◆文:大澤美恵

インターネット通販市場が拡大を続けている。2018年4月に経済産業省が発表したデータによれば、電子商取引の市場規模は、2017年でBtoC-EC(個人向けEC)では16兆5,054億円、BtoB-EC(企業間EC)では317兆2,110億円にも上り、毎年右肩上がりで成長を続けている。(参考:経済産業省「平成29年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備 電子商取引に関する市場調査」)

その数字が象徴するように、今や自宅にいながらほとんどのモノが買える時代になった。食品や日用品はもちろん、大型の家電製品や家具、自動車まで、家から一歩も出ずに購入できてしまう。そのため、インターネット上にはECサイトがひしめき合い、日々しのぎを削っている。そんな中でECサイトの運営代行やコンサルティングを営むのが、株式会社ネットショップスタジオの代表取締役 桑田晋一氏だ。今回は、桑田氏に起業した理由や長寿企業のEC事業支援に携わるようになった経緯についてお話を伺った。

 

祖父は経営者。しかし「経営者になれ」と言われたことは一度もなかった

ネットショップスタジオのwebサイト

 

桑田氏の祖父は金属加工の会社を立ち上げた創業者。息子である父親は、そこで工場長を務めていた。だからといって、「お前も経営者になれ」と言われたことは一度もなかったという。

「父はどちらかというと職人気質を持った技術者でした。なので、僕や弟には理系の大学に行って研究職に就いてほしかったみたいです。でも、結局入ったのは経済学部。なので、残念ながら父の期待には応えてあげられませんでしたね」と桑田氏は少し申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

大学入学当時は起業の「き」の字も思い浮かばなかった。しかし、大学4年生のときにSNSのシステム会社でインターンとして1年間アルバイトをしたことがきっかけで、起業家の道を歩むことになる。

大学卒業後、SNSシステム会社で出会った同じ大学の先輩に誘われ、2人でネットショップの制作会社を立ち上げたのだ。当時、「楽天ビジネス」というマッチングサイトがあり、それを使って順調に売上を伸ばしていったという。4年後の2010年、クライアント3社を譲り受ける代わりに株式を全部先輩に譲るという交換条件のもと、ついに独立して自分の会社を立ち上げる。それが、株式会社ネットショップスタジオだ。

 

好きな女の子に告白するときのようにパートナーを呼び出した

最初は一人で経営を切り盛りしていた。しかし、会社設立から1年が経つ頃、しだいに一人ですべてを担うことへの限界を感じるようになる。そこで、インターンの頃からの知り合いで、前の会社でも一緒に仕事をしていた福田氏を誘うことを思いついた。

「経営も営業も実務も、全部一人でこなすのは少々無理がありました。仕事をするなら、よく知っている人と一緒に……と思って、自分の雇えそうな人は?と候補を絞り込んでいくうちに、福田くんのことを思い出したんです」

 

福田氏といえば、運営サポートを手がけたネットショップを楽天ショップオブザイヤー店舗にしたほどのウデを持つ逸材だ。そんな福田氏が、まだ立ち上げたばかりの会社で自分と一緒に仕事をしてくれるだろうか。期待と不安が入り混じる中、渋谷の一角にある喫茶店に福田氏を呼び出した。

「最初に会ったときは、もう好きな女の子に告白するときのように緊張しました(笑)。今会社をやっていて、ECショッのクオリティをもっと高めていきたい、というところまでは話をしたのですが、勇気がなくて『一緒にやろう』とは言い出せなくて。2回目に会ったときに思い切って『一緒にやらない?』と言ったら、『ぜひぜひ!』と二つ返事でOKをもらえたんです」

 

福田氏という強力なパートナーを得て、ますます会社は順調に成長していった。しかし、ほぼ同時期に起きた2つのつらい出来事に、桑田氏は苦しむことになる。

 

役員の退任。妻とは離婚。二重の苦しみにさいなまれる

桑田氏は人知れず悩んでいた。当時、取締役の一人と、あまり関係性が良くなかった時期があった。営業を任せていてもなかなか思うように動いてくれなくて、どうしてよいかわからない。以前ある人の紹介で知り合った経営者仲間の協力を得て、紆余曲折を経て退任という形で結末を得た。

ちょうど同じ頃、妻と離婚をすることになり、3歳の娘を連れて遠く離れた実家に帰ってしまったことも追い打ちをかけた。娘がパパっ子で自分によく懐いてくれていたこともあり、妻と娘が家を出ていった日、桑田氏はとめどなくあふれる涙で枕を濡らしながら夜を明かしたという。

このときを境に、桑田氏の中で何かが変わった。

以前は、何か良くないことが起こるとすぐ、『あいつのせいだ』と人のせいにしてしまう悪い癖があった。しかし、悪いことが立て続けに起きたことで、生まれて初めて『ああ、これは自分のせいだ』と感じるようになったのだという。桑田氏は当時を振り返ってこう語る。

