〝ここにしかない〟シリコーンゴム製品で他の追随を回避し、新たな市場を開拓せよ

今回、訪問した企業はいつもとは何かが違った。

まずは、その工場構え。失礼ながら、中堅規模の加工メーカーとしてはめずらしく、完璧なクリーンルームが設置されている。聞けば、大手関連会社とのこと。だがなるほど、と納得してトップに会う。

すると、その経営者こそ、何かが他社とは違っていた。その印象は、単なる「ものづくり経営者」ではなかったのだ。

 

 

経済不安を感じざるを得ない日本

人間は、どのようなときに「不安」になるのかをご存じだろうか。

さまざまな要因があるが、最も単純なのは「予想が付かない事態に陥ったとき」だ。例えば、準備不足を自覚して物事に取り組んだとき。あるいは、何を準備してよいのか分からないまま、闇雲に物事に取り組まなくてはならないとき。

 

いまの日本が、まさにその状態だ。

 

2011年末、日本銀行の白川方明総裁は「世界経済最大のリスク要因は欧州ソブリン問題」と発言した。

年明けから2カ月余経ったいまも、その緊迫した状況に変わりはない。現在でも多くの有識者が、「政策対応を一つ間違えれば世界金融危機を引き起こしかねない」との警戒感を示している。 

 

国民から選ばれた有能であるはずの政治家が束になっても、なぜ、問題を解決する糸口すら見つからないのか。

単純に、誰もが初めて遭遇する出来事で、そのため、「どのような対策をとっていくことが最良なのか」を明確に示せないから、なのかもしれない。

 

さらに、2008年に勃発したリーマン・ショック以降から、欧米諸国は「日本化」していると言われている。

当然のことながら、良い意味ではない。ここでの日本化とは「バブル崩壊後の低成長、財政破綻、政策行き詰まりなどの長期化」を指す。

 

そう揶揄されても、日本は反論どころか他国へ「先輩」としてアドバイスをすることすらできない。

なぜなら、恥ずかしくもわが国はリーマン・ショックからこれまで、目に見えるような経済回復の実現、いや、その兆しすら世界に見せられてはいないのだ。

 

当然ながら、昨年起こった東日本大震災やタイ洪水のように避けようのない自然災害も日本経済の復興の足かせとなった。だが、日本の基盤はそもそもそれ以前から不安定な状態だったのだ。

「不安」になると人は萎縮してしまう。考え方もネガティブになる。

だから筆者は、その拭いようのない「不安」こそ、日本にとって何よりも大きな壁なのではないかと思う。

 

 

前書きが長くなったが、これには理由がある。

今回出会った経営者は、そのようなネガティブな志向とは真逆の、皆が学ぶべきほど前向きな人物であったのだ。

 

 

〝社長〟就任から約4カ月

「社長といっても昨年10月に正式に就任したばかりなので、まだ苦労も何も語るのもおこがましい」

そう苦笑するのは、株式会社舟越製作所の代表取締役社長を務める徳永啓二氏。同社は、創業半世紀を迎えるシリコーンゴム部品メーカーである。

 

簡単に説明すると、シリコーンゴムとはその名の通り、ゴム状のシリコーン樹脂。耐熱、耐水、耐薬品性に優れている事から、さまざまな分野に用いられ、シーリング剤や保護用部品、現在では歯科医療の型取り剤などにも活用されている。

「いまさらですが合成ゴムと絶対的に違うのが、石油原料ではない点ですよね。一昔前までは原価の高さで避けられがちでしたが、それもここ最近ではさほど差がなくなってきている。『値段さえ合えば、合成ゴムではなくシリコーンを』と望む声も多かったので、これからも需要は高まっていくと、期待しています」

 

就任からわずかとはいえ、製品について説明する様子は堂々たる「一社長」だ。だが同氏は、「実は、これまではシリコーンとは関係のない製品を扱っていたので、製品に関しては本当に素人なのですよ」と申し訳なさそうに話してくれた。

 

舟越製作所は住友グループであり、東証・大証2部上場の商社、テクノアソシエの100%出資関連会社。徳永氏はテクノアソシエで長年営業職に携わり、部長、主幹を歴任したうえで、大抜擢の末に舟越製作所のトップとなった。

 

「当社の創業は1966年。そこから数えれば私は4代目、テクノアソシエの完全子会社となってからは3代目です。

もともとテクノアソシエと当社はかなりの売上を占める取り引きがあったのですが、先代の社長に跡取りがいなかったこともあり、ひらたくいえば『売りに出された』。

それをテクノアソシエが受け入れ、縁あって、いま私もここにいるのです。私自身、『役員クラスが出向するのだろう』と思っていましたから、本当に驚きました」

 

同氏は「シリコーンに関しての知識は薄い」と言う。

だが話を聞く限り、筆者には知識がないようにも、それに対する「不安」を感じているようにも思えない。その笑顔がそうさせるのか、徳永氏から受けるのは、ひたすら前向きな印象だけだ。

 

 

買われた手腕を惜しみなく発揮!

