HURRICANE NKC-125 手持ちのディスクグラインダに装着して使用することができる

 

 

福島第一原発の事故以来、放射能汚染問題がこの国に暗い影を落としている。

そんな中、除染作業の効率と安全性を飛躍的に高める工具として、いま、にわかにニーズが高まっている「ハリケーン」という製品がある。

世に送り出したのは、株式会社ナカヤ。建築工具の専門商社から、自社ブランドを製造・販売するメーカーへシフトしようとする過程で生まれたこの度の認知と注目を中心に、衛藤直哉社長に話をうかがった。

環境・健康・安全 3つのキーワードで自社製品に力を注ぐ

「そもそもは、放射性物質の除染用に作られた工具でもなんでもないんですよ。しかし、私たちが精魂こめて開発した製品がお役に立つというのであれば、ありがたいお話だと思っています」

衛藤直哉社長は、いささか苦笑いといった体で話してくれた。

ある時期から爆発的に売れ出した工具〝ハリケーン〟をめぐっては、正直、喜びよりも困惑のほうが大きいのかもしれない。

会社として独自の技術開発を続けてようやくリリースした製品が、東日本大震災と福島第一原発事故という未曾有の悲劇を受けて、にわかに注目されるようになったこと。それは、例の東電や政府の言い訳ではないが、それこそ「想定外」の出来事だったに違いない。放射性物質の除染をめぐる根深い問題については後述するとして、この度の経緯をうかがってみた。

 

「建築業界では、2008年のリーマンショックの数年前から、早くも不況の風が吹き始めていました。ハッキリと感じたのは、大工さんが使うアイデア商品・便利商品の類がパッタリと売れなくなったことです。仕事が減って大工さん自身が疲弊してしまい、購買意欲が薄れてしまいました。結果、〝定番品でいい。とにかく安い工具が欲しい〟ということになっていく。これからはオリジナル製品を作るにしても、テーマをしっかり絞らなければダメだと痛感しました」

 

現会長で先代社長、そして父である衛藤泰男氏率いるナカヤに入社したのが2006年。この時点で将来の2代目が舵を切ったのは、環境、健康、安全の3つをキーワードに掲げ、アイデアに優れたものよりも、これからの時代にどうしても欠かせないもの、必需品を自社で開発して販売していこうという方向である。

「その第1弾として開発したのが、ハイブリッド式集塵アダプターの〝トルネード〟という工具です。コンクリートを切る際、今までの工具だと、ものすごい粉塵が出ますね。現場の近くに布団や洗濯物があったら汚してしまうし、いちばんの問題は、シリカなどの発ガン性物質を、作業者さんが吸引してしまう危険性です。そこで、カッターの回転力を利用して、袋の中に自動的に90%以上集塵する装置を開発したのが〝トルネード〟です」

 

そして、「切る」ことの達成を踏まえ、今度は「削る」際の集塵に成功したのが、件の〝ハリケーン〟だ。

「〝ハリケーン〟は研削用集塵アタッチメントとして開発・製品化されたものです。

密封フレキシブル構造で、約97%(1000W超クラスの集塵機に接続し、コンクリート板研削を実施した場合/同社比)と、業界最高クラスの集塵率を発揮します。底が交換式ブラシスカートになっているので、凹凸面にも柔軟に対応しますし、消耗したらワンタッチで交換が可能です。たいへん使い勝手がよく、作業者さんの安全や健康に寄与する製品だと自負しています」

 

なるほど、97%の集塵率なら、家屋や学校など、放射性物質を浴びた建物の屋根や壁などの除染作業にあたる方々のリスクを軽減するのに有効であろう。

コンクリートやアスファルトに付着した放射性物質の線量は、高圧洗浄機などではおよそ2割程度しか下がらないことが確認されているが、であればもはやそれらを研削するしかない。研削の際には粉塵の飛散は避けられない。しかし97%の粉塵を集約することができれば、作業の危険性は飛躍的に下がることになるのである。

被災地の復興支援には、全国から多くの大工さんたちが馳せ参じ、黙々と危険な除染作業にあたっている。大工さんたちは当然、信頼できる道具を自ら持参して現地に入る。どうやらその動きの中で、「〝ハリケーン〟はいいぞ」という認識が、徐々に広まっていったらしいのである。

 

社長就任以来、徹底した社内改革を敢行OEMより「ナカヤ」ブランド確立へ

〝トルネード〟と〝ハリケーン〟はいずれも特許を取得し、また欧州市場を睨んで、フィンランドの規格認定機関FIMCO(FInlands Material COntrol)から認証を得ている。環境先進地域である欧州でこの2製品が歓迎されるのは当然の成り行き。最近では、「切る」「削る」に続く第3弾として「火花」の大幅削減に挑み、その成果はハイブリッド式スパークガード〝スパークバスター〟として商品化されている。

回転する切断といしから大量の火花が発生し、挙動も不安定。

 

スパークバスターを使用すると、切断時の挙動が安定し、火花を安全に排出することが可能に。

ここで株式会社ナカヤの沿革を確認しておこう。創業は1986年6月。現会長の衛藤泰男氏が、建築工具や金物一般の卸業を中心にスタートした。このほか、自社製品の開発と販売、さらに委託開発の3本柱を事業としてきた。

