◆文:櫻井美里

植田実 株式会社サンクレスト 代表取締役

 

「猫ひねり」という言葉をご存知だろうか。猫が頭から落下した際、足から着地するために行う独特なひねり運動のことである。この原理を利用して、落下の際、地面に着くまでに画面を覆い、360度から衝撃に耐えうるスマホケース「CATFLIP(キャット・フリップ)」を作った会社がある。

植田実氏が社長を務める株式会社サンクレストである。この商品のヒットの裏にあった植田社長の奮闘、そして社長の語る若者の未来に迫る。

 


CAT FLIPの動画 

 

負けへんで精神でためた1000万

サンクレストは、大阪に本社を構える、携帯のケースや保護フィルムを製造販売する会社である。創業は1986年4月5日で、植田社長は当時32歳。今でこそ成功者となった植田社長だが、会社を立ち上げるまでが壮絶だった。

 

生まれた頃から貧乏だった。母は早朝から深夜まで内職。父親は精神を病み、鉄格子の張り巡らされた病棟に入院。家庭環境も決して良いとは言えなかった。父親の入院が周りに知れてからはきちがいの息子と虐められた。

 

小学校の担任に相談して、言われたのは

「なんでもいいから強くなれ。一番になれ」

その一言で、まずはドッジボールで一番になることを決めた。一升瓶に水を入れて肩を鍛え、田んぼを毎日10周し足を鍛える。「負けへんで!負けへんで!お前なんかに負けへんで!」と叫びながら、これを6か月続けたという。

 

すると次第にボールが当たらなくなり、ついに“一位“になれた。そこからは虐めはなくなり、学級委員にもなった。

 

そんな時に帰ってきたのが父親だった。精神症状は落ち着いてきてはいたものの、年に数回は再発。夜中に突然死ぬと言って暴れる父親を、弟といとこと必死で止めた。

 

「俺も遺伝するんちゃうか」

 

父親を見ていて恐怖を感じた。父親は何かに落ち込んだ時に症状を再発させることを知り、何があっても落ち込むのは”三分だけ”と決めた。

 

中学では、成績も優秀だった植田社長。当たり前のように高校進学ができると思っていた矢先、父親に進学をあきらめるように言われた。理由は父親のプレスの仕事がなくなったのである。

「落ち込みましたね、でも今回も三分だけ(笑)」

すぐさまお金持ちの友人に「君のお父さんから仕事をもらえないか」と頼み込んだ。

 

「僕の父親の会社が倒産しそうで、そうなると高校に行けないんです。なんとか助けてくれないですか」と。すると、「よっしゃ、わかった」と言ってもらい、男気でもって父親の会社に仕事を発注してもらったという。

 

植田少年は、こうして高校進学への道は体当たりでひらいた。

しかし、それも束の間、貧乏からはなかなか抜け出せず、高三になって言われたのは「大学を諦めてくれ」。

 

薬剤師を目指していた植田社長は、年間の授業料が15万と破格であった薬科大学に合格していた。しかし、初年度の寄付金90万円がどうしても払えない。父親が博打で300万円を失い、なんとか返済した直後だったのである。

 

母親は息子が落ち込むことを恐れ、父親の服用していた薬を飲ませた。薬が強くて一週間身動きが全く取れなくなった。その間に寄付金の支払期限は過ぎ、大学進学を断念した。

 

 

進学を諦めた後、植田さんは家業を手伝うことに。そのとき心に固く誓ったことがあったという。「1000万円貯めて起業する」。これが薬剤師を諦めてからの目標になったそうだ。

 

そこからは艱難辛苦。月3万という安月給。一年働いても貯金などできるはずがなかった。このままではどうしようもない、と競馬場の交通整理のアルバイトと兼任し、そちらで6万円を稼いだ。そこからただひたすらに祭日も週末も休まず毎日働いた。

この年間108万円の稼ぎから、毎年100万円を貯蓄に回した。必死になって稼ぎながら、目標の1000万に根性で届いたのは10年後だった。

 

しかしその刹那、疲労がたたり、急性肝炎で緊急入院。三週間点滴のみの生活を強いられることになる。体を壊してからは家業から退き、この1000万円で夢をかなえるため奮闘する。

 

 

いざ商売の世界へ

1983年、日本でファミコンが発売された。85年にはマリオが空前のブームとなり、日本中の子供達がテレビゲームに夢中になっていた。植田社長の甥も例外ではなかった。名前を呼んでもゲームに熱中するあまりこちらを向かない。近寄ってみると、疲労で目を潤ませながらテレビと対峙していた。

 

そこで考え付いたのが「子供の目をテレビから守る」商品だった。スモークのアクリル板をカットして目を守ろうと考え、まずは甥で試したところ効果はすぐに表れた。これは売れる、と確信し鉄工所の名刺を持って工場に頼み込んだ。300万円で1ロットの商品を作ってもらったが、さっぱり売れなかった。

 

半年で売れたのはわずか30個。そもそも商品の売り方を知らない時点で話にならなかった。

 

