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未来の沃野を拓け!ビジネスニューフロンティア⑦

FAOが注目 昆虫食で世界の食糧問題を解決せよ!

◆取材・文:佐藤さとる

プリント

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完成した秋のお月見メニュー「蜂の子うどん」「コオロギの天ぷらチーズ味」「カイコサナギ団子」の三品。

日本は古くから生活の中に昆虫を取り込んできた昆虫大国。イナゴや蜂の子のように虫を食用としてしてる地域も少なくない。だが都市化やグローバル化の波を受け昆虫食文化が衰退していった。

しかしここに来て俄然昆虫食が注目を集めている。あのFAO(国際連合食料農業機関)が、食料問題の切り札としての昆虫食について、報告書を発表したためだ。昆虫食の伝統国日本として、手をこまねいているわけにはいかない ─。

 

悔しいけどウマい、コオロギの素揚げ

9月某日。都内某所である調理実習会が行われた。集まったのは20代を中心とした男女10数名。テーマは秋の食材を使った「お月見」。メニューにはチーズ巻きの天ぷら、そしてあまから団子、そしてうどんという和食の定番が並ぶ。テーブルに集まった参加者に主催者から声がかかる。

「最初はみなさんで巣から取り出してください」──。

「巣」? 現れたのはスズメバチの巣。取り出すのは巣穴の中の蜂の幼虫である。そう、今日のメイン食材は、昆虫なのである。

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巣から取り出した蜂の子

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コオロギの天ぷらの調理風景

蜂の子はうどんのトッピングとして使う。チーズに巻かれたのはコオロギ。そして団子になるのは蚕の蛹である。

会の常連という若い女性にミキサーにかけた蛹と上新粉の半練りの団子の味見を勧められた。「……? 悪くない」 外では男性陣によるコオロギの素揚げが行われていた。こちらも試食してみた。「ん?悪くない。むしろ美味い!」

 

 

日本では55種の昆虫が食べられていた

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昆虫料理研究家の内山昭一さん。食料問題という大きなテーマだけでなく、虫は美味いので「虫の本来の味を活かした料理が日常の食卓にのぼるのが理想」という。一般家庭で実践できる昆虫料理の本も上梓している。

主催者である昆虫食研究家の内山昭一さんはこうした昆虫を使った調理会を月に2回ほど、10年ほど前から催している。

「昔は1カ月に1回ほどだったんですが、最近は結構人が集まるようになって、月2回は行っています。メディアでも少しずつ取り上げられるようになったことに加え、ネットを中心に若い人に昆虫食への関心が広がったと思う。若い人は昆虫食自体を知らない世代で、物珍しさから入ってる模様。昆虫に抵抗感がなくなっていると感じる」と話す。

 

日本は昔から昆虫の種類が多い昆虫大国である。古くより食虫文化も根付いており、各地方でイナゴや蜂の子、蚕さなぎ、セミなどが伝統食として食べられてきた。1919年の調査では、国内で55種の昆虫が食べられていたという。「もともとイナゴなどは国民食で成人の50%がその佃煮を食べているとのデータもある」(内山さん)

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コオロギの天ぷらは、チーズを巻いてから油で揚げる

だが食の欧米化や都市化に伴い、こうした食文化が失われつつある。食虫をいわゆる「ゲテモノ好き」として捉える傾向や、昆虫食を体験した世代のなかには、代用食としての“貧者の食”(内山さん)のイメージが根強いためだ。内山さんはさらに「流通のナショナルチェーン化、グローバル化」も挙げる。

「昆虫はまだ大量養殖ができていないので安定供給できない。それもあって次第に昆虫食が各地で減っていったのではないか」

 

 

FAOが発表した報告書の衝撃

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一方世界に目を転じるとアジア・アフリカを中心に20億人が1900種以上の昆虫を食べていると言われる。地域によっては、肉より高値で取引されているケースもあるという。つまり昆虫食は世界的にはごく一般的食文化なのである。それでも世界的に見ればGDP低位国の“限定的食文化”のイメージは拭えない。

