オビ インタビューその移転費用、適正価格ですか? もったいない精神で原状回復

一般社団法人 原状回復費・適正化協会

代表理事/池田文夫氏(右)

常務理事兼事務局長/萩原大巳氏(左)

 

 

オフィス移転の際、内装を元の姿に戻す契約があることで思わぬ出費となるのが原状回復費だ。なぜ、一般的な工事と比較し高額になるのか、一般の担当者は理解できない。

この問題に切り込むべく設立されたのが一般社団法人「原状回復費・適正化協会」(東京都千代田区)である。

原状回復費の適正査定および減額交渉をサポートする同協会では、地球環境にきわめて優しいサステナビリティ(持続可能性)を実現するオフィス移転として「居抜き」を提案する。

同協会の池田文夫代表理事と萩原大巳常務理事兼事務局長に、原状回復費に隠された〝カラクリ〟と、CO2削減の観点から〝もったいないスピリット〟で最小限の原状回復を行うこれからの時代におけるオフィス移転のあり方を尋ねた。

 

 

借りた時の状態に戻す意味はあるのか

オフィス移転を「居抜き」で行う、そんな選択肢があることをご存じだろうか。

居抜きであれば、入居時の内装工事費や退去時の原状回復費などを大幅にカットできる。しかし、居抜き契約が一般的に行われている店舗と違い、オフィスの場合、退去時には新設した造作、諸設備を解体撤去のうえ修繕修復し、床・壁・天井の貼替や全面塗装を実施し、原状回復することが通例である。

 

だが、よくよく考えてみれば、おかしな話だ。それほど古くもない内装を取り壊し、新たな借主がまた同じような内装をつくる、そこにどれほどの意味があるのだろうか。過剰な工事による環境負荷への懸念も否めない。

そして、もうひとつ、多くのテナントの頭を悩ませているのが高額な原状回復費である。

今年4月に設立された一般社団法人「原状回復費・適正化協会」(東京都千代田区)の池田文夫代表理事は次のように語る。

 

「巷に見られる原状回復費は、一般的な工事関連の相場と比較しても適正価格以上の金額が請求されているケースが非常に多くあります。中には法外とさえ思えるケースも少なくありません。また、本来、実施することが妥当ではない不要な工事も散見され、それだけ余分な負荷が環境にかけられていると言えます。実にさまざまな問題が原状回復の世界にはあるのです」

 

 

なぜ、原状回復費は高額になるのか

ここ数年、建設需要拡大と建設業界の人材不足が呼び水となり、原状回復費の高騰が続いている。しかし、高額な原状回復費の根本的な理由はさらに別の、もっと根深いところにある。

例えば、原状回復工事はビルオーナーや管理会社が指定した業者が行うことがほとんどである。そのこと自体は建物の安全性や品質管理の観点から正当な理由ではある。しかしその反面、競争原理が働かず、価格がつり上がる傾向にあるのも事実だ。

また、物件が金融機関からの紹介であったり、ビルオーナー自体が大手関連企業であった場合、言い値を受け入れざるを得ないこともある。池田氏はさらに問題を指摘する。

 

「建築業界、不動産業界、設備工事業界などいくつもの業界が縦割りで関わり、しかもそれぞれが権益で結ばれていることが参入障壁となっています。そして、賃貸事業を行うビルオーナー側は、言わば、賃貸のプロ。いっぽうで借主側は専門的な知識を持たない素人です。

これが大きな力の差となり、たとえ借主側が見積もり額に不審感を抱いたとしても交渉する手立てがなく、最終的には言われた通りの工事が進行します。このような構造が適正価格以上の原状回復費を横行させる原因となっています。

この問題を解決するには、第三者の立場で中立的に原状回復の守備範囲や費用の適正化をする機関が必要なのではないか。そうした考えから当協会を設立しました。

また、原状回復に関する相談や工事費の査定を行うだけでなく、借主の代理という形でビルオーナーとの交渉に、原状回復費・適正化協会の会員が具体的に、論理的に折衝します。

サポート費用は会員の成功報酬制となり、その収益の一部は協会の運営費に充てられます。人員的な問題から当面は50坪以上のオフィスを持つテナントを対象に活動していきます」

 

 

最大80%の減額を実現。見積もりに隠された〝カラクリ〟とは

同協会に所属するのは一級建築士や宅地建物取引士、弁護士など各分野の専門家だ。中でも運営の中心を担っているのが株式会社スリーエー・コーポレーション(東京都千代田区)である。

同社は過去12年にわたり、オフィス移転に関する原状回復費の査定および減額交渉をサポートし、上場企業を含む1000社以上の減額を実現させた実績を持つ。しかも、その成功率は100%だというから驚く。

