つくる、建てる、 売るだけが産業ではない!?

諸行無常ではないが、つくったモノはいつか必ず壊れる。

産業革命以来、人類はどう効率よくモノを〝つくるか〟にばかり目を奪われてきたが、今やその壊れたモノを、どう効率よく〝始末するか〟が問われる時代だ。

前者が動脈なら後者は静脈である。

詰まったり破れたりすると一大事だ。

そこで当編集部が注目したのは、主に工業系廃油の処理と販売を手掛ける、我が国静脈産業のトップランナー、千葉オイレッシュ(千葉県君津市)である。

同社代表取締役、野村進一氏の話と周辺取材を基にリポートしてみた。新年早々手前味噌で恐縮だが、読むとおそらく、祇園精舎の鐘の声がガンガン響いてきますぞ。

 

誠実さと先見の明がもたらした廃品回収業の快挙 

今のベトナムは30年前の日本に似てきた 創業時の気持ちに立ち帰って進出の準備

まずは最初に、ひと言お断りをしておかなければならない。

当初、編集部が同社に注目したのは、静脈産業としてではなく、例のTPP(環太平洋経済連携協定)騒ぎの真っ最中で、千葉県の木更津法人会が、ベトナム視察に乗り出したという一報を耳にしたのがきっかけだ。

賛否両論が飛び交う中で、実際の現場に即した声を拾うべく歩き回っていた矢先である。その視察団を引率していたのが野村氏で、しかしその話を聴き、周辺を取材してみると、これはTPPにも匹敵する重要な情報であるとの思いに至り、本稿の執筆に及んだというわけだ。

 

したがって筆先が深部にまで届かず、少々じれったく思われるムキもあろうかと案じないではないが、その辺りは平にご容赦いただきたい。

ベトナムの通勤の様子

とまれそのベトナムである。今まさにかつての東京オリンピック景気を彷彿させる、高度経済成長期の真っ只中だ。

「今度が7回目ですが、行くたびに賑わいが増して、町並みから人々のファッションに至るまでドンドン様変わりしています。日系企業もたくさん進出していますしね」(野村氏・以下同)

 

その日系企業の進出は、90年代以降、リーマンショック直後を除き一貫して右肩上がりだ。

現在はざっと1600から1700社と推測されている。半数以上が製造業で、その大多数が中小企業である。法人税率の引き下げ(28%→25%)や、日本企業が集中する裾野産業への特別優遇措置法(有期の免税や減税)を制定するといった話もあり、今後、更に加速する見通しだ。

「それら日系企業の影響もあってのことでしょう。凄い勢いで成長を続けながらも、企業心理としては、徐々にですが日本の30年前に似てきたと思うんです」

 

30年前の日本といえば、高度経済成長が終焉を遂げて間もない、安定成長期と呼ばれた80年代である。

それまでの「行け行けドンドンモード」を引っ張ってきた重厚長大型産業が、いわゆる構造不況に陥り、代わって省エネ、低公害を旗印にした自動車や、付加価値の高い電気・電子、半導体、軽工業にサービス業などが台頭した時代といってもいい。

要するに氏の言わんとするところは、ベトナムでも今や、ただつくる、建てる、売るといった〝銭ガメ〟的な発想だけでなく、そのあとどうするかという、環境に配慮した近代的、先進的な企業マインドが、日系企業の影響もあって、徐々にだが生まれつつあるということだ。

 

「当初は日本から向こうに進出している大手企業を対象にと思って行ったんですが、何回か行っていろいろ調べてみると、むしろそれに悩んでいるのは中小企業で、今はそのご苦労に応えるべく準備を進めているところです。

いずれにしても、ベトナムに限らず、新興国にはその意味で大きな潜在的ニーズがあると感じています」

 

詳しくは後述するが、氏が千葉オイレッシュを立ち上げたのが、ちょうどその30年前だという。

つまりはその頃の気持ちに立ち帰り、これまでに培った廃油処理の技術とノウハウを向こうでも役立たせたい、というのが氏の考えであり、同社海外戦略のコンセプトでもあるのだ。

 

 

工場から出る産廃物は何でも再生・再利用 リサイクル率を90%まで引き上げたい

さてここらで、同社の事業について簡潔に述べておこう。

静脈産業といってもその幅はめっぽう広い。

 

その広い中で同社が主な事業としているのは、前記したとおり工業系廃油の処理と、処理してつくられた再生燃料の販売だ。

処分でも処置でもなく、あえて〝処理〟としたのは、同社の事業がいわゆる3R、つまり、リデュース(減らす)、リユース(再利用)、リサイクル(再生)を前提に、廃油になんらかの加工を施し、その性質を変えることで有効利用することを目的とした、きわめて先進的で画期的なSD(サステイナブル・デベロップメント=持続可能な開発)技術に拠るものだからである。

 

ちなみに廃油以外の各種有機溶剤を処理する会社や、汚泥、動植物性残渣(ざんさ)、堆肥、産業廃棄物などを処理する会社も同社の傘下にはあるが、それらについては別の機会にでも取り上げたい。

 

とまれ同社の代表的な〝製品〟を、1つ2つ簡単に紹介する。

ブレンド装置

1つは「ブレンド燃料」と呼ばれる再生油で、廃油に最大で30%の水、特殊な添加物を加えて生成している。

通常の化石燃料と比べて、窒素酸化物や二酸化炭素の産生・排出が大きく抑制できるだけでなく、新品の燃料にも劣らない安定した燃焼が可能だという。

 