だが、昨年FAOが出した報告書がきっかけで、俄然昆虫食が世界の注目を集めるようになった。タイトルは「食用昆虫─食料と飼料の安全保障に向けた将来の展望─」。

内容は今後予想される人口増加と地球温暖化に伴う、食糧問題の解決手段としての昆虫食の推奨だ。

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食用昆虫について報告書を発表するFAOの公式サイト巣から取り出した蜂の子

人口爆発に伴う最優先課題が食糧問題であることは言うまでもない。問題はその中身だ。カロリー換算や穀物ベースでは、地球は90億超の人口を養えるという計算もある。実際カロリーベースの計算では北朝鮮が、日本の自給率を上回っている。

不足が心配されるのはタンパク源だ。健康な生活を送るためには良質のタンパク質を摂ることが不可欠だが、とりわけ世界で高齢化が進むと肉などのタンパク質不足が心配される。しかし肉は野菜や穀物に比べてもコスト高だ。消費量も所得の高い欧米が圧倒的だ。FAOの報告書は、その偏在する良質のタンパク源を昆虫食で補おうとする狙いがあるようだ。

 

 

高栄養で健康的な昆虫

もともと昆虫は良質のタンパク質や、コレステロールを減らす不飽和脂肪酸、ミネラル、食物繊維的な働きをもつキチンも多く含んでいる。つまり高栄養で健康的な食糧なのだ。

飼料としても変換効率がいい。牛肉1キロを得るのに8キロの餌が必要だが、たとえば同じ栄養をコオロギで摂ろうとすると2キロで済む。ほかにも肉より可食部が多く、狭い土地で養殖でき、水もほとんど不要。家畜に比べてメタンガスの排出も少ない。「非常に環境負荷の少ない食料であり飼料」(内山さん)なのだ。

 

 

ベルギーでは昆虫食を認可 

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フランスの食用昆虫食品会社KIBOが日本向けに開発した食用コオロギのクッキー、乾燥コオロギ。味はナッツに近い。

すでにベルギーなどでは、EU内で初の「昆虫食認可」の条例を発効している。美食の国フランスでは農家がコオロギなどの養殖と流通に向けた国への働きかけが起きており、これに呼応するように昆虫食番組が増えているという。このほか書面化されていないがイギリスやオランダ、ドイツなどで国内販売が黙認されている。

内山さんによれば、「これは非常に画期的なことだ」という。なぜなら、「欧米において昆虫食は“スカトロ〟と同様に扱われてきた」からだ。まだ認可の下りていないフランスでは、昆虫食の輸出専門会社も誕生し、日本に向けた販促も展開している。

EUは本気だ。日本としても手をこまねいているわけにはいかない。

 

 

食用昆虫研究家の圧倒的不足

だが残念ながら日本は、昆虫研究者は多いものの、機能研究や害虫駆除などが中心で、食用の研究家はほとんどいない。

内山さんは、農学系や栄養学系で昆虫食に感心を持つ研究者が増えることに加え、もうひとつ、生産者である農家の関心の高まりを期待する。

「『昆虫業』のような専門の生産者が生まれ、市場を開拓することが必要」。

養殖技術ではすでに蚕などの蓄積があるほか、カブトムシや鈴虫などホビー向けの養殖技術もある。これをより大規模化し、衛生管理を徹底すれば、昆虫食は次世代の食品産業を担う可能性はある。実際、国内の食品会社も密かに研究を行っているが、「イメージもあって名前を出せない」(内山さん)。

 

地方大学なども、ぜひこの豊かな昆虫食という資源と研究分野に目を向けてほしいところだ。

もちろん関連法整備や栄養分析などまだまだ取り組むべき問題は多い。だが欧米、あるいは中韓がデファクトスタンダードを取る前に、やはり行政、政治家にいち早く関心を持ってもらい、産業化を急いでもらいたい。

論より証拠。まずは昆虫食体験からだろう。結構「虫はウマい!」ので。■

 

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2014年10月号の記事より
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