しかし、転機は突然訪れる。東京で広告代理店に務める知人がファミコンの普及とともに爆発的人気を博したファミマガに商品広告を出してくれたのだ。そこから火がつき、この防護用フィルターは、社長初のヒット商品となったのであった。

 

ところがすぐに悲劇が襲う。

 

神様との約束

防護用フィルターの生産・販売が軌道に乗った頃、植田社長を突然の悲劇が襲った。自身の子供にがんが見つかったのである。耳下腺にできたガンを取り除くため、幼い子供に8時間に及ぶ手術が行われた。手術中に下された判断は残酷だった。医者は、子供の片目を塞ぐと言う。スポーツが大好きだった息子にとって目はなくてはならないものだった。

それだけは、と泣いて頼み込み、成功率わずか数パーセントの望みにかけて温存の道を選択した。

 

息子の目が奇跡的に開いたことで手術は成功したが、数ヶ月後には十数か所に及ぶ再発が起きた。途方にくれた社長に残された道は神頼みしかなかった。

 

自ら東大阪にある、でんぼ(できもの)の神様の石切神社の御百度参りに赴き、「何を引き換えにしても、息子を20歳まで生きさせてほしい」と繰り返し祈った。

 

 

「子供は10歳です。この子を20歳まで生きさせてくれ、20歳まで生きさせてくれたら、なんでもしますんで。」するとね、願いが通じたんです。その一週間後に息子の友人の父親が、1冊の本を頂きました。「天空の川」という本なのですが、そこには、がんの闘病者が、当時では新しい治療法を試したところ見事にガンが消えたという内容だったのです。

すぐさま本に紹介されていた病院へ行き、新薬の点滴を打ちました。すると数十個あった癌細胞が数日で消えていったのです。

しかし、再発が怖い私は、免疫力を上げるハスミワクチンというワクチンを打つことにしました。でも、そんな薬を処方するのは、子供にとって辛いことですよね。「なんで僕だけ」って。だったら、お父ちゃんも一緒に打とうって」

 

そうやって、息子を励ますためワクチンを一緒に打つようになったのがきっかけから、新薬の力も借り、奇跡的に再発を抑えることに成功した。

 

そして、息子は無事20歳、30歳を過ぎ、今では元気に過ごしている。

 

願いが成就して芽生えたのは、神様との約束。

「20歳まで生きさしてくれたら何でもする」

そこで植田社長は、苦しむ子供達を救いたいという想いだった。

 

「留学や!」

社長は「苦しむ子供」や「経済的支援が必要な子供」を助けようと「一般財団法人青少年夢応援隊」を2013年6月18日に設立する。 

「苦しむ子供」から連想されたのは養護施設で暮らす子供たちだった。養護施設=苦しいもの、という思い込みがあったからである。しかし、施設を巡り、さまざまな実情に触れる中で、本当の苦しみは施設にいる間ではなく、就職をはじめ、施設を出た後に待ち受けていることに気づいた。

 

どうすれば、社会に出る時点で不利な彼らを救うことができるのか。

 

「留学や!」

 

これだと思った。親も友達も全くいない、それまでの自分の要素がすべてリセットされる海外に出てしまえば、周りに比べ不利ということもない。むしろ、英語という武器を手に入れるとともに、施設生活で培った適応力を生かし、強い個人を育てることができると考えたのである。

 

現在社長が運営するこの「青少年夢応援隊」では、20年間で1000人を海外留学させることを目指している。仕事を介して知り合ったセブ島の日本人事業家と連携し、養護施設の卒業生を一年間セブ島に留学させるシステムを構築している。食費や小遣いなど、生活に必要な費用はすべて負担する。そして、日本に帰ってからは、セブ島で培った語学力を活かしてインバウンドの職に就いたり、フィリピンの日本企業に就職したりできるなど、留学後の支援も手厚くしていこうと考えている。

 

また、「青少年夢応援隊」はこの活動とともに、世界に羽ばたけ「夢」スピーチコンテストを主催している。家庭環境や経済的理由で自らの夢を諦めなければならない子供達に自信の「夢」を実現してもらおうと東大阪の大阪商業大学で毎年ス10月に開催しているこのコンテストの対象者は16歳(高校1年生)から25歳まで。若いうちに夢や希望を持っていれば、たとえいじめなどに直面しても、生きる力を持つことができるから、という理念のもとに設定された年齢である。

 

賞金は発表した夢の実現のためのみに使うことができる。キャッチコピーにはグローバル化する社会を受け、「世界にはばたけ」という文言が取り入れられているが、開始当初はすぐに世界に飛び立つ学生を輩出できるとは思わなかったと社長は話す。

 

しかし、予想は大きく裏切られる形となった。中学校で登校拒否になったある女の子はこのコンテストで、自分の絵本を作って海外に人に本の読み聞かせをしたいという夢を語った。

 

