オビ 企業物語1 (2)

金型メーカーが開発・オフィスの作業効率を5倍にする文具「抜き差しファイル“NOUQUE(ヌーケ)”」 

◆取材:加藤俊 /文:大木一弘

下請け企業から開発型企業への転換NOUQUE(ヌーケ)

金属プレス加工の下請けを専門に行ってきた株式会社キョーワハーツが、2015年10月 自社開発商品第1弾「NOUQUE(ヌーケ)」で文具市場に参入する。

「NOUQUE(ヌーケ)」は、独自技術によりファイリング後も書類を簡単に抜き差しできる、新時代の事務用ファイル。ファイルから一旦全書類を外し、束ねて再度ファイルするという従来の動作に比べ、オフィスの作業効率が約5倍にアップするという。

下請け企業が開発型企業へと転換を図り、文具市場へ自社商品第1弾を発売する。その背景には、数々の物語があった。

 

■父から事業を継承した途端、従業員も案件も持ち去られた

「NOUQUE(ヌーケ)」の話に入る前にキョーワハーツの物語を紐解こう。キョーワハーツの現社長である坂本悟氏は、先代社長である父が脳梗塞に倒れたことをきっかけに同社へ入社した。

1985年、当時35歳。入社前は大阪にある造船所の下請け会社で労働組合の活動家だった。つまり労働組合から経営者という転身であり、正反対の立場になるのだから、労働組合時代の仲間からは反対されたという。

しかも坂本氏が入社した矢先、先代をずっと支えてきた工場長が、部下や仕事を引き連れて他社へ移ってしまう。従業員も案件も新規開拓する必要に迫られた。

しかし、その不幸も「父が親友の金型職人を連れてきてくれたおかげで新たなチームを作ることができた。また、自由創型できるまでに技術力がアップし、結果的には良かった」と坂本氏は当時を振り返る。

 

■続く海外シフト 下請けだけでは将来が見えない

1985年頃、日本の製造業は韓国などへの海外シフトに苦しんだ。キョーワハーツも例外ではなく、「1年後には海外シフトするからこの仕事はなくなるよ」という通告を次々とうけるはめに。

 

株式会社キョーワハーツ坂本悟社長・キョーワハーツのコーポレートメッセージ「『ココロ』と『モノ』を結ぶそこまでやるかの金型屋」には、設計者のココロをキョーワハーツがモノとして形にするという気概が込められている。

「父の知り合いを辿って新規開拓を試みたが、当時は一社依存で7割の売り上げをあげる設備しかなかったためにご要望に応えられなかった。設備の大幅な入れ替えを行い、4年くらいかけてようやく新しい顧客での売り上げがたった」(坂本氏、以下同)

 

設備を整えたものの、金型の下請けを新規開拓で請け負うには、商談開始から1~2年以上もの期間を要する。また、年に1、2本の大きな案件がある程度にしか仕事はない。

そんな中、金型屋さんがどんどん閉鎖されて行くことから、よそが出来ない仕事を持ち込まれるようになった。

また、社員起案により自社の金型のみならず他社の金型も修理する“金型トラブル救急隊員”サービスを始めた。

他社の金型から自分たちにない発想をうけられるなど、自社技術はますます向上する。よそに出来ない「薄い・小さい・細い・多機能」を得意とすることにより、リーマンショックまでの期間は携帯電話のアンテナなどの細かい部品により売り上げを順調に伸ばしていた。しかし、スマートフォン時代の到来や海外シフトにより、売り上げは伸び悩みを迎える。

 

■価格競争に負けない開発型企業になろう! 自社商品開発開始

リーマンショック以降、坂本氏は顧客の新規開拓を再び試みた。しかし、価格競争に巻き込まれることが続く。

「案件を獲得できたとしても、受託や下請け加工を続けて将来があるのだろうか」と悩んだ坂本氏は、自社によそが出来ないまでの技術力を有しているという自負から「開発型企業になろう!」と2011年に社内宣言する。様々な議論はあったものの、社員の賛同を得ることができた。

