オビ 企業物語1 (2)

『いつも土壇場、つねに修羅場、まさに正念場』

ぱど倉橋泰氏インタビュー・【第1回】紙媒体の未来 「紙でSEOをやる」とは?

◆取材:加藤俊

オビ インタビュー

株式会社ぱど 倉橋泰氏 (1)

 

地域密着型のフリーペーパー「ぱど」が生まれ変わった。この6月から、ぱどを入り口としてネット上のサイトに誘導する立場へと舵を切ったのだ。

本連載は、新生ぱどの紹介を皮切りに創業者の倉橋泰会長が「ぱど」に捧げてきた激動の半生をオーラル・ヒストリーとして記録したものである。

 

「ぱど」の特徴、着想のきっかけ

―「ぱど」の事業について、改めてご紹介ください。

 

株式会社ぱど 倉橋泰氏

「ぱど」というネーミングは「Personal Advertising」を縮めたもので、個人広告の媒体としてスタートしました。この事業をやってみようと思ったのは30年前、インターネットも携帯電話もなかった時代です。情報は一方的に受け取るだけの時代でしたから、個人レベルで情報発信できる媒体があったら面白いなと。

前職荏原製作所時代にアメリカに行っているときに、そういった媒体を実際に目の当たりにして、こういうものが日本にあってもいいと思ったのです。それで、「いつでもどこでも誰でも情報発信ができる媒体」という形でスタートさせました。

 

―「いつでもどこでも誰でも」とは、具体的にどういうことなのでしょうか?

 

ジグソーパズルのようなエリア分けの細かさです。全国を約200のエリアに分けて、エリアごとに中身を変えて発行しています。それによって、商圏の小さい商店の方でも広告が出せるようにしています。

簡単にいうと、たとえばテレビだったら関東一円に電波が届きますし、新聞の世界で一番小さい「地域新聞」という単位でも、神奈川新聞さんとか千葉新聞さんというようにその県全域に出ますよね。

神奈川新聞さんは3箇所ぐらいで刷り替えをしていますが、それでもターゲット世帯は百万部という単位です。こうした規模では、広告費が高すぎて小さな商店の方はなかなか広告を出せません。エリアを細かく分け、小さくすればするほど個人でも情報が出せる、小さな商店でも広告が出せるようになる。これを実現したのがぱどの特徴です。

 

―最初からこのコンセプトで行こうと思っていたのですか。着目したきっかけは?

 

日本って変な国でマス偏重なのです。世界中のニュースを知っているのに、自分の町で起こっていることは知らない。大々的に宣伝を打っている商品や大都市のデパートで何を売っているかは知っていても、近くの商店街が何をしているかはわからない。

もっとそういう身近な情報がありふれていてもいいじゃないかと。マス・メディア偏重の日本ではミニ・メディアがあまりないから、ちょっとやってみようかなっていう発想ですね。

 

―着想を得たアメリカのフリーペーパーも、地域ごとに細分化されていたのですか?

 

ええ。それを日本流にアレンジしたのが、ぱどです。ロサンゼルスにいるときに、「ペニーセイバー」という雑誌がぼくのポストに投函されたのです。分厚くて、100ページぐらいあって。注文していない物が届いたと思ったんですが、よく見たらフリーと書いてある。で、中身は本当に個人の雑多な情報、ガレージセールやりますとかアルバイトで電気製品を安く修理するぞとか、そういう情報が載っているのです。

ぼくのアメリカでの駐在期間は2年間の予定だったので、高いお金を払って新品の家具を買っても日本に持って帰れないから、ガレージセールなんかをよく利用していたのです。そういうのをどこでやっているという情報がたくさん載っていたので、地域密着で役に立つと思っていました。

 

―少ない部数を地域ごとに細かく刷り替えて、割高にはならないのですか?

 

印刷って、版下を作って刷版を作るまでが高いじゃないですか。あとはもうインクでペタペタ貼っていくだけですから。100万部刷ればすごく安くなるけど、1万部ずつ刷り替えたら高くなる。だけど、ちょうどワープロの進化版として編集機が出始めた頃でした。写植をしていた時代ですから、コンピューターを使うことで安くなったのです。

もっと後にはフィルムプリンターができて、今でいうCTP(Computer to Plate)でレーザーでそのまま刷版を作れる時代になっていきます。当時はまだそこまでの技術は生まれてなかったですけど、刷り替え費用がどんどん安くなっていくと、僕は技術屋でしたからそう読めたのです。

 

―それで、先ほどお話しした地域の情報の必要性と、こうした技術の進歩がマッチングするんじゃないかなってことで始めたのですね。時代が読めたということですけど、これからの未来についてはどうお考えになっていますか?

 

ITの台頭と紙媒体

―ネットがこれほど身近なものになるなか、紙媒体としてどのような戦略を立てているのですか?