獲得した支援金を「絵本の製作費として」充て、絵本が完成した。その後、日本各地で、読み聞かせの活動をしていると、活動が、ワシントンD.C.が主宰する「世界の若者のボランティア活動」を表彰し、支援する賞に選ばれたのである。コンテストをきっかけに、「夢」をつかみ、文字どおり世界にはばたいた瞬間であった。

 

 

植田社長・インタビュー

スマホケースにたどり着くまで

ブラウン管ブームが去った後に流行り始めたのが、ゲームボーイでした。そこで再び子供の目を守る商品が大ヒット。次に流行ったのがメールでしたね。メールは手紙のようなものですから、読まれては困る。そこで取り外しのできるプライバシーフィルターを作りました。

これは最初から売れたわけではなくて、渋谷の女子高生の意見を採用しつつ、フィルターの色をピンクに変えた途端、爆発的に売れました。これらの商品に共通していることが「お客さんの声を元に、ものづくりをする」という点なんです。

冒頭の「360度衝撃から守ってくれるiPhoneケース CATFLIP」の構想も、買ったその日に画面を割ってしまった、という実体験に基づいたものなんですね。

 

 

今までで一番嬉しかったことは

妻とは幼馴染としてお付き合いをしていたんですが、高1の時に別れてから消息不明になって。それでも忘れられなかったんです。別れてから11年間は誰のことも好きになりませんでしたね。

好きにならなかったというか、必死にお金を貯めるだけの生活でしたから、使いたくなかったというのも本音です。がむしゃらに働く中で700万円ほどたまった頃に突然電話がかかってきて。

そこで連絡を絶っていた中で離婚したことを告げられて、成り行きで会うことになりました。そこからよりを戻して結婚するに至ったんですが、一番嬉しかったことといえばその時の電話ですかね(笑) あれ以上に嬉しいことはありませんでした。

 

事業を通じてどのように世の中を変えたいのか

お金を稼ぐものとして税金を納めるのは当たり前として、それ以上に何か社会貢献をするべきだと思っています。例えば私が暮らす日本は人がいなければ始まらない。その人に商品を売ってお金を稼いでいるのならば、その人たち、特にこれからを背負う若者に貢献して、還元していかなくてはいけないと考えています。そうでないと、自分のやっていることが日本の未来につながっていきませんからね。

私が若者の支援活動を行っているのもそう言った考えに基づいています。留学の支援をすることによって、日本という国や周囲の人のありがたみを知った若者が日本に帰ってくる。きちんとした場所に就職する。その一人一人が強い日本を作っていくと思うんです。もしも大阪がその先駆けとなれば、近隣の県からどんどんと人が集まってきて、多くの若者が海外にはばたいていきますよね。そういった良い循環を起こせればと思っています。

 

学生に向けたメッセージ

諦めたらあかん、ということですね。学生の何がいいかといえば、まず時間がある。僕がやったのは時間をお金に変えることでしたが、それを能力に変えることだってできる。これができるのは学生のうちだけなんです。

人間生きていれば辛いことはありますが、ずっと辛いなんてことはありえません。流れはいつか変わるんです。時間のあるうちに、お金や能力を蓄えて、流れが変わる時を待てばいいんです。日本は本当にいい国ですよ。内にこもればそこで終わってしまうけれど、一歩踏み出そうとすれば周りが絶対に助けてくれる。とにかく行動してみればいいんです。

 

僕は自分自身が「挨拶」「行動」「感謝」の3つの動詞でできていると考えるんですね。大きな声で挨拶をする。行動は常に全力で、100%前向きに決して諦めない。お客様に感謝して、姿が見えなくなるまでお見送りする。それから、物事を判断するときに3つの形容詞を基準にしています。「嬉しい」「楽しい」「面白い」。この三つのうち一つでもかけてしまうことはやらなくていい。若い子もこれを判断基準にすればいいと思うんです。

 

人生は思うよりも簡単なはずなんです。なぜなら、道標があるから。おじさん、おばさんはみんな、若い子たちの道標。若い子たちは、僕みたいな経験者が教えてあげるだけで自然と育っていくものなんです。だから若い子に言ってあげたい言葉は、この三つの動詞と形容詞ですね。

 

あとは、自分はついている、と思うことですかね。僕にはあの時お参りした神様がついている、と思っていますから。それから、自分の身の回りのついていると思う人3人を探すこと。

自分が手本にしたいと思えるような、簡単に言えば好きになれる3人、を作ってその人たちを目標にしています。若い子も同じ。先頭に立っている人から何でも学べばいい。動き方、しゃべり方、人との接し方……。それを真似しながら、ほんの一歩踏み出してみたら良いのではないでしょうか。

 

<プロフィール>

植田実

株式会社サンクレスト 代表取締役社長

 

<会社情報>

社名:株式会社サンクレスト

住所:大阪府東大阪市南上小阪12番42号

電話番号:06-6725-5553 

URL:http://www.suncrest.co.jp/

創業:1986年4月5日

設立年月日:1987年12月16日

資本金:6000万円

年商:9億8千万円(平成25年度)