する標準化プロジェクト」である。

 

ここでそのプロジェクトの目的とこれまでの進捗状況について、簡単にでも述べておきたいが、その前に肝心のDLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)についても、少しばかり触れておかねばなるまい。

 

その名の通りカーボン=炭素である。ただしそんじょそこらのカーボンではない。これまたその名の通り、硬性、耐摩耗、耐食、耐熱、絶縁性、表面平滑性などにくわえて、化学的にも非常に安定しているなど、性質が極めてダイヤモンドにライクな(似た)カーボンなのである。

 

環境、医療の発展に資する
近代未来型カーボンバレー構想も

で、これが何に使われるかというと、金型や機械部品など様々な機器の材料の表面を改質する、つまり前記したダイヤモンドの優れた機能を材料に付加するナノ(10億分の1メートル)レベルの薄膜コーティングである。言うまでもないが、これがあるとないとでは機器の作業効率や耐久年数が、月とスッポンほど大きく違ってくるのだ。

 

ちなみにナノテック社が持ち前のプラズマ技術と真空工学を駆使して開発・実用化するまでは、そんなものは邪道だとして専門筋からもまったく相手にされなかったという。それが現在では、町工場から大手機械メーカーまで、日本はもとより世界で最も一般的に利用されているハイパーコーティング物質であり、最先端技術とされているのだ。

それだけではない。同社はすでに、環境対策と先進医療の発展に資する、「カーボンバレー構想」という近未来に向けたプランを打ち出している。これまで主に工業分野に用いられてきたDLC技術だが、生体適合材としてさらに進化させたICF(真性カーボン膜)技術として広く社会に認知させるとともに、省エネ、介護、福祉といったソーシャルビジネスまで視野に入れた、新たな市場を形成しようという壮大な試みである。

 

とまれ話をプロジェクトに戻そう。

 

DLC標準化がモデルケースに

「今や官も本腰を入れざるを得ません。日本のモノづくりが新たな絶対的ポジションを確立するための、今がチャンスです。これはまさにモデルケースになると思いますよ」

 

プロジェクトの目的は次の三つだ。

 

一つは、現在ある意味で、てんでんばらばらにあるそれぞれのDLCを、基礎物性や応用特性によって〝分類〟する方法を定め、その定義と応用ごとに利用者の選択を可能にすることだ。これができればDLCの更なる進化や用途開発を促すとともに、それぞれの知的財産権の獲得にも大きく貢献し得るという。

 

次の一つは、生産・開発の現場で利用可能なDLCの、〝簡易評価法〟の設計コンセプトを確立することである。これが確立されれば、生産者が自ら分類による位置づけと評価を簡便に認識できるということだ。

 

そして最後の一つが、前の二つを基にした〝JIS(日本工業規格)〟案を策定し、これを確立させ、続いて我が国の主導的立場の下に〝ISO(国際標準化機構)〟規格を提案すること、としている。

 

すでに二つ目までの作業はほぼ完了しており、今年度はJIS、ISO規格に特化した工業部会をNDFとして立ち上げるなど、プロジェクトはいよいよ最終段階に入っているという。

 

ちなみにNDFとは、ダイヤモンド、DLC及びその関連材料に関わる産業人と研究者、専門官吏、有識者らが一堂に会した日本で唯一のプロフェッショナル集団である。NEDOはご案内の通り、産業技術の国際競争力強化などを目的とした、経済産業省所管の独立行政法人だ。要するにこの「標準化プロジェクト」は、メイド・イン・ジャパンのグローバル・スタンダード化に向けた文字通り国を挙げてのモデル事業、というわけである。

 

「これまで進んできたグローバリゼーションと今度の大震災、原発事故でよく分かったのではないでしょうか。時代は明らかに変わったんです。それなのに利権の温存や保身のために姑息な細工をしたり、大したこともない情報を一人抱え込んで悦に入ってたり、チマチマしたことばかりしていたらアッという間に取り残されてしまいますよ。だからくどいようですが、みんなが知恵と汗を絞って、もっと高度なレベルに向けて、新たな生産活動を始めようということです」

 

蛇足ながら、真価はこれからとしても、この〝胆識〟だけはそっくりそのまま永田町にお持ちしたいものである。

 

中森秀樹氏(なかもりひでき)

1959年生まれ。日本大学理学部卒業後、とあるメーカー企業にプラズマ技術の研究者として入社するも、研究開発部門の閉鎖に伴い、独立を決意して退職。1989年、ナノテック設立とともに代表取締役社長に就任する。DLCからICFへと事業を拡充するに連れ、M&Aによって積極的に業容業態も拡大。現在は関連9社からなるナノテックグループの総合コラボレーション長(総長)を務める傍ら、NDFの副会長も務める。2009年、他の模範となる技術や事績を有するとして、40代で黄綬褒章の栄典を授かる。理学博士/工学博士。

 

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