◆文:池田朋未

「夢、ないな」

そう気付いた1人の少年は、抑圧された環境の反動から自由な道を志すようになった。BUMP OF CHICKENに魅了され、ミュージシャンに憧れた時期もある。

しかし、少年が見えないモノを見ようとして覗き込んだのは、望遠鏡でも音楽の道でもなく、発展が著しいITの世界だった。

 

単純労働を代わりにやってくれるRPAが熱い

今や誰もが知っている技術といっても過言ではない、AI(Artifical Intelligence =人工知能)。そんなバズワードの陰に隠れながら、近年日本の企業が注目しているソリューションがある。それが、RPAだ。

 

RPA(Robotic Process Automation=ロボティック・プロセス・オートメーション)とは、ホワイトカラーの業務を自動化するシステムである。人間の手で行われている単純な事務作業や定型業務を、ソフトウェアベースで自動処理してくれる。どのアプリケーションでも扱えるため、複数のアプリを跨いでいた業務も自動化できるのがメリットだ。AIが技術寄りのアプローチであるのに対し、RPAは業務寄りのアプローチである。

 

RPAを導入することで、経営者は定型業務にかける人的コストを削減するとともに、証跡を残してコンプライアンスを強化できる。また、すべての単純業務を機械で処理することで、人的ミスを減らせるというベネフィット。その上、業務が標準化されるので、属人化のリスクを排除する事が出来る。さらに、後々AIを導入して機械学習による予測を行いたい場合、RPAで膨大なデータを収集・整形し保存しておけばスムーズにAIを活用できる。

 

経営者だけでなく、社員もまたRPA導入によって多大なる恩恵を受けられる。つまらない事務作業を行う時間や労力から解放されることで、より高度な企画や営業などの仕事に時間を割けるようになるのだ。これにより従業員のストレスは軽減され、市場価値は上がる。ロボットが人間の仕事を奪うのではなく、新しい価値を創造するための時間を提供してくれる。

 

具体的なRPAの導入事例として、人事部門の勤怠管理業務が挙げられる。現在は担当職員がまず社内の勤怠管理記録を確認し、残業時間が規定よりもオーバーしそうな社員をピックアップする。その後該当職員の上司にメールで通知するという流れで業務を行うのが一般的だろう。RPAを導入すれば、この流れを一通り自動化できるのだ。入退館記録の中から残業時間の多い社員を自動的にピックアップし、上司にアラートメールを送信する。人間が手がけるより速く、正確に業務をこなせるようになる。

 

 

あの企業が!? 国内企業のRPA導入事例と市場規模

RPAといえば、2017年11月に大手広告代理店である電通が導入し、2019年末までに2500件の自動化を目指すと発表したのが記憶に新しい。その後、2017年末までに400件の業務を自動化し、同年12月には月間1万2000時間を創出した。クリエイティブで比較的定型業務が少ない電通でも、PCを使う全業務のうち約20%を自動化したのである。業界にもよるが、RPA導入によって業務全体の約3割を自動化できるという。

 

また、市場調査を行う株式会社アイ・ティ・アール(ITR)による国内のRPA市場規模推移および予測によると、2016年度の売上金額は8億円で、前年度比4倍増と急速な伸び率を見せている。さらに、2017年度も同2.5倍の20億円と成長しており、2018年度には2016年の5倍強となる44億円、2021年度には同18倍強となる82億円と予測されている。今後国内RPA市場がさらに成長していくことは間違いないだろう。

 

 

自動化できることを人にやらせるのは、労力の無駄遣い

「自動でできることをいつまでも手動でやっていても、価値はないですよね。自動化できるところはRPAに任せて、人間は新しい価値を創造することに時間を使うべきだと思います」

 

そう語るのは、グランド・デザイン・コンサルティング株式会社の代表取締役社長である八十島知大氏だ。

 

八十島知大氏  グランド・デザイン・コンサルティング株式会社

 

