◆取材:綿抜幹夫

千葉ダイスの歯車金型

 

 

横綱が本来のチカラをもってすれば─。

賜杯の行方を占うカギは何か、と訊かれた角界の専門筋がよく口にする言葉だが、この人、千葉英樹氏の話を聞いて記者は咄嗟にそのことを思い浮かべた。

 

歯車・金型業界の若きリーダー
株式会社チバダイス/代表取締役社長 千葉英樹氏

氏の話とは、日本のモノづくりはこの超円高と平成の黒船、アジアン旋風にどう対応すべきかと問うた記者に対する答えである。

ある意味で、モノづくり世界のネオ・コンサバティブ(新・保守主義)とでも呼ぶべきその明快な議論に、ここはしばし耳を傾けられたい。

 

通じない商道徳・商習慣。
杜撰?という名の一里塚

「到底、敵いません」。屈託した様子もなく、千葉氏ははっきりとそう言う。

中国、韓国を筆頭とするアジア勢と、日本のモノづくりとを比較すれば、である。無論、技術力ではない。飽くまで〝ビジネスの仕方〟においてだ。

 

「舌を巻きますよ。こちらと比べると数段繊細で、大胆で、しかも当然といえば当然ですが、常に自国ユーザーの側に立って海外ビジネスを展開していますからね」

 

ちなみに同社の売上高の約3割が、そのアジアからの注文だ。言うまでもなくこの超円高である。その分の営業利益はおそらくガタ落ちだろう、と思いきや、

 

「かなり頑張って企業努力をしていますから、ガタ落ちではありませんがそれなりに減らしているのは事実です。でもそれは…」

 

円高のせいではないという。もともとほとんどが円建てで取引しているから、どっちが上がろうと下がろうと、為替レートには左右されないのだ。では何が…。

 

「そこが彼らの強かさ、ビジネスの上手なところなのです。ウォン安やドル安によって生じた値上がり分を、値下げ要求という形でこちらに転嫁してくるんですね。もちろん自国ユーザーの側に立ってのことでしょうけど、ともすれば2割とか3割とか、とてつもない率の値下げを普通に要求してきますよ」
(!)

 

ある意味でこれは掟破りである。為替相場の差損を相手国企業に転嫁できるなら、日本のモノづくりは何の苦労もない。

もっとも仮にこの先、円安に振れて、先方に差益が出たときに返してくれるというのなら話は別だが、そんなことは天地がひっくり返ってもありえまい。いわゆる先進国、とりわけ日本人の商道徳、商習慣からは考えられないことである。

 

「もちろんただ言われるままに、応じることもありませんけどね(苦笑)」

 

としつつも、これが昨今のアジアにおけるビジネスの現実だと、氏は言うのだ。

ついでながら、日本の誇る技術力、先進性についての現実も、実のところ同じようなことがいえるという。

 

「ソコソコの精度でも今のアジアでは十分に通用しちゃってるんですよ。製品に少々バリが残っていても、厳密には設計図どおりの寸法でなくても、ある程度、実用に耐えられればOKなんです」

 

早い話が、現在の日本のモノづくりが有している高度で精緻な技術までは、彼らは必ずしも欲していないということだ。かつての日本もそうだったが、どの国も工業化・機械化から大量生産大量消費社会へ向かう旅の途上で、1度は必ず出くわす〝杜撰〟という名の一里塚である。

 

そんなこんなを考え合わせると、記者のような小心者は暗澹たる気持ちにならざるをえない。しかし目の前の千葉氏の表情はというと、先述したようにどこまでも屈託がないのである。何故か──。

 

 

日本人の責任感、団結力、
倫理観、勤勉さ、善良な人柄

チバダイス金型工場

「技術力は言うまでもありませんが、日本のモノづくり社会には、もともと他国にはないきわめて優れた特性があります。その特性を最大限に活かせれば、つまり日本の本来のチカラをもってすれば、相手が世界のどこの誰であろうが負けることはない、と私は確信しているんです」

 
そのチカラとは何か。

 

