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株式会社ナガセ ヘラ鉸り加工から金属加工のデパートへ 町工場を一変させた豪腕経営者!

◆取材:姜英之 obi2_human

株式会社ナガセ (3)鉸り風景

一枚の平たい円形の金属を、ヘラという道具を使い立体にしていく「ヘラ鉸り」加工。中でも手鉸り加工は職人の卓越した技が必要だ。だが、青年が家業を継ぐ時、その技術を売りにした町工場は青息吐息だった。現在ではあらゆる金属加工を請け負う株式会社ナガセが、どのように変貌を遂げたのか。長瀨透社長の半生から読み解く。

モノづくりの技術+何でもできる最強の営業力

株式会社ナガセ (2)長瀨透社長(ながせ・とおる)…1949年7月10日東京都昭島市生まれ。1972年東京薬科大学卒業後、薬剤師の道を進む。1975年有限会社ナガセ鉸工場【元・株式会社ナガセ】入社。1989年代表取締役社長就任。1998年株式会社ナガセに称号を変更。息子の雄一郎氏(右)

昭和20年終戦を迎え、昭島の地もご多分にもれず焼け野原だった。その年の10月、初代社長・長瀨幸三氏は、進駐軍が捨てていった金属スクラップなどを使って、鍋や釜、洗面器などの生活物資をヘラ鉸りという技術を使って製造し始めた。モノのない時代において、それは社会貢献の側面も持っていた。

「すでに鉸りだけではなくプレス加工なども行われていたと思いますが、やはり主流はヘラ鉸り。その後、自動車部品、航空機部品、照明器具、生活物資など器物関係を作るために、親父たちの技術が生きたのです」(長瀨透氏、以下同)

 

やがて時代が変わり、作り方も材料も変わる。プレス機械加工、鋳物、ロストワックス、樹脂の時代がやってくる。

「その中でヘラ鉸りという技術は忘れ去られ、衰退していくのですよ。どうしてかといえば、特殊な技術だから学校などでは教えないし、企業も伝えようとしない。閉鎖的で、言ってみれば井の中の蛙のようなもの」

 

財産は残せないが資格を取らせるという父・幸三氏の考えのもと、東京薬科大学に進み、家業とは別の薬剤師の道を歩んでいた長瀨氏。だが、昭和49年のオイルショックをきっかけに生活が一変する。幸三氏が病気になり入院。当時従業員が5、6人しかいない町工場を継ぐことになり、その有限会社長瀨鉸工場に入社したのだ。

株式会社ナガセ (1)アルミ材鉸風景

「当時の長瀨鉸は創業当時と変わらない同じ方法でやっている。イメージとしては、裸電球の下で旧態然とした機械を使ってモノづくりをしており、ほぼ零細企業です。企業30年説というものがありますが、まさにそれに当てはまる状況で、もう衰退の一途を辿るその入り口にいました」

 

家が前にあって後ろに工場があるという、一昔前の零細企業にありがちな典型的なスタイルだった長瀨鉸。普通ならフォークリフトを使って材料の荷下ろしするところも手作業で行っていたという。

「こんな状況では将来が見えない。私は薬屋さんに戻ったほうがよっぽどいいと直訴すると、やっと今までのやり方を変えようとしてくれました」

 

入社後、6年間は現場で技術の習得。やがて創業の地・昭島から武蔵村山市に工場を移し、平成元年には社長に就任。社長に就任するまでの間に感じたことは……。

「これからはお得意様に言われるまま、ただ作っているだけじゃダメだ。どんどん仕事を取らないといけない」と、営業の重要さを実感したのだった。

 

ここからは長瀨氏の眠っていた才能が開花する。持ち前のプレゼン力で、今もお得意様として付き合いの深い半導体メーカー・東京エレクトロンをはじめ、東芝など主だった取引先はすべて氏が開拓した。