八十島氏は2018年1月に起業し、中小企業向けのRPA導入支援を行っている。RPAがどんなものであるかをデモンストレーションにて説明し、興味を持った企業の業務内容を確認。業務を洗い出して自動化できるものを選定する。どの業種にも自動化できる業務があるためターゲットは幅広く、市場規模を見ても今後の成長が期待できる。

しかし、日本でRPAが注目され始めたのは、ここ1、2年のことだ。八十島氏はいかにしてRPAと出会ったのだろうか。

 

 

インドの大手ITサービス企業で、世界のRPA導入事例を学ぶ

八十島氏がRPAに目を付けたのは、新卒で入社したタタ・コンサルタンシー・サービシズに勤務していたときのこと。AIやIoTなど最先端の分野を扱う部署に配属され、RPAを専門に担当していた。

 

アメリカやインドなどIT技術が進んでいる国では、今から5年ほど前にはすでにRPAが注目され始めていた。そのためインドに本社を構えるコンサル会社のタタには、日本で事例のないナレッジが豊富。海外の顧客が求めているソリューションについても知ることができたのは大きな収穫だ。しかし、八十島氏が理想としている仕事とは少々異なった。

 

 

本当に支援が必要な中小企業をサポートしたい

タタは2018年4月現在、世界46カ国にオフィスをもつ大企業のため、ある程度完成されたビジネスモデルがあった。グローバルな既存顧客にサービスを提供することで、利益を上げる。世界的大企業の日本法人を担当するなど、大手の顧客メインのビジネスモデルを展開できたのである。

 

主に大企業へRPAを提案するというスタイルは、タタに限ったものではない。日本のRPA導入状況を見ても、大企業がメインになっているのは明らかだ。先ほど例示した電通をはじめ、三菱東京UFJ銀行や三井住友海上、大和ハウス工業など、いずれも名の知れた企業ばかりが名を連ねている。

 

しかし、本当にRPA導入支援が必要なのは、中小企業である。なぜかというと、業務とIT両方の知見を兼ね備えた技術者が、中小企業には少ないからだ。そして日本の中小企業の生産性は、諸外国の同規模の企業と比べ、明らかに低い。

 

RPAは業務を自動化するための仕組みなので、業務に精通した人物が必要なのは明白である。しかし、それだけでは不十分。ITの知見も持ち合わせていなければ、実運用可能な水準のプログラムを作成する事が出来ないのである。結果的に、思うように業務の効率化が進まないのだ。

 

また、大企業は業務の手順が明確になっていて自動化しやすいが、中小企業は手順が整備されていなかったり、個人で進め方が違ったりする。そのため、まずはコンサルティングファームが主導となって業務標準化の整備にも力を入れる必要がある。

 

「現在RPAは売り手市場のため、本当に支援が必要な中小企業にまで行き渡っていないのが現状です。

 

中小企業にも色々あるけれど、優れたアイディアを持っている、ビジネス体系が整っているというような、これからの世界で活躍できる企業の力になりたい」

そうして八十島氏は、中小企業のRPA導入をサポートするために会社を立ち上げたのである。

 

 

日本発のRPAツールを開発し、世界に広めたい

さらに、八十島氏が立ち上げた会社で行いたいこととして、日本発のRPAツール開発が挙げられる。なぜなら、現在日本の大企業が導入しているRPAツールは、いずれもナレッジをもつ海外の製品が多いからだ。

日本とIT先進国の間には、すでに数年分の経験差がある。そのため、海外製品と比べると現存する日本のRPAツールは劣っていると言わざるをえない。

 

そこで、自身が大学でITを学んだ技術者でもある八十島氏は、クオリティの高いRPAツールを自社で開発し、世界に広めていきたいと考えている。

 

「中小企業向けに新しいRPAツールを自分で作って、日本発として世界に展開したい」

 

八十島氏が「日本発」にこだわるのは、アメリカの大学進学によって芽生えた日本に対する帰属意識が深く関わっている。

 

 

九州からアメリカへ。渡米して生まれた新たな夢

アメリカのセントラルワシントン大学で、ITを学んだ八十島氏。昔からIT関係の道に進みたいと考えていたのだろうか。

 

「実は、高校生の頃はミュージシャンになりたいと考えていたんです」

 