 

ネットと紙の融合ですよね。紙でSEOをやろうと思っています。どういうことか。昔、ネットが費用対効果が大きいということで、ロングテールで行けると言われ始めた頃は、例えば、渋谷で焼肉を食べようと思ったら「渋谷 焼肉」と検索しますよね、その当時は焼肉屋さんでHPを持っているところは数パーセントしかなかった。

そんな頃は、「渋谷 焼肉」と入れて5件ぐらいしか引っ掛からなかったかも知れません。5件なら全部Googleのフロントページに出ますよね。費用対効果がよかったわけです。

ところがいま猫も杓子もHPで、「渋谷 焼肉」で叩いたらもっと出てきます。仮に100件ぐらい出るとしましょう。そうしたら最初の5件が勝ち組であとの95件は負け組ですよと、ぼくは講演なんかではこういう言い方をしていました。でも、もっと時代は進んでいるんです。

 

―今はどうなっているのですか?

 

1年ぐらい前に奈良の大学で講演をすることになったんです。秘書に、奈良だから渋谷を例に話してもわからんかも知れないから、「奈良市 焼肉」って入れてくれよと。で入れてみたらGoogleで78万件ですよ。そんなに焼肉屋あるわけないって思うけど、違うんです。

Googleのアルゴリズムから言うと、過去10何年とか20年分のデータが全部入っていて、で最近はSNSまで拾うんですよね。そうすると「わたし昨日奈良で焼肉食べた」ってそんな私的な投稿も全部ピックアップされていきます。いま、「渋谷 焼肉」で検索すると2790万件でてきます。しかもフロントページに出てくるのは飲食のポータルサイトばっかり。個店は4,5枚目でやっとチェーン店が出てくる感じです。

昔は費用対効果が良かったけど、いまそれだけ出てきたら、5ページ目ぐらいまでに出てこなかったらSEO対策にいくらかかるんだと。

もうそういう時代になってしまった。ネットが持て囃されて猫も杓子もネットになって、今では情報過多。だからこそ、ぼくらが何をやろうとしてるかというと、「紙でSEOやりましょう」と。

 

―「紙でSEO」というのは良いキャッチフレーズですね。

 

昔、ぐるなびさんが伸びてきたときに、ぱどに広告出すとぐるなびさんのヒット数が上がるんですよ。そういうことが傾向として分かっていた。さらに、ぱどの小さい広告だと情報量が足りないじゃないですか。子ども連れていけるかどうかがわからないとかね。

足りない情報をネットでチェックして行くようになっているんですよ。紙で引っ掛けてネットでチェックしていくような形。そうするとね、ぱどにクーポン券が付いていても切り取らない。ぐるなびさんのサイトで「印刷」を押せば地図とクーポン券が印刷される。ぱどが引っ掛けたのにぐるなびさんのクーポンが行くという形になって、ぼくら的には辛かった(笑い)。

お客様もそこらへんの事情が分かるはずもないから、「ぱどさん反応ないねー、ぐるなびさんこんなに来るのに」って。「いやちゃいますよ、こうなってるんですよ」って言っても、ログが取れないから証明できなかった。

でも最近そういうことが分かってきて、いやうちの広告やめたらヒットしませんよって言ったらその通りになることが本当に多くなったんです。

 

2015年6月、「ネット誘導マガジン」に

―「ぱど」で知った店をネットで調べる動きがあることは分かっていたと。

 

いま検索でフロントページに来るには「渋谷 焼肉」だけじゃなくて、もう一つキーワードが必要でその3つ目のキーワードにものすごくお金がかかっている。店名が分かっているとか、食べログのポイントが非常に高いとかやったら別ですけど、そうじゃないほとんどの店が負け組になってしまう。

だからどういう単語を入れたらフロントページに来るかっていうのを紙でやりましょうと。それで、ぱどは6月からネット誘導マガジンに変わっていきます。ガラッと誌面が変わりますよ。

全部の広告に検索窓が付いて、足りない情報はネットで調べてくださいと。ネット上のSEOというのは金がかかりすぎるから、もう具体的にポンと自社ホームページでもいいし、ぐるなびさんのページでもいいし、御社のことが書いてあるページに飛ばしますよという訳です。

 

―ネットと争うのではなく、ネットへの入り口になる戦略ですね。

 

そう。うちもぐるなびさん等の情報のポータルサイトがいまほど大きくなかった頃には「ぐるめぱど」というサイトを作っていて、お客さんに誌面掲載とのセットで売っていたんです。だから、他のポータルサイトのURLは載せてなかった、競合だから。

でも、もうそういうことはやめて、その前の段階で全部取ろうと。要はポータルサイトと、ぐるめぱどとがケンカするのでなくて、その前の段階のフロントで、最前線でSEOやるよと。お客様は自社HPに引っ張ってもいいし、ぐるなびさんに飛ぶようにしてもいいし、食べログさんだろうが、ホットペッパーさんだろうが、最終的に店に来てくれればいいじゃないかと。このフロントでオンリーワン企業になるというのがこれからの戦略です。

 

―SEOマガジンにすることで、広告主層に変化はありそうですか?