「ノコギリ、カンナ、ノミといった大工さんの道具ですね。それらを中心に扱う問屋をイメージしていただくといいかもしれません。それから、建築現場で大工さんが使う便利道具、例えば材料を支えるための便利な支え台など、大工さんが現場で楽になる、便利になる道具を自社製品として作っていました。いたって順調に来ていたのですが、冒頭にお話したような不況の波を受けまして、近年では、卸業よりも、自社ブランドのほうに力を注いでいます」

 

自社ブランドにこだわるもう一つの背景として、同じく業務のひとつであるOEM(Original Equipment Manufacturer)の問題があるという。

OEMといえば、ものづくりに携わる多くの日本の中小企業が、そうして他社製品のための縁の下の力持ちとして機能してきた歴史がある。大手メーカーはOEMで中小企業から高い技術力を吸い上げ、それを自社ブランドとして世界展開してきた。

「大手にOEMすれば、見栄えは確かにいいでしょう。しかし、ある製品に関してはウチが苦労して作ったのに、ラインメーカーの製品ばかりが有名になってしまって、ヘタをすればウチがフェイクみたいに言われてしまう。

おまけに値段で叩かれ、同じ販売ルートでかち合うと、〝君たちは引っ込んでいてくれ〟とばかりに威圧してくる。そういう苦い経験を通して、多少苦しくても自社ブランドを育てるのが大事だという考えが強くなりました。OEMで黒子に徹していても未来はありません」

 

ナカヤ・ブランドの確立。そのために衛藤社長が取り組んだのは、徹底的な社内改革だった。

「とにかく勉強するしかないと思い、会社の自己資本率は本当にこれでいいのか、卸しと製品開発のバランスは今のままでいいのか、考え抜きました。

中でもとことんやったのが、公的資金の活用です。新潟県内の出資制度に応募し、プレゼンをし、合格して銀行から出資してもらえるようにしたことはもちろん、国の中小企業経営革新支援もどんどん活用しました。その結果、政府系金融機関から無利子同然で融資を受けることができました。攻めのビジネスをやるにしても、あくまで計画的に進めたことが良かったし、会社の転換期に公的資金を活用させてもらうことができたことについては、大変感謝しています」

 

行政の怠慢・迷走を尻目にモノづくりの努力が時代とリンクした好例

かつては卸し業7割・自社製品3割だったのが、今では6対4で自社ブランドの開発・販売が上回り、比率が逆転しているという。むろん、軌道に乗った背景には、先代が20年以上のキャリアの間に築き上げた財産が横たわっていることは間違いない。

「先代が開拓して定着させてきた建築工具の販売ルート、取引関係があって初めて、自社製品の販売に力を注ぐことができた。会社の歴史に追うところが大ですね」

 

さて、今や放射性物質を除染する際の有力な工具となった〝ハリケーン〟だが、最初に確認したように、この製品は放射性物質の除染を目的として作られたものではない。それはそうである。2011年3月11日以降、日本がこのような事態に陥るとは誰も想像していなかったのだから。あくまで〝ハリケーン〟は、建築現場での研削作業に伴う優れた集塵マシーンなのだが、しかし、ここで今回の取材で明らかになった、驚くべきエピソードを紹介しよう。

 

「本来の用途とは違いますが、しかし除染にお役に立つのであれば、商売はまったく度外視して、〝ハリケーン〟を無償で提供しようと思いついたのです。そこで福島県の除染課に電話をし、無償で50台ほど提供したいと申し出たら、〝そのような申し出は困る。市に問い合わせてくれ〟と撥ねつけられました。そこで今度は、福島市、伊達市と電話してみたのですが……。〝寄付は現金でないと困る。そんな機械は要らない〟と。唖然としましたね」

まさしくここに、日本の行政の実態がハッキリと露呈されている。二つ返事でいきなり受け入れることができないというのなら、どうして実際の効果を試験してみることをしないのか。遅々として進まない除染作業を少しでも早く進めるための朗報として、なぜその可能性をキチンと検証してみようと考えないのか。

 

答えは明白。前例がないからである。余計なことはやらないのが官僚や役人の最良の身の処し方。こうした行政の怠慢と迷走が、住民を危険に晒し続ける結果になっていることは言うまでもない。しかし、であるならば民間の活力で、いま、やれることをやっていくしかない。

「今後はズバリ、メーカーになろうと思っています。現時点では創業当時からの金物卸しをまだ継続していますが、その比率をどんどん小さく圧縮して、マンパワーもお金も、自社製品の開発と販売に注いでいく。少なくとも5年以内には、ナカヤといえば環境・安全・健康のための製品を提供している工具メーカーだという認知が広く行き渡るようにしていきたいですね」

 

衛藤直哉社長の決意は心強い。〝ハリケーン〟の活躍が雄弁に物語っているように、文字通りこの国を救うのは、国でも行政でも官僚でもなく、ものづくりに賭ける民間企業の大いなる活力なのである。

 

●プロフィール

衛藤直哉(えとう・なおや)氏

1970年、新潟県三条市生まれ。金沢大学工学部卒業後、日立工機に入社、電動工具の開発・設計に12年間携わり、海外経験なども積む。

2006年、父・泰男氏が社長を務める株式会社ナカヤに入社、2011年7月から代表取締役。

 

株式会社ナカヤ

〒955-0024 新潟県三条市柳沢1313-92

TEL: 0256(38)4747

URL: http://www5d.biglobe.ne.jp/~nky/