ビジネスを始めたきっかけについて伺っているとき、そんな驚きの発言が飛び出した。

八十島氏の出身高校は、スパルタ教育で有名。東大や医学部進学者を多数輩出している進学校だ。全寮制の男子校で、寮には漫画や雑誌、テレビなどを持ち込むのは厳禁。そんな環境で勉強に打ち込んでいたが、あるとき「自分には夢がない」ことに気付いた。

 

BUMP OF CHICKENの音楽を好み、ミュージシャンを志すようになったが、進学校で地頭を鍛え上げた八十島少年は、ただ音楽をやるだけの道は選ばなかった。これからの時代を生き抜く者として、グローバルランゲージである英語力は必要不可欠。さらに、経済の最先端であるアメリカの感覚をつかむことは重要だと思い、文化やビジネスをアメリカの大学で学ぼうと決意した。

 

アメリカの大学は日本と違い、入学時に専攻を決定しない。1〜2年生の間は教養課程としてさまざまな科目を勉強し、3年生に上がる際、専攻を決める。教養課程でITを勉強しているうちに興味を持ち、「これからの時代はITの力で世界が変わっていく」と確信。「IT関連のビジネスをやっていきたい」と思い、ITと経営が同時に学べる学部に進んだ。大学在学中から、自身の会社をもつというビジョンを持っていたのだ。

 

 

よりよい世界を実現するため、起業という選択を

もともと、自分の理想を実現したいという意志が強かった八十島氏は、世界をよりよい方向に動かしたいと常に考えていた。ミュージシャンになり、貧しい国にチャリティーコンサートで行けば世界がよい方向に変わるのではないかと思ったこともある。

 

しかし、アメリカでITや経営を専攻して、音楽以外の新たな選択肢も見えてきた。自分で会社を持ってビジネスをすることで、稼いだお金を必要なところに投資できる。より社会に直接的な影響力を持てると考えたのだ。

 

「自分の実現したい理想があるのであれば、ビジネスをやるのも1つのよい選択」

 

そう思い、ミュージシャンからIT関連ビジネスの会社を立ち上げるという夢にシフトしていった。そしてその夢は、2018年1月に起業したことで実現する。そんな八十島氏は、ある強い思いを会社の理念として掲げている。

 

 

真の意味での「働き方改革」とは

「弊社の理念は、『人類を労働から解放する』ことです」

 

冷静ながら力強さを含んだ声で、八十島氏はこう話してくれた。

 

「日本人は、仕事を嫌なものと捉えて渋々こなしている人が多いですよね。仕事とプライベートを完全に切り離し、働き方改革で仕事時間を削減しようとしている点を見ても、仕事が嫌だというのは多くの日本人が抱える共通認識です。

 

しかし、個人的に人生の大部分を費やす仕事は、自分が好きな分野や興味のあることをやっていくべきだと思っています。

好きな仕事を、やりがいを感じながら行うのが当たり前になる世界を実現させるためにも、つまらない仕事は自動化していきたいです」

 

RPAを導入している会社と、していない会社の間に、今後ますます差がつくのは想像に難くない。いかにして中小企業にRPAを広められるか。グローバルに学び、仕事をこなしてきたエリート起業家の試みは、日本の中小企業の手助けになることだろう。

 

2018年1月に起業したばかりの会社だけに、今後の成長にも期待が高まる。中小企業にRPA導入を提案することと並行して、社員数を増やして体制を整えることが今後の方針だ。

 

ほうき星のごとく現れたITビジネス界の新鋭は、RPAによって人々がやりがいのある仕事に専念する未来を観測している。

 

 

プロフィール

八十島 知大(やそしま・ともひろ)氏…1988年佐賀県鳥栖市生まれ。セントラルワシントン大学 IT&Administrative management卒。日本タタ・コンサルタンシー・サービシズに入社後3年半で退職し、グランド・デザイン・コンサルティング株式会社を設立。「人類を労働から解放する」という理念のもと、中小企業向けにRPA導入支援を行う。

 

グランド・デザイン・コンサルティング株式会社

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