 

「当時はどうしようもなくつらかったけれど、あのことがあったおかげで、『自分の身に起こることはすべて自分の責任だ』と気づくことができるようになりました。あの時起こったことは、自分が変わる大きなきっかけになりましたね。あれがなかったらたぶん、今でも調子に乗っていて、何かが起きても『あいつが悪い』で終わらせていたと思います」

 

「ネットショップスタジオこそ、人に紹介したい企業だ」

逆に、うれしかったこともあった。あるクライアントの商品が今の時代の潮流にマッチしており、ポテンシャルが高かったことが功を奏し、1年半で月商を数百万円から数千万円にアップさせることに成功したのだ。そのクライアントではECサイトを当初通販事業課が運営していたが、あまりに売上が伸びたために部に昇格したのだという。当時の担当も課長から部長代理に昇格でき、ダブルでおめでたいことが続いた。

そんな中、桑田氏とその部長代理が参加していたECの経営者交流会で、桑田氏がクライアント企業の売上を大幅にアップさせたことを参加者の目の前で報告する機会があった。すると交流会の主催者が気を利かせて、部長代理にもスピーチをするよう勧めてくれたのだ。

そこで言われた言葉が今でも忘れられないという。

「部長代理が、『我々は今までいろんな会社と付き合ってきましたが、人に紹介したいと心から思える企業は、ネットショップスタジオさんだけです』と言ってくれたんです。みんなの前で言ってくれただけに、余計うれしかったですね」

 

成熟するEC業界の中でいかに強力な組織づくりをしていくか

EC業界自体はまだまだ伸びる感じではあるものの、現時点ではすでに市場が成熟しつつある。アマゾン・楽天・ヤフーなどのインターネット総合ショップやそこに参入するネットショップ、それを支援する会社も、だいぶ成熟してきているという印象だと桑田氏はいう。その中でどう戦っていくのかが課題だ。

また、人の問題もある。ネットショップスタジオでは目下、強固な組織づくりに取り組んでいる最中だが、まだまだ失敗も多いという。

「今、弊社の平均年齢は30歳前後。最近20代半ばのスタッフが2人入ってくれたのですが、次世代の人のマネジメントがうまくなっていけば、今後の弊社にとってはいいのではないかと思います。そこに時間がかかるのが課題ではありますけどね。」と桑田氏。

 

業界的に人が採用できないことはないものの、最近ではワークライフバランスなどが叫ばれていることもあって、人をマネジメントしたり育てていったりするのは今後難しくなりそうだ、と桑田氏は予想する。

 

代々続く企業が忘れてはいけないのは「革新」

以前人の紹介で知り合った人から、長寿企業の叡智について学ぶための組織「100年経営機構」に誘われて入会したことをきっかけに、数多くの長寿企業の経営者とつながりができた。現在、桑田氏はそこで学んだ知見を活かし、老舗企業のECショップの運営や商品企画などの事業支援を手掛けている。そんな桑田氏が日本のものづくりに携わる中小企業の経営者のために伝えたいことは、「革新を忘れない」ということだ。

「伝統と革新の2つがないと企業は長く続きません。革新しないと生き残っていけないし、成長することもできない。なので、どれほど伝統が守ら得ている企業でも、必ずどこかで革新をしなければならないのです。」と桑田氏は強く主張する。

さらに、どこに人の流れがあるかを見極めることも重要だ。歴史的に見ると、販路は常に人々の集まる場所や流れにできてきた。なので、そこに販路を合わせないと商売は成り立たない。現代では、百貨店やスーパーなどの実店舗だけでなく、ECに販路ができつつある。長寿企業がより末永く経営を続けていくためには、今後はECの利用も視野に入れることは必須と言ってもいいだろう。

伝統的な文化を継承する企業ほど、経営手法や方向性を変えることには抵抗があるかもしれない。しかし、現存する老舗企業は、伝統を守りつつも時流に合わせて柔軟に手法や考え方を変えているからこそ、今日まで生き残ってきた。これから来る超高齢化社会に向けて、ますますECショップの需要は拡大すると予想される。そのため、「革新」の部分にECを取り入れるのが当たり前の時代になってくるのではないだろうか。

 

【プロフィール】

桑田 晋一

1981年生まれ、慶応義塾大学経済学部卒。

大学卒業後に先輩と2人で立ち上げた会社で、4年間ネットショップのHP制作に携わった後、2010年にネットショップの運営代行に特化した株式会社ネットショップスタジオを創業。現在では、ネットショップの運営代行だけでなく、商品企画などの事業支援にも関わるなど、精力的に活動している。

会社名:株式会社ネットショップスタジオ

所在地:〒102-0072 東京都千代田区飯田橋4-3-7 ハンクビル飯田橋2F

電話番号:03-5428-8624

設立:2010年11月

事業内容:ネットショップ運営代行・ネットショップコンサルティング

URL:http://www.netshop-studio.com/