「モノをつくるだけでは、たとえ良い技術を持っていても、その技術を生かす仕事がないとダメ。技術は寂れる一方ですよ。それとバランスも大事です。仕事を取ってくる人、持ってくる人と、モノをつくる人のバランス。よく町工場などで多いのはつくるほうに専念してしまう社長。そうすると営業力は弱くなってどんどん仕事は減ってしまいますよ」

 

 

経営とは、次代への承継と心得よ。

中小企業の多くが事業継続を諦める原因に、後継者がいないことが挙げられる。跡継ぎがいなければ、技術の伝承と事業の承継ができなくなるからだ。

 

「うちは親父から私、と承継が上手く行きました。この後も万全ですよ。だって息子(雄一郎氏)は3代目となるように産み育てましたから(笑い)。私は結婚してから長女次女と続けて女の子に恵まれました。でも親父は当然男の子を望んでいた。カミさんはそれを察知して産婦人科に男の子を作りたいと頼み込み、95パーセントの高い確率の男女産み分け法で男の子を授かりました」と愛妻家らしく言外に奥様への感謝を覗かせる。

 

来年には創業70年を迎えるナガセ。さらにその5年後の75周年の時に現社長イズムを受け継ぐ長男にバトンタッチする。

「うちの今の経営理念は『和─人脈作り、人づくり、そして評判作り』。親父のときは『努力』だったが、私は親父の『努力』という考えをベースにその上に『和』という経営理念を作り上げた」

その意図とは…若手も中堅もベテランもバランスよく調和がとれている会社は長持ちする→ここに頼んで行けば長い付き合いができるとお客様に評価していただける→製品は正品、魂のこもった品を納める→お客様が喜んで満足すれば次の仕事を紹介してくれる。連鎖が出来上がり仕事も会社も続くという考え方だ。

「親父は初代創業者、私は2代目創業者、息子も3代目だけれど創業者。バトンを受け取ったら常に自分が創業者としての自覚をもって時代を歩め、と言い聞かせています。基本はヘラ鉸りかもしれないけれど、気持ちは自分が創業したという初代の気持ちじゃなくてはダメなんです」

 

 

〝薪割り〟と〝投網〟のミックス商法で目指す100年企業

ナガセの未来の姿は、100年企業だ。

「100年企業を目指すというのは、しっかりした経営理念ができていることと、企業変革を成し遂げること、そしてブランド力ですね。うちのセールスポイントはヘラ鉸りですが、ヘラ鉸りってそもそも絶対量がない。空洞化している。日本では大手さんの開発技術、試作などの段階から仕事を取ってくるようにしないとこれからは生き残れない。だからナガセは鉸り屋専門ではない、全部できる金属加工の総合メーカーとしてアピールし続け、それに見合った仕事で認められた。優秀な技術集団と最強の営業軍団と、まかせて安心なパートナー作り、と三位一体で仕事はできる……それがナガセのブランド力、強みです」

 

長瀨氏はユニークなたとえ話をしてくれた。

「時代感というピッチャーがいます。その相棒に長い間頑張ってきたキャッチャーがいます。足腰も強くミットも大きい。でもピッチャーは魔球を投げてくるからなかなかボールは取れない。取れないボールは全部後ろに転がって、ほとんどがバックネットで止まることになる。それならナガセが全部受け止めることができるバックネットを作ればいいじゃないかと考えたんです。そうすると全部受けられますよね」

つまりヘラ鉸りを話のネタにして、こんな加工も設計も組み立てまでもナガセでできるという姿勢を貫くことが大事なのだ。もちろんそれには技術の裏付けがあるわけだが。

「今では大きいもの、厚いもの全てできます。とくに丸もの加工はナガセに出せと言われるほどです」

 

