クリーニングハウス ムー/代表 高見明美氏

 

クリーニングハウス ムー/代表 高見明美氏

衣類へのダメージが少なく低コストなドライクリーニングだが、健康に悪影響を及ぼすとも言われている。兵庫県加西市の「クリーニングハウス ムー」は18年前にドライクリーニングを廃止し、100%水洗いに切り替えた。

化学物質過敏症やアトピー性皮膚炎、鼻炎、喘息の人でも着られる同店のクリーニングを命綱と頼る顧客は多く、全国から宅配も受け付けている。

 

 ◎高コストな水洗い

 ■ドライで汚れは落ちない

クリーニングから返ってきたワイシャツやブラウスをクローゼットから出すと、黄色く変色している箇所があったり、覚えのないシミが浮き出していたりすることがある。これがドライクリーニングの弊害だ。

ドライクリーニングでは汚れが溶け出さず、そのまま残っているため、汗や汚れが時間とともに変色し黄色くなる。水で洗えば、こうした変色は起こらないが、水洗いは生産性が悪く、クリーニング店に利益が出にくい。

 

■生産性の高いドライクリーニング

そもそも、生活する上での汚れの90%以上は、水にしか溶け出さない。化学溶剤で洗うドライクリーニングで溶け出すのは、皮脂などの油汚れのみ。襟に付いている油汚れは取れるものの、汗や食べこぼしなどはいくら洗っても落ちず、そのまま残る。

水に溶ける角砂糖や塩をドライ液に入れ、攪拌しても溶け出さない。ソフトクリームのコーンさえ、何年経ってもパリッとしたままだという。

 

 では、汚れの落ちないドライクリーニングがなぜ世界的に主流なのか。

水で洗うと型崩れをしたり、シワになったり、縮んだり、色が落ちたり移ったりするが、ドライクリーニングではそういったダメージがない上に、アイロン仕上げがほとんど要らない形で洗濯機から出てくる。

ハンカチやシャツを水で洗って絞れば、皺くちゃでアイロンを掛けなければ着られないが、ドライ液で洗うと、洗濯機でどんなに強く洗ってきつく絞っても、スーツでさえシワひとつ寄らないという。ドライクリーニングは簡単で、生産性が高いのだ。

 

■水洗いは職人技

コインランドリーに持っていくような衣類なら、水で洗うのは簡単だ。しかし、それ以外のコートやセーター、スーツ、おしゃれ着などを水で洗うのは至難の技だという。

水で洗うと繊維は様々な変化をするため、一着一着に合わせた取り扱いをしなければならないからだ。

 

「洗濯機をどれぐらい回せばいいとか、押し洗いでなければだめだとか、お品お品に応じた対応をします。それから、脱水も難しいんです。脱水せずに干さないと絞りジワが傷になって、アイロンでも取れなくなってしまう衣類もあります。

そうしたことを見極めなければならない水洗いには、職人が必要です。ところが、化学薬品を使うドライクリーニングなら、昨日今日入ったパートさんでもできるんです。素人でもできるから、職人を雇わなくてもいい。だから安いんです」

 

■ドライクリーニングへの疑問

1989年にクリーニング業を始め、当初は一般のクリーニング店と同じようにドライクリーニングを行っていた同氏。ドライの機械を処分し100%水洗いに切り替えたのは、「クリーニングハウス ムー」のオープンから1年後の1996年だ。

世界的に脱ドライクリーニングが叫ばれていることを知り、環境問題に意識が向かったことがきっかけだ。実は、ドライクリーニングが人体に悪影響を及ぼすことは、自らの身体で体験していた。ドライクリーニングを終えた衣類に触れると、瞬間的に手が粉を吹いたように真っ白になる。

独特のニオイもある。ぐったりと嫌な疲れが残り、頭痛や吐き気も日常的だったという。加えて、ドライクリーニングでは汚れが落ちないことも、理屈ではなく経験で知っていた。このため、顧客から預かった衣類をドライクリーニングする一方で、自分のスーツや服は水で手洗いしていた。

 

「汚れは水洗いでないと取れないことは、クリーニング屋さんはみんな百も承知なんです。いわゆる『シミ抜き』は、部分的に水洗いをするサービスですからね。

体調の悪くなる化学物質に漬けて、汚れの取れていないお品物をお客さんに返し、『これが高級クリーニングです』と言っている。詐欺みたいなことやってるな、と思い始めて。

このドライクリーニングに、たとえ100円でもお客さんが払う価値があるのかなって。当たり前に行っていたドライクリーニングを続けることに、迷いが出てきたんです」

 