「テクノアソシエ時代、合成ゴムは営業で頻繁に扱っていたのです。一昔前までの合成ゴム工場といえば『3K』が当たり前。

そのイメージでいくと、当社の工場はまるで違いますよね。シリコーンゴムだからとはいえ、自社ながら素晴らしい」

トップ自らが誇らしげに語るように、舟越製作所最大の自慢であり特徴は、その工場にある。製造工程を行う各場所、検査室などをクリーンルームにしているのだ。

舟越製作所ロール室

 

だが「確かに業界、さらにこの規模では珍しいことですが、先を見据えれば当然」と徳永氏。

シリコーンゴムは医療分野でも注目を集める材料で、弾性材料としてはバルーンカテーテル、繊維材料としては気体透過性の良さから人工心肺膜としても活用されることがある。

 

しかし、「混練りの工程で発生する静電気が原因で、埃などが付着する場合もあり、それがもとで欠陥品が出ることもあった」とのこと。医療や食品分野にとって、衛生面は何よりも重要事項だ。

「クリーンルームを設備していることで、各分野からの評価も高くなり、非常に喜ばれています」

 

ところが、徳永氏はそう話した後、「とはいえ、これも先代社長の時代につくられたもの。私の功績とは言えません」と付け足した。なんと正直な経営者であろうか。

 

そして、「私は営業職出身ですから、製造現場に関しては披露できるほどの知識も技もありません。ただ、舟越製作所には技術者がいて、それを支える工場がある。

私にできることはそれをどこで最大限に生かすかを考え、市場を開拓していくこと。その仕事自体は、テクノアソシエにいたころと変わらないのです」と力強く語ってくれた。

 

自らを謙遜するが、同社の赤字が解消されたのは同氏が就任後。

それは紛れもない事実である。それはテクノアソシエ時代からの、「傾きかけた現場に派遣され、建て直しを命じられることが多かった」という経験や手腕を買われてのことに違いない。

そう伝えても、徳永氏は気を緩めない。

「いまは、まだ掲げている目標を一つずつ消化している最中ですよ。部品メーカーの脅威はやはり中国。その追随を許さないためにも、気は抜けません」

 

 

目標は、「目標で終わらせないこと」

いま、徳永氏が抱いているのは「夢」ではなくすべて「目標」。達成する意志がある、自信があるからこそ夢ではなく目標なのだ。

「一番は、医療分野に一層の市場を増やすこと。クリーンルームを最大限に活用し、アピールしていきたいです。

〝舟越製作所にしかない製品〟を提供していけば、中国をはじめとするアジア諸国とは絶対的な差をつくることができる。

同時進行で少量多品種、中ロットへの柔軟な対応を、より強固なものにしていきたいですね」と同氏。

 

さらに、驚くべきことに「少し先の話でいえば、ゆくゆくはシリコーンゴム『部品』ではなく、板金などを組み合わせた最終製品化まで当社で手がけられるような体制づくりをしていきます」との大きなプランも教えてくれた。

 

その先にあるものは「親会社への恩返し」かと思いきや、

「当然、社員への還元ですよ。正直なところ、テクノアソシエの社員とは金銭的な面での待遇が全然違いますからね。少しでも近づける、追い越す、そうなるために私もできる限りのことを頑張っていきたい」と嬉しそうに話す。

社員を思うその笑顔は、まさに中小企業の経営者だ。

 

「私は『ベクトル』という言葉が好きなのです。一つひとつは小さくても、皆が同じ方向に向かっていけばそれは大きなベクトルになる。ゆくゆくは一人ひとりがそのベクトルを強くしていけば、とてつもない力が生まれるはず」

前述の通り、徳永氏は「不安」というものを一切感じさせない。それは最初から最後まで変わらなかった。これほどまでに日本経済が疲弊しているにもかかわらず、である。

 

筆者は、それは自社の技術、設備、さらには社員と、すべてに対して自信があるからだろうと思う。

そして徳永氏は最後に、それを確信させるような話を教えてくれた。

「実は、〝京〟の部品の一部に当社のシリコーン部品が用いられる予定なのです。具体的にいえば、金属とシリコーンゴムの二色成形部品。いまは試作品を製作中で、9月には本格的な量産体制に入ることになっています」

 

〝京〟といえば、文部科学省を中心に理化学研究所と富士通が共同で開発を進めている、いわずと知れたスーパーコンピューター。

昨年11月には1秒あたり1京510兆回という計算速度を達成し、世界のスパコン性能ランキングで2期連続1位を獲得している。

現在では巨大地震の被害予測(2012年1月現在、東京大学の研究チームがシステム開発に成功)に活用が期待されるなど、文字通り日本の最先端技術の集大成だ。

そこに使用されることがいかに名誉なことか、皆さんもお分かりだろう。

 

「確かに、日本の未来は先行きが見えない。だけど私たちには、その足や手を止めずに目の前の目標をこなしていくことしかできないのですよ。それこそが製造業の未来を支える糧になるはずなのです」

 

その言葉に「舟越製作所は、日本経済を支える小さな救世主となるのかもしれない」と、そんな期待を抱かずにはいられなかった。

同社の今後から、目を離してはいけない!

 

 

徳永啓二(とくなが けいし)氏…1956年高知県生まれ

1979年香川大学経済学部を卒業後、テクノアソシエに入社。営業線一筋で部長、主幹を歴任し、2010年10月に舟越製作所の代表取締役に抜擢される。

創業からは4代目、テクノアソシエ完全子会社としては3代目のトップ。

 

 

●株式会社舟越製作所(現シリコーンテクノ)

〒340-0124 埼玉県幸手市上宇和田572-20

TEL:0480-48-7855

URL:http://www.silicone.co.jp/