優れた金属加工技術はもちろん、抜群の営業力を誇るナガセ。特に現・長瀨社長になって、その手腕は営業面で発揮された。

「ひとつは〝薪割り商法〟ですね」と自信満々の長瀨氏。

「薪はお客様です。割るにはまず鋭角の刃物でないと割るきっかけにならないですよね。それで割れはじめたら鈍角にするんです。『うちはヘラ鉸りの仕事をいただきに来たけれど』と鋭角の刃物のようにすっと話に入る。その後、『他にもいろいろできますよ、総合的にどんなことでもできますよ』と。設計から組み立てまで全部やって、どうぞと渡せる。それがうちの会社。このことは時代感の中でお客様が教えてくれました。営業に行ったら、私、応接セットにあるコップも灰皿も花瓶も全部まとめて仕事として受けます。コップ1個じゃダメ。他のヘラ鉸り屋さんでは多分95パーセントはコップしかできないと断ります。うちはどうすると思います? 清水の舞台から飛び降りる気持ちで、全部やります。でも3年は苦労しますけど(笑い)」

 

もうひとつ氏が実行したことは、技術的にナガセ内でヘラ鉸り加工の後加工を全てできるようにし、営業的には全国に異業種交流も含め様々な技術をもった下請け同士がコラボできるチャンネルを作った。これで大阪や東京、長崎、新潟などのヘラ鉸り工場や青森や岩手、九州にも下請けが出せる状況ができた。

「鉸りだけじゃなくてあらゆるチャンネルで仕事が取れる、〝面対応〟ですね。そうするとこぼれることなく仕事が取れます。凄いことですよね。私はこれを〝投網商法〟と呼んでいます」

 

 

全員経営で社員満足度をアップせよ。

株式会社ナガセ (4)同社が手掛けた製品の一例。さまざまな大きさや素材に対応している(左から「大地の声」オブジェ(昭島市玉川町・ポケットパーク)/チタン鉸りぐい呑み/SUSシールドステンレス/銅鍋)

今のナガセにとって各種展示会への出品も営業戦略の一つだ。今年も10月、11月と各地で開かれる展示会が予定されている。

「時には会場でレクチャーもやりますよ、大体1時間半ぐらいやりますので。立て板に水?かどうかわかりませんけれど(笑い)、説得力はあると言われます」

ヘラ鉸りだけをテーマに1時間も話せる社長はそうはいない。それだけ長瀨氏の話術は相手を引きつけるのだ。また、展示会で交換される名刺は武器になる。

「1枚の名刺が宝物。私、走りますよ! 名刺交換の次の日に電話をしてみれば必ずアクションがありますから。年間で1千枚の交換をしていますね」

 

そんな長瀨氏は、実は1年1年階段をひとつずつ上がっていくように目標をクリアしていく堅実なタイプでもある。また二宮尊徳の『たらいの水の例話』の話を愛する人でもある。『人に何かを与えれば、あとで自分に帰ってくる』。おかげさまの気持ちで生きることを旨とし、人の良いところ美しいところをほめる『美点凝視』を重視する。誰をも引きつける太陽のような明るさ、親分肌のような豪快さも持ち合わせる魅力的な人物だ。

 

「70周年にあたる来年は新工場ができる。それも効率良く働きやすい工場です。それに合わせて『美しい会社づくり』を目指します。人は石垣。企業は人なりで『人づくり』に力を入れます。また、『5S運動』も積極的に展開します。そこでは主役はあくまで社員。ESなくしてCSはない。社員が喜んで働ける会社でなければ、顧客は喜んではくれない。あくまで『進化するナガセ』を目指します。そのためには会社はお前たちで作れ、全員経営だと言っているわけですよ」

 

「現状に満足しなければ、ナガセはずっと続く」との強い思いで一介の町工場をマルチプレーヤーに育て上げた長瀨氏。この業界はほとんどどんぐりの背比べの状態である。それをたった5〜6人から70人の従業員を抱える中堅メーカーに発展させたその経営手腕は特筆に値する。さらに前進するその姿は、日本のモノづくりの現場に立ちこめる暗雲を吹き飛ばしてくれるような、頼もしい存在でありつづけることだろう。 ■

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株式会社ナガセ

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2014年10月号の記事より
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