右も左も分からない不動産業界に 「運命の流れ」で50歳を超えて転身

「不動産業は何十年も同じやり方をしている。ひょっとしたらIT化に最も遅れている業界かも知れません」。

そう話すのは目白商事株式会社代表取締役社長田中順氏。

閑静な目白の街で70年続く不動産会社に3年前、全く別業種から「運命の流れで脱サラして」社長になった田中氏だが、右も左も分からなかった業界で、新たなことに挑戦し続けている。

 

 

外資系エンターテイメント会社で活躍

「弊社の創業は昭和22年。昨年70周年を迎えることができました」と話し始めたのは、代表取締役社長田中順氏。彼は脱サラして社長に就いたという異色の経歴の持ち主だ。

「私は生まれも育ちも渋谷。それから慶應義塾高校・慶應義塾大学、米国留学を経てソニー株式会社に就職しました。昭和61年の事です」

 

田中氏はそれからソニーで様々な仕事と役職を経験する。

「ソニー入社直後は社長室でIRを担当、その後ソニーの電子出版事業の立ち上げ担当を経て、ソニーミュージックエンターテイメントに出向してFIFAワールドカップの商品化権の全世界向けライセンス、出向から戻ってインターネット事業部門の戦略部長、再度ソニーミュージックエンターテイメントに出向して中核会社のアニプレックスの役員や、その子会社の社長なども経験し、最終的にはソニー本社の戦略部の統括部長になりました」

ソニーに在籍して27年になった頃、一つの転機が訪れる。

 

「コンテンツビジネスの経験と語学力を買われる形でヘッドハンティングされて、NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパンという外資系の会社の役員に就くことになったんです」

NBCユニバーサルは2004平成16)年にアメリカで誕生した、世界最大級のエンターテイメント会社だ。本国では三大ネットワークの一つNBCをはじめ、多数のケーブルテレビチャンネルや、『E・T』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』といった作品の映画制作と配給・テーマパーク運営のユニバーサルスタジオなどを傘下に収める。

その日本子会社であるNVCユニバーサル・エンターテイメントジャパン合同会社も音楽・映像ソフトの制作、多数のアーティストやアニメ作品のマネジメント・管理をしている。田中氏はそこでアニメやドラマ・映画の制作部門のトップに就任していた。

 

 

妻の実家の家業を継ぎ町の不動産会社の社長に

順調にキャリアアップし、順風満帆に見えた田中社長だったが、その運命が大きく転回したのは3年前のことだった。

「実家は芸術家の家系だったので、私自身は家業を継がなければという気持ちもなく、色々な方々との幸運な出会いもあって、恵まれたサラリーマン生活を続けていました。しかし妻の実家の方が家業を継ぐ者がいなくなってしまい、どうしようか、という話になった」

妻の実家の家業、それが目白商事株式会社だった。

 

他に人がいない。15年ほど前に自己研鑽の一環で中小企業診断士と宅建士の資格を取得していた田中社長は、50も超えて「そろそろサラリーマンという敷かれたレールを走る仕事を卒業して、自ら道を切り開いていく仕事をすべき時期なのかもしれない」と、それまでのキャリアとは全く無縁な町の不動産会社の社長に収まることを決意した。

「だから社長就任時は全く素人です(笑)。まだまだ勉強中。しかし、そういうのも刺激があって楽しいですから」

 

その溌溂とした笑顔には、顕職を手放したという悲壮感はなく、新しい挑戦の場を得られたという活気が溢れていた。

目白商事の目白駅前店。同社は70年以上続く老舗だ

目白に根ざし、共に歩んできた70年

田中社長が受け継いだ目白商事株式会社の沿革と業務内容について伺った。

「創業は、戦前タクシー会社をしていたという創業者が終戦後、これからは不動産業だと思って立ち上げたのが発端だと聞いています」

 

終戦前にはタクシー会社の経営をしていた創業者湯峰武二氏は、終戦後に、タクシー会社の得意客でもあった所謂「斜陽族」と言われた旧華族たちが、その広い邸宅を次々に売却しているのを見ていた。近衞家や相馬家・尾張徳川家といった、目白・下落合界隈に広大な邸宅を構えていた華族たちが土地を手放す一方、焼け野原になった東京には復興・再開発の槌音が鳴り響いていた。

 

スクラップアンドビルド。これからは不動産が伸びるはずだ。

「場所柄もよかったのだと思います。今も学習院大学や川村学園、日本女子大学、少し離れて立教大学や早稲田大学などが隣接する学生の町という気質と、華族邸宅が立ち並んでいた街並みの持つ瀟洒な雰囲気が、全体的に高級で閑静な住宅地という空気を醸成している。ですから歩いて山手線に乗れる好立地なのに、私の生まれ育った渋谷や、勤めていた品川などと比べても非常に落ち着いています」

山手線の駅にしては珍しく駅前に流行を追った派手な店もパチンコ店も無く、ある意味地味なんですが、その一方で犯罪の発生率も低いと警察の方からも聞いています、と田中社長は語る。

 

こうしてスタートした目白商事株式会社だったが、地域に密着し信頼感と安心感で実績を重ね、振り返ってみれば創業70年の節目を迎えていた。

「創業者湯峰武二氏から二代目の湯峰勇氏に代替わりして約40年。二代目も80歳を過ぎ、そろそろ第一線を退きたい。そこで娘婿の自分が社長として呼ばれたんです」

現在は会長職にある湯峰勇氏も、一線は退いたとは言えまだまだ矍鑠としていて積極的に経営に参画しているという。

 

 

