女房から「ここで終わるつもりなの?」の言葉とともに、長野から東京へと放り出された夫─「株式会社バスくる」の代表取締役、浮舟崇弘(うきふね・たかひろ)氏だ。

そして、この言葉に一発奮起して立ち上げた事業が、貸切バスの手配会社「バスくる」である。

のちにWebサイトでの貸切バス市場の情報共有という、大きなブルーオーシャンを手に入れた浮舟氏は、さらに三方良しのシステムを作り出し、旅行バス業界を驚愕させることとなる。

同氏のその着眼点はどこから来るのか。女房の言葉の真意と、情報共有社会におけるビジネスのあり方を聞いた。

 

「なぜないんだろう」から始まった
貸切バス検索システム

株式会社バスくる 代表取締役 浮舟崇弘氏

「株式会社バスくる」は、貸切バス一括検索システム「バスくる」の運営を主とした、バス会社営業アウトソーシング事業を行っている。同社が運営する「バスくる」は、貸切バスの手配会社として始まった。

これまで貸切バスの料金が見える一括見積もり検索サイトは存在せず、そこに目をつけた形だ。

 

「個人でも旅行会社でも、それまでは手当たり次第にバス会社に電話をして探していました。見積もり金額も他社と比較する術がないのでいいなりです。あったら便利じゃないの?という思いから作りました」。

8月のサイトリニューアル時には、バス会社がサイト上で仕事探しができるというマッチング機能が加わった。突然のキャンセルや、戻りの空バスを埋めるための仕事を探すことができる上に、事故車両が出て運航が困難になった場合にも、他のバス会社に代替え車両を依頼することが可能だ。
これらの、〝ありそうでなかった〟隙間ビジネスを採掘した視点は、創業時に苦労した自らの体験からきている。

「リストのバス会社に片っ端から電話をかけて、空いているバスを探すんです。とんでもない労力でした。予約を取ることは大変なのに、貸切バスの空車の時間は結構多いんです。目的地までお客様を送り届けたら、空バスで帰ってくるなど、あまりにも無駄な動きが多い。どうしてなんだろうって思っていました」と振り返る。

 

「ここで埋もれるつもり?」
女房に放り出されて東京へ

エンドユーザーが持つ疑問や不満をビジネスに活かす。この才能を見抜いていたのが同氏の妻だ。「この〝バスくる〟を始められたきっかけは、女房なんです」。

同氏は大学卒業後、アルバイトをしていた長野県白馬のスキーリゾートのホテルに就職。しかし、支配人の退職後にホテルが倒産してしまう。食べていくためには仕事をしなくてはならないと、仲間とともにオーストラリア人向けに白馬スキー場ツアーを企画販売する旅行会社「スキージャパンホリデーズ」を立ち上げた。

 

「オーストラリア人にとって、白馬スキー場は、雪質が良く時差ぼけの心配がなく、そして安い。これは売れるぞ、と思い起業しました」。同氏の予想は当たり、売り上げは右肩上がり、会社は順調に規模を拡大していった。

衝撃的な言葉を女房から放たれたのは、そんな順風満帆であった時だった。「女房に〝東京に行って仕事してこい〟って放り出されました。このまま長野県で終わるつもりなのかって」。

立ち上げた旅行会社はまだ存在しているし、事業も安定している。青天の霹靂とはこのことだ。「そりゃ悔しいですよ。わかった、やってやるよって、それでバスくるを作ったんです」と同氏は振り返る。

「思えば、女房は私が持っている能力や可能性を見抜いていたんでしょうね。彼女がいるから今の生活があります。感謝です」と笑う。
こうして、35歳で女房に放り出され、ひとり東京で新規事業へと挑み始めた浮舟氏。創業時の事業は旅行会社の経験を活かし、バスの代行手配を行う旅行会社のアウトソーシングから始まった。

 

自分が欲しかったから
作ったシステム

「やってやるよ」と意気盛んに上京した浮舟氏だったが、東京での営業活動は困難を極めた。「回っても回っても、誰も相手にしてくれませんでしたね」。

実績もなくメジャーな業種でもないアウトソーシング会社に、仕事を発注してくれる旅行会社はない。

 

そんなとき、都内の小さなツアー会社が同社に興味を持った。徒歩ツアーしか持っていないため、バスツアーを導入したいのだという。「格安のバスを探して欲しい」と依頼された同氏は、チャンスをものにするべくバスの見積もりとマッチングのための電話をかけまくり始めたが、なかなか日程と金額に見合うバスが見つけられない。