まずはみんなで勉強しようと社員をマーケティングや技術の勉強会に出したり、金型職人1人のみではあるものの開発専門部署を新設したりした。

 

転機となったのは2012年。特許を複数有している街の発明家 小野実氏から「特許はあるが、技術がない。キョウワハーツで作れないか?」と、抜き差しファイルのアイディアが持ち込まれる。

小野氏に持ち込まれたモノ小野氏に持ち込まれたファイル

精密な金型が必須となる商品であることから「やってみよう。金具は全て自社で作る」と文具開発に乗り出し、最終的にはデザイナーが入り利用者目線での危険個所改善などを行ったうえで、ついに自社商品第1弾となる「NOUQUE(ヌーケ)」が完成した。

 

オビ インタビュー

 開発型企業への転換をはかる「株式会社キョーワハーツ」の坂本悟社長にインタビュー!

NOUQUE(ヌーケ) 完成品NOUQUE(ヌーケ)完成品の機構

-「NOUQUE(ヌーケ)」がいよいよ販売されますが、何か課題はありますか?

 

文具店へ置いて頂くには問屋さんを経由する必要がありますが、どの問屋さんへ卸すかを決めかねています。モノを作ることは出来ますが売ることは不得手ですので、売ることのプロと組みたいですね。インターネットだけで販売することには限界がありますし、実店舗にどうやって置いて行くかが課題です。

テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」の「トレたま」などへ取り上げて頂き、注目が集まっていることを大変に嬉しく思います。

 

-今後、「NOUQUE(ヌーケ)」の展開は決まっていますか?

 

現状「NOUQUE(ヌーケ)」のファイル自体は税別1,800円と安価ですが、専用パンチが税別5,000円と高価です。また、せっかく気軽に抜き差しできるので、会議室などへ簡単に持ち運んでいただける商品にしたいと思っていますが、現状のままだと重いため決まった場所に置いてしか利用いただけません。

次はより薄いコストダウン版を作ろうというアイディアが社内から出ています。2016年春くらいに発売できればと思います。

 

-自社商品第2弾は、何を開発される予定ですか?

 

小野実さんの他の特許をいかした文具に取り組む予定です。売り先が決まっており、開発を要請されています。

今回の「NOUQUE(ヌーケ)」は多くの書類を日々必要とする士業や医療の分野でお困りを解決できると思いますし、今後も世の中のお困り解決を私たちの技術で出来ると良いですね。今までにないものを作っていくモノづくり企業にして行きたいと思います。

 

-「開発型企業」について、社内の反応はいかがですか?

 

自社開発は下請けに比べて施策や戻りも多いですが、社員は自然に受け止めてくれています。これまでにはなかったお客様からの評価が頂けることを、すごく楽しんでいますね。「これがあって良かった」「これだけ便利になった」などの喜びや感謝の声が、次の仕事の励みになります。品質が良くて当たり前という下請けの世界とは異なる手ごたえを感じますね。

自分たちで考えたものをつくるのか、人の考えたものを売るためにお手伝いするのかは、かける意気込みも違ってきます。自社開発を始めて、世界が広がりました。

 

-今後がますます楽しみですね。ありがとうございました。

 

▼NOUQUE(ヌーケ)の試作品・「試行錯誤の連続でした」(坂本氏)▼

NOUQUE(ヌーケ)サンプル (3) NOUQUE(ヌーケ)サンプル (2) NOUQUE(ヌーケ)サンプル (1)

 

オビ ヒューマンドキュメント

坂本悟(さかもと・さとる) 1950年東京都生まれ。中央大学中退後、社会人経験を経て1985年キョーワハーツに入社。1991年代表取締役就任現在に至る。

株式会社キョーワハーツ

〒223-0066 神奈川県横浜市港北区高田西1-5-1

TEL 045-593-6116

http://www.kyowa-hearts.com/

従業員数:17名

年商:約2億円