 

ぼくはSEOマガジンにしたら、グッとお客様の幅が増えると思っています。広告主の幅がね。たとえば、うちの会計士の先生がSEO対策を月に2,30万使ってるって言うんですよ。まあ会計士さんのやることって同じじゃないですか。だからやっぱり仕事を増やすためにサイトを持ってSEOやってる。

で「会計士 丸投げ」という検索で誘導できるようにしたんですって。そしたらうまく引っ掛かって、しめたと思ったら奈良からだったと(笑い)。奈良には行けないよな、と困ってらっしゃった。

だったら、ぱどで行ける地域に限定してやったらどうですかって。30万円あればものすごい範囲に掲載できるので。文字だけでいいじゃないですか。「会計士 丸投げOK お任せください」というような感じでね。

だから地産地消とか地域活性化の入り口になり得るのです。従来よりもジャンルが広がる可能性が出てきたなと。従来のまま主婦が読むからということではなくて、そういういろんなニーズにエリアだけ限定ということでの情報発信ということはできると読んでいます。

 

紙と「ぱど」の未来

―紙はいずれネットに淘汰されてしまうのでしょうか?

 

ぼくはね、ネットに負けて紙がなくなるとは思っていないんですよ。ただお客様はTPOに合わせて広告媒体を選別していくとは思っています。もっと言うと、複合的に使っていくだろうと

たとえばチラシなんかは今でもなくならない。あれは直接届くもので、情報量は多いですけど遠くには撒かないですよね。近くに集中的に。半径2キロ。

「ライリーの法則」というのがあって、小売店の強さというのは売り場の面積に比例し距離の2乗に反比例すると。これに日本の徒歩圏という行動範囲を加味すると、距離の4乗に反比例するとも言われています。

実際、缶コーヒーはどこのコンビニにも置いてあるから、近いとこに行くじゃないですか。掃除機を買いたいときは品揃えの多いとこに見に行きますよね。品揃えというのは売り場面積。だからそういう、どこにでも売っているものはライリーの法則が働く。そういうものは情報量の多い紙のチラシだけで完結できる。

密に撒きたいというニーズがあって、ぼくらこれをやろうとしているわけですよ。密に撒けるというのが我々の得意とするところで、新聞が取られなくなっているからこそ、チラシのニーズが高まっているのです。

 

―確かに、チラシは今でも毎日のようにポストに入ってきますね。

 

ところが、どこにでも売っているものではない場合、ライリーの法則が当てはまらない。たとえばおいしい料理を出すというのはその店にしかできませんよね。カリスマ美容師もそう。そういった情報には距離は関係なく、遠くても効果的です。

だからぱど本誌に載せる場合は、単なる文字広告で単価を抑えて、より多くのエリアに広範囲に掲載していただくこともできます。

6月からは「詳しくは検索して調べてくれ」という広告が載っていくのがぱどの本誌。で、配り方としては密に配りますから、チラシはライリーの法則に合うようなものを、となります。そういう戦略でやっていこうと。

 

―本誌がネットへの誘導という立場を取る上で、高齢化社会ついてはどうお考えですか?

 

ぼく自身も62歳になってるわけですから、老人の部類に入りつつあるんですけど、まあぼくはネットは仕事柄使っていたから使わないわけはない。これからネットとかスマホを使うのが当たり前の世界に行くことは確かですよね。家庭に配るからといって主婦だけを相手にしているのではない。ぱどが便利だったら、リタイアして家にいる人にも読んで頂けるでしょう。その方にとって得な情報であればね。

だからそういう情報を提供できればと。ぼくらは家庭に配っているから、トンがったマガジンじゃないわけですよ。だからそうやって使ってくれる人が増えるように考えれば、高齢化社会だからこそぱどで喜んで頂ける方が増える環境になると期待しています。(次号はこちらぱどが生まれる経緯

―ぱどは最初、ポンプとか送風機、タービンの製造で有名な荏原製作所の一事業だったと聞いています。押しも押されもせぬ製造業の老舗、ザ・製造業の荏原でフリーペーパーをやるという経緯が全く想像つかないんですが。 
倉橋:そうだよね(笑い)。荏原時代のあるとき、アメリカに行けと言われて、ロサンゼルスの40数名の事務所に入ったんです……

オビ インタビュー

倉橋泰(くらはし・ひろし)…1953年大阪府生まれ。京都大学工学部卒業後、1977年株式会社荏原製作所入社。1987年社内ベンチャー事業として株式会社ぱど設立。1992年、MBOにより株式会社ぱど代表取締役社長に就任。2001年、ナスダック・ジャパン(現・新ジャスダック)上場。発行部数1000万部達成。2002年、「ぱど」が発行部数世界一としてギネスブックに認定。2009年より、神奈川県教育委員。2014年より、東京ニュービジネス協議会副会長。同年、株式会社ぱど代表取締役会長に就任。現職。

 

株式会社ぱど

〒141-0021 東京都品川区上大崎2-13-17  目黒東急ビル2F

TEL:0120(090)810

http://www.pado.co.jp/

年商:79億円(2015年3月期)

従業員数:約370名(契約社員含む)

 

2015年7月号の記事より
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