実際、どのくらいの金額が削減されるのだろうか。同社の代表取締役であり、同協会の常務理事兼事務局長でもある萩原大巳氏によれば、最初の見積もり金額からの平均減額率は39%だという。

 

「物件の状況などによっても変わりますが、最大80%の減額を実現させたケースもあります。ただし、原状回復そのものは借地借家法に基づき義務付けられているため、拒否することはできません。あくまで内容を見直すことで適正価格に近づけます」

 

減額交渉のポイントは見積もり書に隠された〝カラクリ〟を見つけ出すことだと萩原氏は解説する。

 

「『工事総額や工事単価を値下げしてほしい』という論点で交渉しても、せいぜい1割ほどしか減額されません。適正価格よりもかけ離れた見積もりには必ず〝カラクリ〟があります。大事なのはそこを突くことです。

例えば、本来、工事の必要がない窓や柱などの共有部分まで費用負担を請求されている。あるいは、床材や諸設備が入居時よりもグレードアップされている。あるいは、建築資材の数量や人件費が水増し請求されている等々です。

適正価格の根拠となる資料を提示しながら、いかに見積もりに問題があるのかを明確にすることがポイントです。無理強いをして金額を叩こうとしても意味がありません」

 

例えば、萩原氏が過去に手がけた案件には株式会社サイバーエージェントのオフィス移転がある。延床面積905坪に対し、指定工事会社が提示した見積もりは1億680万円だった。これを最終的に5300万円に減額させたのである。

このケースにおいても、やはり不要な工事項目が織り込まれていたり、作業人員が一般的なそれに比べて割り増しされていたりした。

 

 

 

「適正価格」の大義

こうした減額交渉は不動産業界、建築業界の慣習にメスを入れることと等しい。しかし、「そんな大それたものではない」と池田氏は笑う。

 

「我々は至って自然体に、原状回復費の適正化に関するサポートを行っているだけです。考えてもみてください。これだけあいまいな原状回復費が横行していることが本当に日本の経済にとってプラスでしょうか。実は原状回復義務がある国は世界中では珍しく、このことがネックとなり、実際に外資系企業が外国に流れてしまっています」

 

さらに池田氏が強調するのは環境負荷への問題だ。

 

「今、行われている原状回復は本当に地球にやさしいのでしょうか。低炭素社会を目指す。廃棄物を極力出さない。CO2を削減する。これは今や世界の常識です。

ところが、現実には不要な原状回復工事がたくさん行われています。日本政府は温室効果ガスの排出量を2013年度比で2030年までに26%削減するという目標を表明しました。

また、環境先進企業として環境省から認定されたエコ・ファースト企業による自主運営組織『エコ・ファースト推進協議会』には名だたるゼネコンがいくつも参加されています。我々は時代の流れに沿った取り組みを行っているに過ぎません」

 

サステナビリティを実現する「居抜き」という選択肢

近年、「サステナビリティ」という言葉はさまざまな場面で聞かれるようになった。

本来は自然との共生を目指す環境保護思想に関する言葉であったが、今日では企業活動においても社会的責任(CSR)の観点からサステナビリティへの関心は強まっている。同協会でも「大きなテーマのひとつ」であると萩原氏は話す。

 

「サステナビリティを実現するオフィス移転の方法として、我々は独自サービスである『サステナオフィス移転』を推奨しています。

一般的に100坪以上のグレードの高いオフィスビルでは、原状回復で新規貼替を実施した床、壁の35%程度に対して、次のテナント様が新たな貼替を行っているのが現状です。これではコスト的にも環境保全の観点からも無駄が多いのは明らかです。では、どのような原状回復が理想でしょうか。

通常、貸しテナントには工事区分をどうするのか、誰が工事費用を負担するのかなどを定めた『貸方基準』というものがあります。

ハーフスケルトン天井や壁は軽鉄下地まで。床はOAフロアまで。床、壁、天井の仕上材についてはテナント様の好きな仕上材を貼るといった具合に貸方基準を定めることで、より自由度の高い、ワークスタイルにあった内装設備を実現することが可能となります。

退去する際は自由度の高い内装設備のすべて、もしくは部分的に再利用していただければ退去テナント様、入居テナント様ともに資産の有効活用となります。こうした原状回復を承継する居抜きを我々は『サステナオフィス移転』と呼び、新しいオフィス移転の選択肢として勧めています。

当協会は複数の大手不動産会社と提携しており、各社には居抜きで入居したいという声が多数集まるため、退去者と入居者のマッチング率も非常に高い成績を実現しています」

 

萩原氏によると、借りた時の状態(原状回復義務)に戻すことが取り決められた物件だとしても、条件や交渉次第では居抜きでの退去が可能だという。

 

