株式会社オージ代表取締役社長榎本正悟氏

「いつまでも町工場でやっているわけにはいかない」。大手バス機器メーカー株式会社オージの代表取締役社長榎本正悟氏は、危機感を持って経営に向かっている。3代目経営者として、受け継いだ人・資産でどう戦っていくのか。後継ぎ社長の苦悩と改革戦略について伺った。

バス機器メーカーとして注目

戦後、日本が経済成長の上り坂を歩み出そうとしている1955年に、株式会社オージは東京都北区で産声を上げた(当時の社名は王子ダイカスト工業株式会社。1964年に現社名に変更)。

「創業者は祖父です。最初は自動車のエンブレムのメッキ加工などを受けていたそうですが、自動車が普及するに従って値段が安くなってしまった。それで次に目をつけたのがバスの部品でした」と、現在同社代表取締役社長を務める榎本正悟氏は創業の経緯について話してくれた。

当初はバスのポールの加工などをしていたが、その後1962年にワンマンバス用電動方向幕巻取機を開発・販売するとこれがヒットし、注文が殺到するようになった。

オージの製品

「当時は行き先を書いた幕を運転手が手動で変えていたのですが、これをモーターを使って自動化した。さらに翌1963年には、現在も弊社の主力商品であるメモリーブザー(降車合図装置)を開発しました」

路線バスを利用する時に誰しもが使う、光る降車合図のボタン。これを初めて開発した株式会社オージは、現在もこの製品のシェア70%近くを占めている。

 

今、国内を走るバスの台数は乗合6万522台、貸切5万1109台。利用者は年間4505万人に及ぶ(2017年、国土交通省調べ)。そのうちの乗合、つまり路線バスについては製造のシェアのほとんどが三菱ふそうトラック・バス株式会社とジェイ・バス株式会社(2003年10月にいすゞ自動車と日野自動車が統合して誕生)の2社によって占められているのだが、「両社で製造・販売された新車路線バスの7割ほどには弊社の製品が付けられていると思います」と榎本社長は製品の評価について語る。

 

営業努力をする必要がない!?

寡占状態にあるバス業界で一定の地位を占める株式会社オージ。だがそんな業界に潜む問題に、榎本社長は着目する。

「路線バスの買い替えサイクルはおおむね12年から15年です。つまり一度購入されるとその後10年以上はメンテナンスなど部品交換の仕事が舞い込んでくるようになる。それだけの間は商機が確保され、他のメーカーに食い込まれる心配がないのです」

「安定した売上を見込むことができる」と榎本社長は言うが、その顔に笑顔はない。

 

「言い換えれば営業努力をする必要がない。拡販をしなくなってしまうのです。弊社の主力商品の一つである行先表示機もLED・カラーと変遷してきましたが、それらも一度販売してしまえば10年は使ってもらえる。それで安泰、と思ってしまうので新しい顧客を開拓することをしない」

設計やデザインについても同様だ、と榎本社長は言う。

2018年の製品

 

「最近になって、降車合図のボタンに外国人対応のため『STOP』という文字を入れてという要望があったので加えられましたが、それ以外は何も変わっていない。こちらから変化を打ち出していこう、ということになかなかならない」

「何もしなくても売れてしまうことの弊害です」と榎本社長は話す。

 

「今のままでいいじゃないか」という風土を改める

榎本社長がこのような問題意識を持ったのには、理由がある。

「弊社は創業以来、祖父・父と受け継がれてきた会社でしたが、私は元々後を継ぐつもりはありませんでした。大学を卒業後は大手自動車部品メーカーに就職し、品質管理部門で仕事に取り組んでいました。その後、アメリカで勤務していた時期があったのですが、この時に日本からアメリカへの生産移管検討を通じて日本ではどのようにムダを省き、品質を向上させる取り組みがなされているかということを学びました」

2年半のアメリカ勤務を経て帰国。ちょうどその頃、実家に戻って事業を継いで欲しいという連絡を受けていたので、改めて株式会社オージに入社する。

そこで見たのは、世界基準を見た目からすれば唖然とするような状況だった。

 

「製品はほとんど手作業で組み立てているのですが、1人が1日何個作れるのかを尋ねても、分からない。全体の月産の数字もぼんやりしていて、1人の日産の生産能力が出てこない」

「町工場じゃないんだから、勘弁してよ」と榎本社長は苦笑する。

他にも、顧客からの受注データの入力を、まず一度プリントアウトしてからそれを事務員が社内システムに手入力していた。

「そんな作業はムダ。CSVにしてインポートするようにすればそんな手間は省ける、と。そうやって1つ1つ改善していきました」

その中で榎本社長が気づいた点が「言っていることを理解してもらえない」ということだった。

 

「社員の多くが長年、受け身でやることに慣れてしまっていたので、『自分たちで考え、環境を改善する』という風土がなかった。それで、まずそこから直していこうと思いました。自分たちでPDCAを回して問題点に気付き、良くしていく。向上心やモチベーションを維持する環境にしていかなければならない」

しかし、それに対する抵抗も強かった。一般に「現状維持バイアス」とも呼ばれる、変化を拒否して今までのやりかたに固執する、という風潮が社内に蔓延していた。

 

「『今のままでいいじゃないか、売れているのだから』。そんな意見がほとんどでした。しかしそれではは頭打ちですし、今の状況が今後も続くかどうか分からない。ですから自分たちで問題を見つけ改善していけるような体質にしなければならない」

 

変化を求める社風に

「今まで製品をこちらから提案するということはほとんどありませんでした。顧客に『こういうのを作って欲しい』と求められてから、それに応じて開発していた。しかし今は流れが変わった。顧客のほうが提案を欲しがっている」

だからこちらから積極的に出ていかなければならないのです、と榎本社長は言う。

社長就任から約3年。売上は伸びているが「これはオリンピックのおかげですから」と安心はしていない。

 

「オリンピックでバスの買い替え需要が続いていて、近年はバスの新車販売台数が伸びています。しかしそれも来年以降は止まるでしょう。幸運なことに、バスは次の買い替えまで10年以上のスパンがあります。ですからその間にやるべきことをやっていく」

榎本社長が今、最も力を注いでいるのが人材育成だ。

外部の人材教育会社を入れ、社員が自ら考え行動できる会社風土を形成する。そして営業職を増やし、積極的に拡販に打って出る。

 

「また既にある設備・ノウハウをより活用できないかとも考えています。例えば隣接異業種への展開として、全国の路面電車への参入を検討しています」

路面電車は、東京では荒川線だけが営業中だが、全国に目を向ければ札幌や函館、富山、広島、熊本など各地で利用されており、近年は温室効果ガス問題などエコロジーの点からも再注目されている。可能性が見込まれる市場だ。

また新製品開発のため、製造・設計の部門の採用も進めているという榎本社長。

「唯一生き残るのは変化できる者である」(ダーウィン)。新鋭社長の挑戦は始まったばかりだ。

 

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 榎本正悟

 1979年、東京都生まれ。慶應義塾大学理工学部を卒業後、自動車部品メーカーに就職。品質管理部門としてアメリカ勤務などを経験。9年の勤務を経て2015年に株式会社オージ入社。2016年より現職。

 株式会社オージ

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