日本には、あまたの金型メーカーがある。

もちろん、一言で〝金型〟といっても扱う製品はさまざまだ。生産体制も量産を得意とする中堅大手から、少量多品種をモットーとする中小規模まで多種多様。

そこであえて共通点をあげるとするならば、トップの雰囲気だろう。往々にして、「職人気質」漂う経営者が多い。

が、それはどうやら先入観だったようだ。

 

今回、筆者が出会ったのは、そんな「金型メーカー」のイメージを覆す、予想外な人物であった。

 

 

日本は中国に「負けている」のか

思えば、日本のGDPが中国に追い抜かれてから随分経ってしまった。

このまま順位が変わらず、中国が上をいくのであれば、もはや「追い抜かれた」といった表現すら間違ってくるのかもしれない。

 

本来ならば昨年、わが国は「中国に負けた」ことをバネとし、何が何でも巻き返しを図るべきところではあった。

 

しかし、言い訳ではないが「不測の事態」があまりにも重なり過ぎたのだ。

国内では周知の通り、東日本大震災が尤もたる要因だろう。

国外ではタイ洪水、欧州財政危機、そして、それに付随して起きた超円高と輸出不振など、あげればきりがない。そのすべてが、経済を支えるべき製造業とかかわりをもつのだから、つらい。

 

また、さらに付け足すならば同業に関する「痛手」はまだある。

 

米大手証券、リーマンブラザーズ社の経営破綻を起因とする世界規模での経済不況、リーマン・ショック。

数年前のことではあるが、その傷跡も完全に癒えたわけではないのだ。

ちなみに、これらを踏まえ客観的に見たある外国の有識者たちからは、「むしろ、この程度の経済影響で済んで良かった。もっと落ち込む可能性だって十分にあったのだから、やはり日本人は底力がある」と称える声もあるという。

 

結果として、わが国の2011年度の最終的なGDP(3月中旬現在、2011年10〜12月期の2次速報まで公表済み)は名目成長率で2.2%減、実質成長率で0.2%減と予測されている。

 

一方の中国はというと、インフレ懸念の強まりで金融政策を継続しているが、製造業をはじめ、国民のハングリー精神には衰えを感じない。

残念ながら、おそらくいまのところは私たちが「数字上」で同国に勝てるとは思えない。

 

──筆者がそんな話題を向けると、今回訪ねた経営者は目を細めて次のように切り返した。

 

「いまの中国を見ていると、かつての日本を思い返してしまいますよね」

中国に対する負け惜しみから発した言葉ではないだろう。

そこにあるのは、おそらく単純に懐かしさ、であるようだ。

 

 

かつての「モノづくり大国、日本」を知る経営者

今回訪ねたのは、千葉・我孫子市に本社工場を構えるロイアルエンジニアリング株式会社。

1992年創業の、工業用プラスチック精密部品の製造、および金型の設計、製作を手がける中小規模のモノづくりだ。

 

そこで代表取締役を務めるのが、前述の経営者、萩谷忠昭氏である。

 

「いまの中国を見ていると……」

同氏はそう話したのち、「徹底して量産体制のモノづくりをし続けた、高度経済成長期の日本。待っているだけで仕事が舞い込み、『ある程度の製品』でも受け入れられた、そんな時代でしたよね。

あのころの日本の製造業のやり方が素晴らしかったとは言わないけれど、とにかく業界全体がいまとは比較にならないほど生き生きとしていた。それは事実。いまの中国にも、それに近いものを感じる」と続けた。

同社が得意とする成形品の例であるギヤ部品

最近の中国といえば「GDP捏造疑惑」がにわかに話題だが、製造業に特化すれば、いわゆる「分かりやすい模造品」の国規模での暗黙の容認など、「そこまでやるか」と思ってしまう部分が目立っている。

 

とはいえ、そういったやり方には賛否両論ありながらも、現在の経済の勢いはすさまじい。それは萩谷氏が言うように、「認めざるを得ない」。

はたから見ても国全体が見えない何かに後押しをされているかのように、一丸となって前へ、前へと進んでいるように思えるのである。

そして萩谷氏同様、現在の中国を第二次世界大戦後の日本と重ねる声も多い。

特に戦後、1950年代から60、70年代と製造業に生きた団塊の世代以後の経営者がそう感じているようだ。

 

現役のモノづくりがそう言うのだから、何とも寂しい。

 

精度の高い測定を行い、高品質な製品を提供するためにさまざまな測定器を取り揃えている。

だが、筆者は同氏が何気なく発した次の言葉を聞いてハッとした。

「いやいや、『モノづくり大国、日本』とは呼ばれても、『モノづくり大国、中国』とは言われないでしょう。

生産、量産はしているけれど、『モノづくり』はしていない。

大げさに言えば日本と同じものをつくっていても、世界がそう捉えてはいないのです」

 

なんと力強く、そしてあっさりと述べるものだ。

これはすべてのモノづくりに聞かせたい台詞である。

 

 

生き残るだけで満足するな

「国民性もあるので仕方のないことなのかもしれませんが、モノづくりに対する姿勢が違うのですよね。それが、中国と日本の決定的な差なのですよ。

日本には、日本だからこそのモノづくりがある。汎用品の大量生産で競争しようと思うから負けてしまうのであって、もっともっと、研究すべきなのですよ」

 

