双栄物産株式会社 取締役社長 村上善昭氏(写真右)

近年絶滅が危ぶまれ、高値が続くうなぎ。しかしそこで「日本人に安価で安全、そして美味しいうなぎを食べてもらいたい」と積極的に活動し、注目されている企業がある。

うなぎは絶滅危惧種

国際自然保護連合がニホンウナギを絶滅危惧種ⅠB類(近い将来、絶滅の危険性が高い種)に指定したという衝撃的なニュースが報道されたのは2014年のことだった。

日本人にとって馴染み深い料理のうなぎ。既に約5000年前の縄文時代の遺跡からもその食べた痕跡が発見されており、また現在のような蒲焼のスタイルで食べるようになったのは約200年前、江戸時代後期天保年間からともいわれている。

しかしその漁獲高は年々低下しており、個体数の減少が懸念されている。事実、絶滅危惧種指定の前年2013年には環境省レッドリストにも掲載されている。

水産庁の調査によれば、うなぎの国内流通量は2000年の約16万トンをピークに減少に転じ、近年は5万トン程度まで下落しており、2019年は48549トンとなっている。その内訳は輸入が31410トン、次いで養殖生産量が17073トン、天然ものの漁獲高は僅か66トンだ。

つまり日本国内で食べられているうなぎは、99.9%が養殖か輸入で占められているのだ。

 

日本のうなぎの多数が出所不明

「輸入物といっても、それは中国などの現地で養殖されて育てられたうなぎです。ですからほとんど全てが養殖のうなぎだといっていい。しかしその養殖に問題がある」

双栄物産株式会社の村上善昭取締役社長はそう訴える。

村上社長の話を聞く前にまず前提として踏まえなければならないのは、うなぎの生態にはまだ不明な部分が多いということだ。日本で古くから食されているニホンウナギが産卵場所を遥か南方のマリアナ海溝としていると判明したのも近年になってのこと。うなぎの養殖についても卵からの完全養殖についてはまだ実験段階で、養殖はうなぎの幼体であるシラスウナギを天然捕獲し、それを養殖池で育てることで成り立っている。

故に養殖の量にはシラスウナギの量が直結しているのだが、日本のシラスウナギの漁獲量はピーク時に200トンを超えていたものが2018年には5.3トン、2019年には2.2トンにまで凋落しているのだ(水産庁調べ)。

これでは日本国内の消費量をまかなうことは到底かなわない。それで数を確保するためにシラスウナギを輸入することになるのだが、その点を村上社長は指摘する。

「日本で輸入されているシラスウナギは多数が香港産となっています。しかし実際には香港ではシラスウナギがほとんど取れない。輸入会社の名義が香港にあるだけで『香港産』とされるシラスウナギは、どこで獲れたものなのか分からないという話があります」

その出所不明のシラスウナギが日本の養殖池に入ったウナギの実に8割を占めているのだ。

「その『香港産』シラスウナギは中国の養殖池にも入れられています。そう考えると、日本国内で流通しているウナギの多数は実際にはどこで生まれたのか全く分からない。トレーサビリティ(出所や途中経過の追跡可能性)の点で大いに問題がありますし、食べる際の安心・安全の観点でも不安が残ります」と村上社長は話す。

 

インドネシア産うなぎに活路を見い出す

村上氏が取締役社長を務める双栄物産株式会社はインドネシア生産・加工されたうなぎ蒲焼を、日本に輸入販売している会社だ。

「実はインドネシア近海はシラスウナギが豊富に獲れ、うなぎの生産にとって世界一のポテンシャルがあると言われています。弊社ではこれに着目し、現地提携工場と協力しながら現地で蒲焼まで加工して、日本に輸入・販売することを事業としています」

