オビ 企業物語1 (2)

有限会社ノザキサービスコーポレーション ‐ クリーニング界の風雲児、新ブランド「椿あらい」でドライ依存の業界を変える!

◆取材:綿抜幹夫 /文:渡辺友樹

有限会社ノザキサービスコーポレーション野崎敬雄氏

有限会社ノザキサービスコーポレーション/代表取締役 野崎敬雄氏

 

クリーニング業界が、客離れに喘いでいる。ウサギとカメの童話ではないが、家庭用の優れた中性洗剤に仕事を掻っ攫われたらしい。業界の慢心とは何だったのか。

ウェットクリーニングの重要性を訴えるノザキサービスコーポレーションの野崎敬雄社長に聞いた。

 

■消費者のクリーニング離れ

かつて1兆円業界と言われたクリーニング業界。現在は5000億円を切っているという。原因は人口減少だけではない。消費者のクリーニング離れが進んでいるのだ。

その裏には、業界全体が「ドライクリーニング」に依存し過ぎた事情がある。「ドライクリーニングこそがプロの洗い。家庭ではできないプロの技術」という意識に甘えてきたことが、客離れを招いた。

 

ウェットクリーニング、つまり水洗いは繊維に負担をかける。そこで、ウールやカシミアなど、水で洗ってしまうと特に弊害がある衣服を、問題なく洗う技術がドライクリーニングだ。

中でも「石油系」と呼ばれる技術は、1世紀を超える歴史を持つ。「塩素系」の技術もあるが、化学物質への規制の中で石油系が主流となり、磨かれてきた。日本のドライクリーニングの、実に9割が石油系だ。

 

 

■家庭用中性洗剤の躍進

衣服の汚れは、油汚れと水汚れの二種類に大別できる。皮脂は油汚れ、汗は水汚れ。ドライクリーニングは油汚れには強いが、水汚れには弱い。水を使わずに油で洗うためだ。

洗剤が進歩し、ドライクリーニングで水汚れにもある程度対応できるようになったが、それでも完璧ではない。ドライクリーニングで洗い続けていると、落ちない水汚れが衣服に蓄積してくる。それが見た目の汚れやニオイ、生地の劣化を招く。

 

一方で、家庭には花王の「エマール」に代表される中性洗剤が広く普及した。プロである同氏から見ても、これらを使って手洗いをすれば、水汚れに関してはドライクリーニングよりもきれいになるという。手押しで洗えば傷みも少ない。油汚れは落とせないが、溜まった汗の汚れを落とすには十分だ。

このインパクトは大きい。セーター1着に400〜500円かかるクリーニング店での仕上がりに満足できないのに、数百円のエマールで手洗いすればきれいになってしまう。消費者にとってみれば、「油汚れと水汚れの違い」や「ドライクリーニングの長所・短所」など知ったことではない。

啓蒙を行うべきクリーニング業界は、家庭用洗剤メーカーが優れた製品を開発する間、ドライクリーニングに依存して徒らに時を過ごしてしまった。

 

 

■クリーニング店で質の高い水洗いを

クリーニング店に衣服を「出さなければいけない」客と、「出したい」客。前者は、やがていなくなるだろう。一方の「出したい」層、おしゃれ着に限らず普段着であってもクリーニング店に出すような層は、将来的にも残る可能性が高い。彼らが求めているのは、ドライクリーニングという手段ではない。洗い方はどうあれ、プロの手による仕上がりに満足することだ。

ドライクリーニングは油汚れに強く、水汚れに弱い。衣服の汚れの5割以上は水汚れだ。最新の技術を駆使してドライクリーニングをしても、落とせる汚れは6〜7割。水で洗えば、8割は落とせる。

ならば、クリーニング店で品質の高いウェットクリーニングを提供すること以外に、業界に活路はない。もちろん、ウェットクリーニングにも弊害がある。色落ち、縮み、型崩れ……。そもそも、そうした弊害を防ぐためにドライクリーニングが生まれたはずだ。

 

 

■画期的な水洗い用洗剤「ニンジャウェット」

有限会社ノザキサービスコーポレーション (3)Cleaning Begin外観(東京都杉並区)
有限会社ノザキサービスコーポレーション (2)店内の様子

それなら、弊害の少ないウェットクリーニングがあればいい。3年前、同社は、新ブランド「椿あらい」をスタートさせた。大阪の洗剤メーカー、ツー・エム化成が新開発したウェットクリーニング用洗剤「ニンジャウェット」を用いた水洗いのサービスだ。ブランド名は、ニンジャウェットがツバキオイルを主成分にしていることから名付けた。

繊維は水を含むと膨張する。このとき絡まりや縮みが起こり、また色の付着する力である「堅牢度」が弱ければ、色落ちしてしまう。色落ちはアルカリ性に触れると起こるため、アルカリ性から遠ざける、つまり酸性にすることで色落ちの速度を遅らせることができる。色落ちする速度が遅ければ、その間に乾かしてしまえる。ニンジャウェットはこんな理論の下に開発された洗剤だ。

 

