◆文:岸田康雄 (公認会計士・事業承継コンサルティング株式会社 代表取締役)

 

【1】 事業承継税制の概要

個人事業に対する事業承継税制は、被相続人等の事業用宅地等について80%評価減があり、事業用宅地等の20%を相続税の課税価格に含めるものです。これによって、個人事業主の経営の円滑な承継を図ることが目的とされています。

これに対して、会社(法人)に対する事業承継税制は、贈与税の制度と相続税の制度があります。この点、事業承継と同時に相続税の納税猶予制度を適用するということは、先代経営者が、若くして他界するなど、突発的な事業承継を強いられる特殊なケースを想定するものであることから、通常の事業承継では、贈与税の納税猶予制度の適用を考えることになります。

 

 

非上場株式についての贈与税の納税猶予制度とは、中小企業経営承継円滑化法に基づき、都道府県知事の認定を受けた会社(要件あり)の代表権を有していた先代経営者(要件あり)が、後継者(要件あり)に、会社の非上場株式の全部又は一定以上の贈与を行った場合、発行済議決権株式の3分の2に達するまでの部分(改正あり)について、先代経営者の死亡日まで、課税価格の100%に対する納税が猶予されるというものです。これは、議決権株式の分散を防止して、安定的な経営の継続を図ることを目的とされています。

 

申告後も引続き特例の要件を満たした場合、5年間(経営承継期間)は毎年、5年経過後は3年毎に「非上場株式等についての贈与税の納税猶予の継続届出書」を提出することによって納税猶予が継続することとなります。

 

しかし、申告後において、雇用確保要件(5年間平均で贈与時の雇用の8割を確保)を維持できなかった場合、5年以内に後継者が代表から退任した場合、次の事業承継までに株式を1株でも譲渡した場合、納税猶予されている贈与税の全部又は一部について利子税と合わせて納付することになります。

贈与税の納税猶予制度の適用を受けた場合、先代経営者が死亡したときは、猶予された贈与税が免除されますが、その代わり、贈与された株式の贈与時の評価額が相続財産に加算されることになり、結果として相続税が課されることとなります(遺産として被相続人が所有しているわけではなく、すでに後継者へ贈与されています。)。

 

この際、先代経営者が死亡したとき、納税猶予制度の要件を満たす場合には、新たに相続税の納税猶予制度の適用へと移行することとなります。すなわち、先代経営者(要件あり)が死亡した場合、後継者(要件あり)に贈与された非上場株式のうち、発行済議決権株式の3分の2に達するまでの部分(改正あり)について、次の事業承継まで、課税価格の80%(改正あり)に対する納税が猶予されることになるのです。

 

事業承継税制の適用の認定件数は、以下の通り推移してきました。

 

(出所:経済産業省)

贈与税の納税猶予制度は、平成21年度には29件でしたが、平成27年度には272件となりました。一方、相続税の納税猶予制度は、平成21年度には165件でしたが、平成27年度には154件となりました。このうち、東京都の認定が、全国の2割~3割を占めているようです。

 

【2】 事業承継税制の過去の改正

事業承継税制の創設以来、その利用件数が増えないことを問題視されていました。この原因は、納税猶予制度の手続きが煩雑であること、納税猶予制度そのものが難解であることが挙げられていました。

実務上、認定申請書を作成するために顧問税理士に依頼することになりますが、税理士はその作成手続きに多大な作業時間や人件費を必要とするものであるため、中小企業が適用することを望んだとしても、顧問税理士が顧客からの依頼を断ってしまうため、適用申請の手続きに入ることができない中小企業がたくさん存在していました。

 

一歩進んで適用申請することになった段階でも、納税猶予制度の適用を受けるためには、厳格な適用要件を満たした上で、経済産業大臣の認定を受ける必要がありました。この適用要件が難解過ぎて理解できないと声高に叫ぶ税理士も多かったように思われます。

 