今1つは「SRF(スラリー・リサイクル・フューエル)」と呼ばれる再生油で、その名のとおり、産業廃棄物としての泥漿(でいしょう)や半ば固形化した廃塗料を、ブレンド燃料で希釈して生成する。

均質で分離しにくいのが大きな特徴で、設備さえ合わせてつくれば、50%程度の燃料費削減に繋がるという。

 

敷地内の貯蔵タンク

とにかく工場から出る潤滑油や切削油の廃油、廃水、廃酸、廃アルカリなど、何でも再生・再利用するのが同社のポリシーで、そのための工場はズラリ5棟。それぞれに最新鋭の廃油再生プラントがシステマティックに組み込まれており、前に立って見ると壮観、というほかない。

現在のところ、回収量に対するリサイクル率は75%程度だそうだが、「遠からず90%までは引き上げたい」と氏はキッパリ言う。

 

 

知ったかぶりをして実は何も知らなかった銀行マン人生に決別

それにしてもきわめて今どき、というか21世紀型の先進企業である。

でありながら、前述したが同社は氏が約30年前(1980年)に立ちあげ、一代でここまでにした会社だ。卓抜した技術陣や豊富な資金力などよほどのバックボーンでもないと、おいそれとできる業ではない。

 

しかし聞くとそれが、

「何にもありません。ただ人間関係に恵まれただけです。でもあえて言うと、少しくらいは僕の意地もあったかも知れませんが…」

 

順を追って話そう。

少々失礼な物言いで恐縮だが、氏が起業を思い立ったのは何らかの志しがあったからではない。実にドメスティックな動機からである。

出が元禄2年(1689年)、松尾芭蕉が奥の細道の旅に立った年から続く由緒ある家で、その長男であることからいずれ帰郷せざるを得ないと覚悟し、ならばということでそれまで務めていた東京の都市銀行(ちなみに富士銀行=現・みずほ銀行)を辞め、カラー印刷の教室や有料老人ホームの経営などあれこれ考えた末に、(ま、3年やってダメならまた考えればいいや)くらいの軽い気持ちで始めた会社だという。

「同じ芙蓉グループ(富士銀を中核に形成されていた旧安田財閥グループ)の富士総研にいた知人がいろいろリサーチしてくれましてね。

やがて否応なく需要が伸びる分野だと言われたうえに、その特許技術を持つ研究者まで紹介してくれたんです」

 

第一工場入口

しかしやってみると、

「当初は惨めなものでした(笑い)。原料の廃油を集めにガソリンスタンドとか修理工場を回ったんですが、どこからも冷たい目で見られましてね。ま、簡単にいうと廃品回収業者、つまりはボロ屋さんですから…」

 

とはいえ始めたからには、

「やってるうちに、銀行にいる同期の人たちには負けたくないという気持ちがムクムクと湧いてきましてね。

と同時に、それまでの知ったかぶりをして実は何も知らなかった銀行マン人生より、ずっと社会的に意義のある仕事人生のように思えてきたのです。そんなわけで、よーし、今に見てろという気持ちで毎日飛び歩いていました」

 

そんなときに手を差し延べてくれたのがやはり富士銀行の関係者で、なんと同行大口預金者のひとつ、旧NKK(日本鋼管、現JFEエンジニアリング)との橋渡し役を買って出てくれたというのだ。

「NKKさんもきちんとパートナーシップを以って接してくれましてね。テストプラントを自社工場につくるから実験させてくれ、有効ならNKKの工場から出る廃油を全面的に任せたい、と言ってくれたんですよ」

 

ちなみに創業から僅か2年半後、1983年の春には、NKK京浜製鉄所内に同社仕様のプラントを完成させている。

今ある千葉オイレッシュの、これが原点といっていい。人間関係に恵まれたと氏は言うが、それも偏に、その誠実さと先見の明がもたらした、ある意味で快挙に違いない。

 

誠実さついでに、最後に同社の経営理念に謳われている1節を紹介しておきたい。

バランスよく発展する会社であろう──。

誰が彼がではなく、皆が公平に幸せを希求し、共有しながら伸びていこうといった意味だそうで、それが証拠に、同社の社員であれば誰でもいつでも決算書などを見て、社の財務状況等を知ることができるという。元銀行員という生真面目さの表れといえばそれまでだが、それにしても正真正銘の21世紀型中小企業、というよりSD企業といっていいだろう。

というわけで読者諸氏の胸に、同社からの祇園精舎の鐘の声は、きっちりと届き渡りましたかな?

 

 

野村進一(のむら・しんいち)氏

1952年、千葉県君津市生まれ。

法政大学を卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)入行。都内の支店に勤務するも27歳で退行し、帰郷。

28歳の年に千葉オイレッシュを設立。代表取締役に就任する。

以降、再資源化貢献企業(旧通産省関連)として(財)クリーンジャパンセンター会長賞や千葉県元気印企業大賞(フジサンケイビジネスアイ)、経営革新優秀企業表彰(千葉県知事)など、数々の賞に浴する。

木更津法人会常任理事。

 

 

千葉オイレッシュ株式会社

〒292-0526千葉県君津市笹1249番3号

TEL:0439-39-3033

URL: http://www.oilshu.co.jp