そこで、最安値のバス日程にツアーを合わせるという方法を提案したところ、格安のバスをどんどん確保することができた。「その会社は、今ではバスツアーが中心になっています」。現在も、そのツアー会社のバスの手配は全て任せてもらっているという。
この実績がきっかけとなり、取引先が増え始めた。しかし、顧客が増えるほど、リストの上から電話をかけてバスを手配するというアナログ戦法では効率が悪すぎる。そのとき浮舟氏の得意のセンサーが反応した。「ネットで一括して検索できたら便利じゃないのか?」。「バスくる」システムの誕生だ。

 

三方良しがあるから成り立つ
情報共有

駐車場にて出番を待つ貸し切りバス

浮舟氏が「電話をかけるのが、本当にもう嫌だったから作ったんです」という「バスくる」のシステム。情報を公開し、ネットで検索することが当たり前の昨今、なぜ今まで貸切バスの検索システムは存在しなかったのだろう。

この疑問に同氏は「バス会社は自分のところの仕事は囲い込みたい、旅行会社は手作業で苦労しないとバスは確保できないという思い込みだと思います」と見解する。

 

「このシステムを話した時も、多くのバス会社からそんなことできるわけがないと言われました」と浮舟氏は言う。自分のところで仕事を囲い込むため、情報は自社サイトでしか発信しないというバス会社が大半だったのだ。

 

確かに、当初の「バスくる」の一括検索サービスのみでは、貸切バス会社にとってメリットがあるものではなかったのかもしれない。個人ユーザーや旅行会社にとっては工数削減とコストダウンというメリットがあるのにもかかわらず、旧態依然のバス会社にとっては価格競争に飛び込むようなものだったのだろう。浮舟氏は、このバス会社の声なき不満も敏感に聞き取った。そこで8月から新たに追加されたのが、業界初の「貸切バスの仕事マッチング機能」だ。
実は、近年ブラックと思われているバス会社の運転手は、拘束時間は長くても稼働時間はとても短い。

朝にゴルフ場へ送迎しても、夕方まではすることがない。3泊4日の合宿に部活動の生徒を長野県まで送迎すると、空バスのまま戻ってくる。この空白の時間をマッチングすることができたのなら、バス会社にとって情報共有はメリットに変わる。

ユーザーは貸切バスを自由に楽に選ぶことができ、バス会社は稼働率と収益を上げ、事業者はマージンを受け取ることで運営を継続できるという、三方良しビジネスモデルの完成だ。

誰もが情報を自由に得ることができる現在、ビジネスは「共有」へと変化している。「バスくる」は、独占ではなくシェアすることで成長するという、時代にマッチしたシステムなのだ。

 

バスをもっと便利に楽に利用したい!

「バスくる」システムについて、「もっと多くのバス会社に活用して欲しいです。登録数を増やすためにも、バス会社にとって有益で、ユーザーにとって便利な新しい機能を考えていきたい」と同氏は言う。そのキーワードは、やはり情報の共有化だ。

 

「電車のようにバスを便利に使える仕組みを作りたいですね。例えば、乗っている高速バスが渋滞にかかってしまった場合、次の停留所で降りて下道を行った方が早いと思っていても、停留所からの交通機関がわからないので降りられない。でも、停留所付近の路線バス情報があれば降りられますし、バス会社にとっても利用客を増やすことができます」と、路線バス情報の共有化を考えている。

 

さらに、「貸切バスのGPS機能と連動したアプリがあれば、バスが今どこを走っているのかをスマホで確認できます。親は、バスの到着時間に合わせて遠足や修学旅行帰りのお子さんを迎えに行けますね」と、GPSを利用したアプリ開発にも積極的だ。同氏が持つ旅行会社と利用者側の視点から湧いてくる三方良しのアイディアたちは、泉のようにあふれている。

 

 

「自分の行きたいところから目的地まで乗り換えなしで連れて行ってくれる乗り物って、貸切バスだけなんです。こんなに便利な乗り物は、他にはないと思います」と、バスへのこだわりを語る浮舟氏。その視点からは、ビジネスの穴場を発掘する同氏のセンサーが垣間見える。
「バスを探す時には〝バスくる〟って言って欲しいですね。もっと便利に楽にしていきますよ」。浮舟氏がプランニングしたビジネスのバス旅は、これからが本番だ。

 

【プロフィール】
浮舟崇弘(うきふね・たかひろ)氏…近畿大学工学部建築学科卒業。大学卒業後、長野県白馬村のリゾートホテルへ就職。同ホテル倒産後、外国人向け旅行会社「有限会社スキージャパンホリデーズ」を創業。その後上京し、2011年に「株式会社バスくる」を創業、代表取締役就任。有限会社夢湖観光バス代表取締役兼任

株式会社バスくる
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