オビ 企業物語1 (2)

日本の食文化の奥深さを世界に伝える南国酒家の挑戦

◆取材:加藤俊 /文:菰田将司

オビ ヒューマンドキュメント
南国酒家

 

原宿の駅前という好立地に店舗を構えて、今年で54年を迎える南国酒家。原宿で中華料理と言えばこの店を思い浮かべる人も多いだろう。今もこの老舗は、その評価に胡座をかくことなく、新しい挑戦を続けている。

 

「南国酒家は中華料理ではない」

パイナップルの入った酢豚や、かにレタスチャーハンといった今ではあたり前になった中華料理のメニュー。その起源は南国酒家とも言われている。

ところが社長の宮田順次氏は「南国酒家は中華料理ではない」と言う。いったいどういうことなのか。

株式会社南国酒家 宮田順次

「『中華』だと町の中華料理屋から回転テーブルがある店までひっくるめられてしまう。私たちは『中国料理』店です。本当は『南国スタイル料理』と呼びたい」(宮田氏、以下同)

 

そもそも、南国酒家の歴史は、1961年に渋谷区桜丘で一号店を開店したことに始まる。以来、広東料理をベースとした本格的中華料理を提供している。開店当時は、店内にバーを設け、また深夜営業をするなど、高級店志向だった。65年には原宿駅前に現在の本店をオープン。席数1000席を数える巨大店だ。

現在では、全国に25店舗(内、フランチャイズ4店舗)を持つ、名実ともに、日本の中華料理を牽引する存在なのだが、なぜ、宮田氏は南国酒家を「中華」とは考えていないのか。

 

「本格的な中華風の味付けが必ずしも美味しいとは限りません。日本人の味覚に合わせて、油は極力控えめ、素材の味を活かした料理にしています。ですから当店は、60代から80代の方でも、綺麗に食べてくれる。普通の中華料理とは違う、独自のスタイルの料理だと思っているのです」

 

中華料理の枠を離れ、日本人のための中国料理。この姿勢は徹底されていて、実際南国酒家は海外へは進出していない。

 

「日本の食材の味で作っているので、海外の食材ではこの味を守ることができないのです。だから、海外への出店は考えていません。考え方としては、我々が海外に出店するのではなく、逆に海外から日本の中国料理を食べに来てもらえるようになりたいのです。

そのためにも、日本の美意識、日本の食材の美味しさ、味覚の繊細さを我々は追及しています。日本の食文化は素晴らしいよね、その文脈上で、日本の中華も素晴らしいよねと言われたい。それを創業以来考えています」

 

そうした日本の食文化の素晴らしさを広めたいという思いが結実した事業が、宮田氏が社長になった年にスタートしている。

日本産として海外では評価されているのに、逆に日本では殆ど流通していない食材、干しあわびを流通させる『ふくあわび事業』だ。

 

 

ふくあわび事業の志

南国酒家干しあわび

南国酒家のふくあわび

「日本の鮑は最高級品で、特に東北地方沿岸の鮑は味わい豊かで、他の産地のものとは比べ物にならないほど高値で取引されています。しかも産地は東日本大震災の被災地ですので、これを輸出するだけでなく、全国に流通させることはできないかと考えたのです」

 

同時に、「たとえボランティアに近いものでも社員が誇りに持てる事業を始めたかった」とも宮田氏は語った。

 

そもそも中国料理の三大食材にも数えられる『干しあわび』は、フカヒレやつばめの巣と並ぶ最高級食材だ。その中でも、日本の東北地方沿岸(青森県尻屋、岩手県三陸沖など)で漁獲される天然の蝦夷鮑が、最高級に位置づけられている。

その歴史は古く、江戸時代から中国へ輸出されていた。香港では、大間(おおま)といえば鮪ではなく干し鮑のこと。

しかし、昨今は温暖化の余波で漁獲高も減り、大きなものは価格が高騰し、殆どが高級店で消費されてしまっている。中国の経済成長に比例して、国内ではほとんど姿が見えなくなっていたのだという。

 

「獲れた鮑の中で20%ほどしかない、200g以上の大きなものが最高級干し鮑として中国で消費されています。日本で消費されるものは、中国で使われなかった小さいもの。大きな鮑の付属品として中国人に二束三文で買い叩かれたものなのです。それを再度輸入して使っているのです。

要は、日本のレストランは十倍・十五倍の値段を付けられて買い戻している訳です。で、それが、高級料理店で二万・三万円のコースで提供されているというのが、これまでの干しあわびなのです。こんなおかしい話はないですよね」

 

ふくあわび姿煮

ふくあわびの姿煮

干し鮑の美味しさを広く知ってもらいたい。リーズナブルな価格で提供することはできないのか。そこで南国酒家では、鮑を直接被災地から買ってきて売ることにした。そのため、南国酒家では手軽な値段で干し鮑を味わうことができるという。

実際には、漁獲量の大半を占めながら干し鮑を作れなかった標準から小型の天然蝦夷鮑に着目したことが、成功の鍵になった。青森県尻屋漁協と共同し、最高級とされる素材と伝統の技はそのままに、日本国内向けの国産干しあわび『ふくあわび』を作りあげた。

 

「その姿形が、黄金色の小判のようなことから、召し上がっていただく方に“福と富”をもたらすよう願いを込めて『ふくあわび』と名付けました。この最高級の味を持つ、しかも日本でとれた鮑が食卓に並ぶ、そんな文化を作っていきたいのです。その一環として、手間のかかる戻しを済ませてレトルトパックし、家庭でも楽しめるようにしました。通販もしています。他のレストランでも使ってもらえないか配って回り、和食や西洋料理への使用も案内しております」

 

「日本で食べる中華料理が一番美味い」

中国料理に使われる材料ばかりではなく、全国から探してきた新しい食材を使ったメニューなど、発想豊かな料理を如何に提供していけるか。宮田氏は、今も新たな食材を探して日本中駆け回っているという。

 

「現在、南国酒家では各地の材料を使った料理シリーズを提供しています。我々の料理は、素材は日本のもので、調理方法が中国というだけです。味付けや盛り付けは、むしろ和風に近い。これは、長年、中華を突き詰めていったら和風に近くなった、ということです。

……私は日本で食べる中国料理が一番美味いと言わせたいんです。日本の食文化の奥深さはまだまだ世界に知られていません。和食だけで完結する世界ではありません。外国からの観光客が、良い宿に泊まったり、家電を買うだけが目的ではなく、日本の様々な料理を食べることを目的に来て欲しいのです。

その一環として、日本の中華が食べてみたい、それも南国酒家で食べたい、と思わせたいのです」
南国酒家の理念の一つに「誇りと自信をもって行動する」という言葉がある。宮田氏の言葉には、自らの足と舌で鍛えた誇りと自信が漲っているようだった。

 

オビ ヒューマンドキュメント

宮田順次 (みやた・じゅんじ)…1968年東京都生まれ。学習院大学卒業後、三井不動産株式会社を経て、株式会社南国酒家代表取締役社長。一般社団法人日本ソムリエ協会認定ソムリエという顔を持つ。「新顔野菜」や「ふくあわび」といった取り組みが評価され、『ガイアの夜明け』(テレビ東京)に2回出演。

 

株式会社南国酒家

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6-35-3 コープオリンピア210

℡03-5485-5622

http://nangokusyuka.co.jp

年商:38億円(2014年10月期)

従業員数:正社員:228名(男:199名・女:29名)・パート社員:474名

 

2015年7月号の記事より
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