ですから100%トレーサビリティがとれる。これはその他の出所不明のウナギと大きく違います、と村上社長は自信を示す。

村上社長自身も以前はインドネシアで駐在経験があり、シラスウナギを獲る漁師、漁場をも目の当たりにしている。

「また工場もHACCP認証を得ており、国際認証の基準で安全管理ができています。日本市場でも安心して受け入れて頂けるレベルの品質です。また味も大変おいしいです。」

インドネシアで取れるうなぎはビカーラ種といわれるものだが、日本産に近い味と評価されており、代替品として日本の大手スーパーも注目しているほどだ(朝日新聞2018年6月18日「ニホンウナギの販売、徐々に縮小へ イオン、別種を養殖」)。

村上社長は近い将来、インドネシア産のうなぎが市場で大きな地位を占めるようになっていくと話す。

「中国国内で生産されているうなぎのほとんどはアメリカ産のシラスウナギを使用しています。つまりアメリカで獲られたウナギが中国で育てられ、日本人の口に入っているのです。ですが今後は中国国内の需要増加や、米中関係など、不安要素が多くなっています」

万が一アメリカ産のシラスウナギが中国に入らなくなれば、中国のウナギ養殖業界は壊滅します、と村上社長は話す。

「その時一気通貫で現地で生産できるインドネシア産の価値は大きい。業界のリーディングカンパニーとして確固たる地位を築くことができると考えています」

東南アジアの元気が日本経済にも影響を及ぼしてくる

「私がうなぎ事業に関わり始めたのはつい最近のことです」と村上社長は笑う。

1972年に宮城県仙台市で生まれた村上社長は、地元東北大学へと進学する。物理学を専攻する理系青年だった。

卒業後、幾つかの職業を経験していく中で、興味が湧いてきたのが東南アジアだった。

「仕事で何度かタイやミャンマー、インドネシアやマレーシアに行く機会があったのですが、そこで目にしたのはバイタリティに溢れる人々でした。今日一生懸命働いたら明日はもっとよくなる、頑張れば頑張るほど成功できるという理想に燃えて毎日を生きている。彼らのその元気に心を動かされました」

事実、今東南アジアの経済成長はめざましい。それに対して日本はどうだ。そういう閉塞感も胸にあった。

村上社長は日本の技術を東南アジアで生かしたい、それがアジアの人々の刺激になるのではないか、と考えるようになった。そしてそれはさらに日本の経済にも影響してくるはずだ、と。

「それで東南アジアを拠点に仕事をしていたのですが、その中でインドネシアのうなぎ事業がこれから大きくなるという話を聞いて、うなぎの生産加工について勉強し始めました。その後、岡山県を中心に事業を営んでいる横田秀明現弊社代表取締役会長と出会い、現在の立場になりました。

 

インドネシアとの架け橋になりたい

「現在はまだインドネシア産うなぎは日本国内の市場で大きなシェアを持っていませんが、それは存在が知られていないだけ。これから10年で市場バランスは大きく変わります。その時にインドネシア産うなぎのパイオニアとしての弊社も役割を果たしたいと思います。」

そう話す村上社長に今後の展望について伺った。

「食は人間が生活していく中でとても重要ですが、そこにイノベーションが起こりつつある。フードテックの考えが生まれ、AIやIoTを組み入れた生産方法、流通・小売すべてにわたり大きな変化が起きようとしています。対してうなぎの養殖や流通は実は30年40年前とあまり変わっていません。それは言い換えれば進歩がなかったということ。そこに新技術を取り入れ、安全性・信頼性の高い製品を作っていきたい。そして将来は日本のインドネシアの架け橋になっていきたい。それが夢ですね」

インドネシアは人口2億6000万を数え、世界第4位の規模を誇る。また世界最大の島嶼国家としても知られる。将来の目標を熱く語る村上社長に、異郷で戦う日本企業の力強い息吹きが感じられた。

 

村上善昭

1972年、宮城県仙台市生まれ。東北大学を卒業後、幾つかの企業で東南アジアでの事業に参加。その中でインドネシアでのうなぎの養殖事業に加わり、2020年双栄物産株式会社の取締役社長に就任。

 

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