また、認定を受けた後にも、この制度の適用後5年間は毎年経済産業大臣に対して継続報告書を提出するとともに、所轄税務署長に対して継続届出書を提出する必要がありました。その上、5年経過後においても、所轄税務署長に対して3年毎に継続届出書を提出する必要がありました。

その期間においても、雇用を5年間で平均8割を維持することが困難と感じられることや、納税猶予が取り消された場合のリスクが極めて大きい、M&Aという経営戦略が封じられることは酷だなどと誤解されたことから、いわゆる適用の打ち切りリスクの伴う制度として、中小企業経営者から敬遠されていました。このような状況であったため、納税猶予制度は、その認定件数が増えなかったと考えられます。

 

そこで、平成25年度改正では、多くの中小企業に納税猶予制度の利用を促進するため、様々な要件が緩和されるとともに、使い勝手によい制度とするため、手続きの簡素化が行われました。主たる改正点は次の通りでした。

 

 

① 先代経営者の親族に限定されていた後継者の要件が廃止され、親族ではない者についても適用できることとなりました。

② 先代経営者は事業承継と同時に役員を退任するものとされていた要件が廃止され、代表権を外せば足り、役員として留任することができることとなりました(代表取締役から平取締役になります。)。

③ 雇用確保について、5年間にわたって継続して、常時使用従業員数の雇用の8割以上を確保するものとされていた要件が廃止され、5年間をトータルで平均して、雇用の8割以上を確保することとなりました。

④ 経済産業大臣による事前確認制度が廃止され、手続きの簡素化が図られました。

 

しかしながら、この改正でも十分な成果が出なかったことから、平成29年には、人手不足を踏まえた雇用条件の見直しと、事業承継の早期取り組みを促すための優遇強化の観点から、更なる改正が行われました。主たる改正点は次の通りでした。

 

雇用確保条件の計算において、常時使用従業員数に100分の80を乗じて計算した数に1人に満たない端数があるときは切り上げることとされていたため、2人が1人、3人が2人、4人が3人に減少した場合は、条件を満たさなくなって認定が取り消しになるという問題点がありましたが、1人に満たない端数があるときは切り捨てることとなったため、これらのケースであっても条件を満たすことができるようになりました。

相続時精算課税制度に係る贈与を、贈与税の納税猶予制度の適用対象に加えることとされました。これによって、認定取り消しになる場合に贈与税を一括納付しなければいけない事態を回避することが可能となりました(株価が2,500万円を超えた部分に対して20%を乗じた税額のみ負担すればよいため。)。

 

(後編に続く)こちらから

 

<執筆者紹介>

岸田 康雄 (きしだ やすお)

事業承継コンサルティング株式会社 代表取締役

https://jigyohikitsugi.com/

島津会計税理士法人東京事務所長

公認会計士、税理士、中小企業診断士、国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会検定会員)

一橋大学大学院商学研究科修了(経営学および会計学専攻)。 中央青山監査法人(PwC)にて事業会社、都市銀行、投資信託等の会計監査および財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、メリルリンチ日本証券、SMBC日興証券、みずほ証券に在籍し、中小企業経営者の相続対策から大企業のM&Aまで幅広い組織再編と事業承継をアドバイスした。 現在、相続税申告を中心とする税理士業務、富裕層に対する相続コンサルティング業務、中小企業経営者に対する事業承継コンサルティング業務を行っている。 日本公認会計士協会経営研究調査会「事業承継専門部会」委員。中小企業庁「事業承継ガイドライン」改訂小委員会委員。

著書には、「プライベート・バンキングの基本技術」(清文社)、「信託&一般社団法人を活用した相続対策ガイド」(中央経済社)、「資産タイプ別相続生前対策完全ガイド」(中央経済社)、「事業承継・相続における生命保険活用ガイド」(清文社)、「税理士・会計事務所のためのM&Aアドバイザリーガイド」(中央経済社)、「証券投資信託の開示実務」(中央経済社)などがある。