ツー・エム化成は、もともとアメリカにドライクリーニング用の洗剤を輸出する会社。アメリカは日本以上に溶剤の規制が厳しい。ドライクリーニングには、石油系以外にもパークロルエチレンなどを用いた塩素系があるが、殆どの州で使うことができない。必然的に石油系を使っていたが、ある州で爆発火災事故が発生し、石油系も使えない地域が出てしまった。つまり一切のドライクリーニングができない。これを受けて開発されたのがニンジャウェットなのだ。

 

 

■新ブランド「椿あらい」

ツー・エム化成は、ニンジャウェットを3年前に日本でも発表。いち早く反応したのが、兼ねてよりウェットクリーニングに注目していた同氏だったというわけだ。

折しも、同社では新しいプレス機を導入したばかりだった。水洗いした衣服にも使われるタンブラー乾燥は、回転させるために生地が縮み、ボタンが割れることもある。ボックスに吊るして行う動かさない乾燥、静止乾燥であればこれを防げる。ビジネスマンの多い東京で、スーツに特化した仕上げを行うためのプレス機として静止乾燥機を導入していたのだ。

ニンジャウェットで洗った衣服に、スーツ用として導入したこの乾燥機を使えば、傷まない仕上げが可能になり、ニンジャウェットの特長を殺さずに済む。

しかし、ニンジャウェットには洗濯機も専用のものが必要となる。通常、ウェットクリーニングの機械は140〜150万円だが、300万円と高価だ。それでも、「この技術が業界を変える」と無金利での分割払いを頼み込み、なんとか機械を購入。平成24年(2012年)春、新ブランド「椿あらい」をスタートさせた。

 

 

■わずか1年で水洗い率が15%から85%に

有限会社ノザキサービスコーポレーション (1)「椿あらい」の商標登録証(右)と、グリーン電力証書

当初の目標は、ドライとウェットが5割ずつという比率までドライ依存を是正することだった。同氏は長年、ウェットクリーニングを増やそうとしてきた。しかし、ウェットクリーニングには縮みや型崩れなどのリスクもつきまとう。なかなか数を増やせず、思いとは裏腹にドライクリーニングで預かった衣服のうち、わずか15%しか水洗いできない現状があった。仮に値上げして技術を上げても、結局は数をこなせない。納期が遅れ、他の客にも迷惑をかける。どう頑張っても、15%が限界だった。

しかし、「椿あらい」は洗い方がすべて機械にプログラムされている。洗うことに関してはパーフェクトだ。スタートして4カ月後に、目標の5割をクリアしてしまった。

手応えを感じ、スタート1年後には85%まで増やした。消費者にはドライクリーニングに対するアレルギーがある。化学物質の残留による健康への心配や、独特のニオイを気にする声は多い。一方で、中性洗剤を使った家庭での水洗いによって、ウェットクリーニングは身近になっている。ドライクリーニングに対してはアレルギー、ウェットクリーニングに対しては潜在的なニーズがあるのだ。

 

 

■「業界を変えたい」

「椿あらい」をスタートしてから、同社には地方からも見学者が相次いでいる。機械は300万円と高価だ。しかし、一般的なドライクリーニングの設備も300万円ほど。ドライとウェットで50%ずつを担うと考えれば、当然の投資だろう。

「今すぐじゃなくてもいい。近い将来、次の設備投資のときに、『50%ウェット・50%ドライ』の方向にシフトしてほしい」

同氏は見学に来た同業者に、全てを包み隠さず見せた上で、こう語っている。

「業界を変えたい」─。同氏を突き動かすのは、この思いだ。町の一クリーニング店に過ぎない発信源だが、いずれ業界全体が変わらなければ、客は戻らない。もちろん、同氏はドライ否定論者ではない。ウェットクリーニングで油汚れは落とせない以上、油汚れに有効なドライクリーニングも、クリーニングに欠かせない技術。重要なのは、必要に応じて使い分けることだ。値上げせずに「50%ウェット・50%ドライ」のバランスを実現できれば、クリーニング店に衣類を「出したい」マーケットを引き付ける。そのとき、業界は変わるはずだ。

 スーツ、ワイシャツ、革靴に至るまで、ビジネスマンを包むウェアの全てを洗うクリーニングサービスに、衣服を郵送で受け付ける宅配サービス、そして同社から訪問するデリバリーサービスなど。同社は、これまでも攻めの新サービスを次々提供してきた。

入魂の「椿あらい」が、業界のドライ依存を洗い流す。

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プロフィール

野崎敬雄(のざき・たかお)氏

昭和35年(1960年)東京都杉並区出身。大成高等学校を卒業後、一般企業への就職を経て、父が創業した有限会社ノザキサービスコーポレーションに入社。平成15年(2003)より代表取締役。

有限会社ノザキサービスコーポレーション

〈本社/Cleaning Begin〉

〒167-0053 東京都杉並区西荻南1-14-18

TEL 03-3247-8556

http://cleaning.nozaki-service.jp/

〈クリーニングセンター ノザキ〉

〒167-0051 東京都杉並区荻窪4-20-15

TEL 03-3398-8012

 

2015年5月号の記事より
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