コントロールできないリスクは避ける

「これまで弊社が歩んでこれたのも、第一にお客様からの信頼を重視し、地域に根ざした経営を心がけてきたからだと思います。またその信念の下で景気の浮き沈みに左右されずに堅実に進んできたことも挙げられます」

 

世間がバブル景気に浮かれていた80年代、そして地価が高騰していた90年代にも、投機目的で土地を購入し、それを転売するような事業には手を出さないできたという。

 

「リスクを避ける、というよりコントロールできないリスクには手を出さないという考え方でやっています。地価が上がっている、これはチャンスだ、と言って資金を投入するというのは、自分では手に負えないリスクを背負い込んでしまうことですから」

 

現在の目白商事株式会社の事業には三つの主要な柱がある。

一つ目は賃貸・売買物件の仲介業、そしてもう一つは自社物件の開発・運営の事業だが、特に田中社長が重視しているのが三つ目の賃貸不動産管理業務だ。

 

「現在は1500ほどの物件を管理していますが、今後色々なチャレンジをしていく土台としての企業財務的にはやはり安定して収入が得られるというメリットは大きいですね。

オーナーに代わって物件の入居者やテナントの管理をするわけですが、弊社ではオーナー様一人一人に担当が付いて、親身に要望をお聞きし、将来を見据えてベストと思える提案をするようにしています。

それから入居するお客様とも周辺環境のご紹介も含めてじっくりとお話をして、最終的には貸主借主双方にご満足いただく。

不動産は他の様々な商品とは異なり、契約をしたら終わりということはありません。

決して短期的な損得で判断せず、長いお付き合いになるということをしっかり頭において対応していくように心がけています。それが、弊社の一番の強みではないでしょうか」

店内の様子。オーナー1人1人に担当者がつき親身に要望を聞いてくれる

 

変わっていく不動産業

全く埒外の業種から、50歳を過ぎて不動産業に飛び込むことになった田中社長。だからこそ、今の不動産業に一抹の不安を抱いているという。

「まず、IT化が殆ど進んでいません。世間一般はこれだけITが進んでいるのに。恐らく、最も遅れている業種の一つなのではないでしょうか」

戦前の時代から全く変わらず、不動産仲介業は基本的に店の前に物件情報を貼り、入店して来たお客様を物件に案内・内覧して気に入れば契約、というルーティンを続けている。

 

しかし今、現実的には多くの人、特に若い世代はそういう部屋探しをしていない。

「今はスマホでSUUMO(スーモ)やHOME’S(ホームズ)といったポータルサイトで写真を見ながら物件を探し、自分の希望に合った物件に見当をつけた段階でやっと不動産屋の扉を叩く。あとは実際に物件を確認して決めるだけ。

ネットで発信しない限り集客することはできない。だからまず会社ホームページの改善から手を付けました。

今後もネットの活用を進めていくつもりです。

と言ってもITは社会変革のほんの一部です。他にもやらねばならない事は山のようにあります。宣伝広告や営業といった業務の改善は勿論、果ては商圏や業態そのものを含めて見直さないと。

現状に安住していたら、今の高齢化・人口減少の時勢では先細りになっていくだけ。無謀なリスクを取るつもりはありませんが、臆病になって挑戦を恐れていては成長はおろか、生き残る事もできません」

 

傘寿を過ぎている湯峰勇会長もプログラミングを学んだり、インバウンド事業を研究したり、熱心に最新技術や社会変革への対応に取り組んでいるという。

 

 

新たなことに次々と挑戦

他にも新しい挑戦を進めている。保育所をプランニングから手がけたり、外国からの観光客向けの宿泊施設の提案も行った。目白駅前に建設した自社ビルに整形外科や内科を入れ医療ビルにしたのは好評を博しているという。

目白駅前に建設した自社ビル

「私はソニーやNBCユニバーサルなどで、エンターテイメント業界に長く身を置きました。

そこで学んだのは『なぜ人はそれを選ぶのか?を突き詰めることの大切さ』です。

だから不動産業でもそこに注目していきたい。

 

不動産仲介業は畢竟、同じ部屋を選ぶのであれば、どこの不動産屋から紹介されてもいいわけです。

それなのに、なぜ長年に渡ってこの目白商事をお客様は選んで下さったのかという点、今後も選び続けていただくにはどうすれば良いのかという点、つまり突き詰めれば、お客様に選んでいただくためのサービス品質向上やマーケティング含めた『ブランド戦略』という考え方をどう取り入れて実践していけばいいのか、というのが今の課題ですね」

 

旧態然とした業態を変えるのは今しかない。田中社長の活動は始まったばかりだ。

「新しいことを始めることに戸惑いがないと言ったらウソになりますね。しかしサラリーマン時代でも様々な部署で様々な役職を経験しました。その時と同じ。新しい体験をし知識を得ていく面白さのほうが勝りますね」と話す田中社長。

 

不動産契約の時には、顧客の経済状況や家族構成を否が応でも知らざるを得ない。

また家賃支払い時などで手渡しされる現金や、会話で飛び交う専門用語など、これらはエンターテイメントの現場や大企業の中枢では見聞きしたことのないもので、面食らうことも多いという。

 

伝統に拘泥せずに挑戦する。一方でリスクもコントロールしなければならない。50歳にして新業界に飛び込んだ「新人」不動産社長の舵取りは続く。

 

 

 

田中順(たなかじゅん)

東京都渋谷区出身。昭和37年生。慶應義塾大学卒業後、ソニー株式会社入社、その後2013年にNBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン入社、ダイレクター/ローカルアクイジション&プロダクション本部・本部長を務めた後、2015年7月より現職。

 

目白商事株式会社

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