■化学物質過敏症

洗剤や染料などの化学物質に反応して呼吸困難、頭痛や吐き気などが起こる「化学物質過敏症」の患者は、同店の水洗いクリーニングがなければ生きていけない。化学物質過敏症の患者は多くの場合、電磁波過敏症など他のさまざまな過敏症を併発しているため、電気製品も使えず、食べ物まで限られていることもある。

吸う空気もなく、病院に着ていく服もない。寒冷地に住んでいれば、寒さを凌ぐ服も、暖かい布団もなく、暖房器具も使えず、満足に食事もとれないが、無理にでも身体を動かさなければ凍え死んでしまう。こういう人が、同店に布団やダウンジャケットを送ってくる。

同店の水洗いクリーニングによって着られるようになり、「今年の冬は凍え死ななくて済みます」「このジャケットやコートがあれば、今年の冬は外に出られます」と感謝の声が寄せられる。同氏のクリーニングは、命を救うクリーニングなのだ。

 

■特殊な水を使い、命を救うクリーニングを

同氏は水洗いに使う水にもこだわり、特殊なものを使っている。洗浄水・波動水・還元水・活性水素水という4原則を満たす水だ。通常の水は「H2O」だが、これに「OH-(ヒドロキシルイオン)」が結合したもので、「H3O2-」と表記できる。この特殊な水との出会いも、同氏が環境を考え、ドライクリーニングを捨て100%水洗いに切り替えるきっかけのひとつになった。

水や糊、空気にまで徹底してこだわることで、化学物質過敏症やアトピー性皮膚炎、鼻炎、喘息でも着られる水洗いクリーニングが実現したのだ。

「お客様の命をお預かりしているということを、いつも考えるようにしています。お水や洗剤はもちろん、作業場内の空気にも気を遣っています。一人ひとり問診をしてカルテを作り、その方の情報をすべて書いて、それを見ながら出荷まで作業を進めていきます。たかが洗濯ですが、重篤な化学物質過敏症の方にとっては、本当に命に関わることなんです」

 

◎消費者の側から業界を変えたい

■中からは変えられなかった

当初は、クリーニング業界を中から変えたいと思っていたという同氏。自身がひとつのモデルとなって100%水洗いが世界に広まり、環境の改善や、化学物質の被害を受ける人の減少に繋がればと期待した。

しかし、中から変えるのは難しかった。100店以上のクリーニング業者が見学に来たが、真剣に取り入れようという者は一人もいなかった。

「いいですね、素晴らしいことをしていますね」と言いながら、自分がそこまでやろうとはしない。環境問題が叫ばれるようになって、「水洗いも行っています」と謳うクリーニング店は出てきたが、ドライを廃止して水洗い一本という業者は同氏の知る限り一人もいない。

それでも、同氏はそうした同業者を責めたくはないという。それだけ、水洗い一本に切り替えるのは困難だからだ。洗剤のブランドを換えるような簡単な話ではない。

 

「私がやってるんだからあなたもやって当然でしょ、とは、私はとても言えません。クリーニング店にも生活がありますし、私がそれだけ大変な思いをしてきましたから。でも、ドライの被害をいちばん受けているのは、現場で働いているクリーニング屋さんです。だからこそ、中から変えたいと思ったんですが、それは難しかったですね」

 

■消費者が安全への意識を

それなら、消費者が変わるしかない。いま同氏が「お洗濯講座」や講演などを積極的に行っているのは、消費者に変わってほしいからだ。コストが嵩む水洗いは、ドライと同じ値段では提供できない。しかし、安全なクリーニングに対して消費者が納得すれば、切り替えることも可能だ。

利益も出るようになる。消費者の理解が得られず、利益も出ないまま高価格なサービスに切り替えるのは難しいが、消費者の意識が変われば、状況は変わる。

 

「お金を払ってクリーニング屋さんに持っていけばきれいになると思っていたのに、そうじゃない。汚れが落ちていないことがあったり、ドライクリーニングのニオイが気になったり。クリーニングに出してもなんだかスッキリしないから、ダメもとで家で洗濯機で洗ってみたらきれいになったとか、そんな経験をされた方も多いのではないでしょうか。消費者は、真実に気づき始めています」

 化学薬品漬けで、水溶性の汚れの落ちないドライクリーニングにお金を払う価値はあるのか、いまいちど考え直す必要がありそうだ。

 

高見明美(たかみ・あけみ)氏…1989年、クリーニング業を始める。1995年、「クリーニングハウス ムー」をオープン。1996年、全品水洗いクリーニングに切り替え。

クリーニングハウス ムー

〒675-2445 兵庫県加西市殿原町373-2

TEL 0790-44-2616

http://www.cleaning-house-mu.jp