「ひと言でいえば豊かな人間性ですね。責任感、団結力、倫理観、勤勉さ、律儀さ、善良な人柄など、目先の損得に右往左往しない日本人独特の行動規範と、そこから生まれる言動や姿勢です。

これが取引先に大きな安心と信頼をもたらしてくれるんですね。現に目の前に、優れた技術と豊かな人間性の窺えるモノづくり企業があり、ソコソコの技術とソコソコの廉価だけで勝負している、礼儀知らずというか不誠実なモノづくり企業があるとすれば、誰だって前者と取引したいと思うんじゃないでしょうか」

 

もうお分かりいただけただろう。横綱が本来のチカラをもってすれば…と、冒頭に書いたワケが。
そんなわけで同社には、技術や製品についてあれこれ議論する前に、まずは一人ひとりの〝人間磨き〟から徹底するという企業風土が長く定着しているという。

 

「高卒や大卒、新卒組や転職組など、ウチにはさまざまな人がいますが、誰に対しても採用の際に必ずこう言うんです。テキパキと仕事のできる社員である前に、優秀な技術者である前に、まずは礼儀正しくて、誰からも信頼される人間でなければウチでは勤まりません。そのためには、アナタのプライベートにも会社は干渉しますよって(笑い)」

 

そういえば取材当日の朝、記者が同社工場の前に立つと、突然、四方から明るく元気な声で一斉に挨拶されたものだ。

 

 

新機軸!!
〝智〟と〝情〟の両立

チバダイス歯車騒音試験機

それにしても今どきである。下手をすればプライバシーの侵害だとか、いわゆるパワハラだとか、個人情報がどうのこうのだとか言われかねまい。

 

「それはまったく心配していません。だってコンプライアンス(法令遵守)の概念をなくして人間性などありえます?企業人としてはもちろん、人間としても〝基本の基〟じゃないですか。むしろそれを誤って理解し、人と人との絆を疎かにしてしまうほうがよっぽど問題だと私は思いますよ。

たとえば仮に、いつも元気に出社している仲間が、突然、来なくなってしかも音信普通になったらどうします?ちなみにウチでは、私がどうのこうの言う前に同僚なり上司なりが心配して必ず様子を見にいきます。必要とあれば食事の手助けや病院の手配までしているようですよ」

 

なるほど。かつては松下がしてきた、トヨタもしてきた、これが日本のモノづくり企業の〝家族的美風〟というものだ。

 

さて、ここまで読んで読者諸兄は、この会社に対してどんなイメージを抱いただろうか。おそらくは今どき珍しい保守的な会社、というのが大方の見方だろう。しかしただ単にそう片付けられては困る。というのも、前頁の写真を見てお分かりのように、業界屈指の最先端技術と最新鋭の設備機器、さらにはさまざまな実験装置を整えた研究室まで持つ、紛れもない先進的モノづくり企業だからだ。

 

「実はこうしている間にも、社内のどこかで新しい技術が生まれようとしているんですよ。それが祖父の代からずっと受け継がれてきた、ウチのパイオニア精神なのです」

 

要するに、保守は保守でも新保守。いわばモノづくり世界のネオ・コンサバティブとでも呼ぶべき、〝智〟と〝情〟の両立という新機軸を打ち立てた、新しいタイプの技術者集団というわけだ。    ■

 

※本記事は2011年10月発売158号の記事を基に構成しています。

<プロフィール>
ちば えいじゅ…1966年、東京都葛飾区生まれ。
明治学院大学(文学部)卒業後、ワコール(京都本社)に入社。先代社長の実父が病床についたことから急遽、帰京し入社。製造から営業まで幅広く研鑽を積み、30歳で代表取締役社長に就任する。中小企業庁(経産省)の「元気なモノづくり中小企業300社」2007年版や東京商工会議所の「第5回勇気ある経営大賞」に選ばれるなど、歯車・金型業界の若きリーダーとして近年、とみに熱い注目を集めている。

株式会社チバダイス(本社)
〒125-0054 東京都葛飾区高砂1−26−2
TEL 03−3696−4441
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