「居抜きは手間をかけずに次の入居者が決まるため、ビルオーナー側としてもテナントが空白になる空室リスクを減らすことができるメリットがあります。

我々は退去者、入居者、ビルオーナーの三者が納得できる形での居抜きの実現を心がけていますが、マッチング不成立の場合でも、ハーフスケルトン回復なので仕上材を撤去、廃棄することが原状回復となり、現状に比べ大幅なコスト削減と可視化が可能になります」。

 

もったいない精神でオフィス移転を

全国の中小企業から大手企業まで、すべての法人は平均約7年でオフィスを移転し、その数は年間25万社を超えると言われている。たかだか7年で借りた時の状態へと戻し、新たな内装工事を行うことは合理的とは思えない。池田氏はこうした状況を「もったいない」と嘆く。

 

「査定を通じて地球環境のサステナビリティ(持続可能性)を損なわない経済活動を創出すること、それが当協会の事業目的です。その実現のため、我々は『もったいない』という日本に古くからある精神のもと、3つのシステムを柱に事業展開しています。

1つ目はファシリティ・マネジメント・システム(facilities management system)。これはオフィス環境の最適化を図る仕組みを指し、例えば、OAフロアにグレードアップしたオフィスをわざわざ壊さず、既存の施設や設備を有効活用しようという考え方です。

2つ目はコンストラクション・マネジメント・システム(construction management system)。原状回復工事にはさまざまな業者が関わりますが、従来ではそれぞれの業者ごとに養生、現場経費などを計上していました。これを、マネジメントを専門に行うコンストラクション・マネジャーが管理することで、1回の作業で済むようにします。

このように専門のマネジャーが、オフィス移転のプロジェクトに関わる人々と一体となって工程管理やコスト管理をするシステムの構築を行います。

3つ目がバリュー・エンジニアリング・コスト・ダウン・システム(value engineering cost down system)。これはもっとも望ましいオフィス移転を達成するために、事業そのものの価値を高めながらコストダウンを図ろうという考え方です。

これらの柱を軸に原状回復における現地調査や査定、管理のワンストップサービスを提供しています」

 

スクラップ・アンド・ビルドの時代から、スマートに入退去する時代へ

実は、池田氏自身も過去に萩原氏に助けられた経験を持つ。そのことが二人を結びつけ、同協会を設立するきっかけにもなった。

 

「当時、私が勤めていた会社が移転する際、原状回復費が4100万円かかるという見積もり書が提出されました。その金額の根拠に不透明さを感じ、萩原さんに査定と減額交渉をお願いしたところ、結果的に2150万円にまで下がりました。

費用が半額近く抑えられたことに驚かされた以上に、最初の見積もりはなんだったのかとつくづく疑問を抱きました。

環境破壊を顧みず、経済成長の波に乗っていた時代なら何も思わなかったかもしれません。しかし、社会情勢は変わりました。無駄な工事を行い、大量の廃棄物を排出するオフィス移転は今の時代に似つかわしくありません。

スクラップ・アンド・ビルドの発想ではなく、地球にやさしく、スマートに入退去する。そのためには不要な工事を行わずに適正価格で原状回復を実施し、条件次第では居抜きを選択する。

オフィス移転を検討する多くの企業にとって当協会が一助となり、ひいては日本における環境負荷への低減につながることを願っています」

 

これまでにも原状回復に対する不満や疑念の声は数多くあった。しかし、借主側は提示された金額と内容に甘んじるしか術がなかった。

今回、第三者による査定機関が誕生した意味は大きい。そして、同協会が主張するように、サステナビリティの観点からも今後はオフィス移転のあり方そのものが見直される時代になるだろう。

池田氏が語る「社会情勢は変わりました」は、まぎれもない事実だ。原状回復の世界だけが旧態依然としたままでいいわけがない。

 

オビ インタビュー

◉プロフィール

池田文夫(いけだ・ふみお)氏…1949年、福島県生まれ。国立福島大学卒業。1973年、富士(現みずほ)銀行に入行、新規企業開拓に従事。佐川印刷株式会社の取締役など数々の要職を歴任し、2017年、一般社団法人「原状回復費・適正化協会」の設立とともに代表理事に就任、現在に至る。

MOBILE:090-6828-3589

E-mail:ikeda@g-tekisei.or.jp

 

萩原大巳(はぎわら・ひろみ)氏…1957年、静岡県生まれ。日本大学卒業。2004年、株式会社スリーエー・コーポレーション設立。2017年、一般社団法人「原状回復費・適正化協会」の設立とともに常務理事兼事務局長に就任、現在に至る。宅地建物取引主任者、一級建築施工管理技士。

MOBILE:080-4196-8201

E-mail:hagiwara@g-tekisei.or.jp

 

◉一般社団法人 原状回復費・適正化協会

〒101-0047 東京都千代田区内神田2-5-3 児谷ビル2階

TEL 03-5298-2733

FAX 03-6859-5888

 

 

 

◆2017年7月号の記事より◆

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