萩谷氏は、創業経営者である。一代でロイアルエンジニアリングを築きあげたのだ。自分の意志でサラリーマン生活に終わりを告げ、起業。

そしていまや「困ったときはロイアルに聞け」との評判を勝ち取るまでに成長させたが、その苦労たるや当然ながら一言では言い尽くせないだろう。

 

つまり、何も相手が中国だから苦言を呈するのではない。

国内の中小製造業に対しても、言いたいことは同じなのだ。

「モノづくりとして生きるのならば、『生き残る』ことだけ考えるのではない。『勝ち残るのだ』という強い意志をもて」

筆者には、同氏の話の端々からその思いが感じられた。

 

「起業を決意したのは、まだ50歳代前半。

何かしなければならないけれど、何をしようかとイチから考えるのには遅すぎた。だから、『何ができるか』を考えた結果、いまの業種を選んだのです。

自分で選んだ道、自分で選んだ業種なのだから、何がなんでも成功させなくてはと思うのが当然ですよね」

 

まさにその通りである。だが、いまは「成し遂げたいことがある、夢がある」と語れる人間のほうが少ないのかもしれない。

そう伝えると萩谷氏は、「私はやりたいことが多すぎて困っているくらいですよ」と驚いてみせた。

 

そんな同氏が育てた企業、ロイアルエンジニアリングは、「必然と偶然」が重なり合って誕生した。

実は萩谷氏は、大学を卒業した直後に就職した中堅メーカーを1年半で退職している。

「大きすぎない企業のほうが精いっぱい働ける、そう思って入社したのですが……」

 

勤めた企業は、ちょうど大手を目指して成長途中。組合ができ、派閥ができ、「それが面倒になって、辞めてしまいました」と笑って話す。

その後、縁あって紹介されたのがプラスチックメーカーであったという。

 

 

人づくりと、省エネと

「プラスチック業界にいたのは30年くらいですね。長くいすぎたのか、やがて会社の方針とは合わない部分ができてしまって。ここでは、もう自分のやることがないと思い、『だったら、いま独立しよう』と決意したのです」

 

それが約18年前のこと。興味深いのが、独立する際、知人、友人を招いて大規模なパーティーを開いたという話だ。

「自分を奮い立たせるために、『起業します』と宣言したのです。まだ何も決まっていないのに」

その豪快さ、その大胆さがいまの成功を生んだのだろう。

 

「最初のウリは、スピードしかありませんでした。納期をどこよりも早く、そして正確な製品を届けること。やがて、ひいきにしてもらえる取引先にはこちらから『こんなこともできますよ』と提案するようになりました」

「提案型企業」という言葉がないころから、自らの考えでそれを実行していたのだ。まさに、先見の明。

だが、本人は「思いつくままにやっていたことなのだから、あまり褒められても」と謙遜する。

エコ・ウィルドレス金型。瞬時固化層の形成が遅延されるため、通常は穴の周りに発生するウィルドレスラインが見えない

 

その萩谷氏が現在、もっとも力を入れているのが人材教育と「省エネ」である。

 

まずは人材育成について、「モノづくりは人づくり、とも言いますから、新人でも徹底して育てます。

古くさいと思われるかもしれませんが、座禅を組ませる勉強会などを開き、若者にこそ自分のなかに隠されている『無限の可能性』を引き出してもらいたいと思っているのです」とのこと。

そして、「金型はつくるだけでも莫大なエネルギーが必要となりますから、それをいかに抑えるかという点、そして、軽量化を図ることでも結果として『省エネ』になる。いまは、それをポイントに研究開発を進めています」と話す。

 

そのなかでも紹介したいのが、同社最新の開発である「断熱金型」である。射出成形で溶融した樹脂の熱を利用し、精密に成形できるのが断熱成形だ。

「金型の表面と本体の隙間に薄い断熱層を挟むことにより、樹脂が固まるのを一瞬遅らせ金型の隅々にまで樹脂を行き渡らせることができるのです」

成形サイクルは通常品と同様だが、型締め力は約70%、サイズを約75%程度に小型化できるという。

まさに、省エネである。

 

萩谷氏は最後に、「今後はエコ成形金型の時代が来るはず。私だけが感じているのかもしれませんが」と笑った後、

「とりあえず、モノづくりとして大切なのは『これは自分にしかできない』と思えるモノをつくることですよね」といって締めくくった。

この様子では、まだまだ次なる開発が進められているのかもしれない。人材育成、そして新たな開発との明るい話題に、こちらもワクワクしてしまう。

 

ちなみに後継者について尋ねると、「候補はいますが、まだ若いのでしばらくは私が頑張らないと」と微笑んだ萩谷氏。

その笑顔に、ぜひ今後も期待させていただきたい。

 

 

萩谷忠昭(はぎや・ただあき)氏

1942年、茨城県生まれ。

1965年、千葉工業大学を卒業後、2社でプラスチックをはじめとする加工、金型技術を学ぶ。

1992年にロイアルエンジニアリングを創業。同時に代表取締役に就任し、現在に至る。

 

ロイアルエンジニアリング株式会社

〒270−1143

千葉県我孫子市天王台3−3−5

TEL:04(7183)6100

URL: http://www.loial.co.jp/