藍澤證券株式会社 代表取締役社長 COO兼CHO 藍澤卓弥氏 (写真右)/専務取締役CIO 角道裕司氏

トップマネジメントチームから生まれる経営改革

人生100年時代と言われる昨今、ライフプランを改めて見直す方も多いのでは?

生きがい、キャリア形成、結婚観、老後の生活……そんな人生のデザインについて、さまざまなプランを提案する試みをある証券会社が始めようとしている。しかもユニークなのは、それが顧客に対してだけではなく、従業員にも同様のコンセプトでキャリア形成を支援しようとしている点だ。

2018年7月に創業100周年を迎えた藍澤證券株式会社(東京都中央区)の新社長・藍澤卓弥氏にその狙いを伺った。

 

気軽に立ち寄れる証券会社を目指して

全国に61店舗のネットワークを持つ藍澤證券株式会社(東京都中央区)。あらゆる商取引がインターネットを通じて行われる昨今、同規模の証券会社でこれほどの店舗数を有している例は珍しい。

「当社は創業以来、地域密着型にこだわり、対面取引を重視してきました。他社が出店しないような土地にも店舗を持ち、なるべくお客様に近い場所で顔の見えるお付き合いをするように心がけています」

そう話すのは同社の代表取締役社長・藍澤卓弥氏だ。

今後、同社では地域密着型をさらに追求し、「気軽に立ち寄れる店舗作り」を目指していくという。

 

「当社ではお客様のさまざまな課題解決に向けて、ソリューションサービスを提供しています。これは相続や事業承継の問題、ビジネスマッチングについてなど、お客様の日頃の悩みをオーダーメイドで解決するものです。今後はこうした営業スタイル、ソリューションスタイルをさらに発展させ、生活の一部として店舗をご利用いただければと考えています。例えば、『毎週火曜日はアイザワで株価をチェックしよう』というように、週に1回通うクリーニング屋さんやお気に入りの喫茶店と同じ感覚で通える店舗作りを目指したいと思っています」(藍澤氏)

 

「商品」ではなく「生活スタイル」を提供

気軽に立ち寄れる証券会社――それを実現するために打ち出したコンセプトがある。「体験/経験をデザインする」という概念だ。具体的にはどういうものなのか。専務取締役でチーフ・イノベーション・オフィサー(CIO)の角道裕司氏は次のように解説する。

「これは金融商品を単に販売するのではなく、生活スタイルの提案です。例えば、60代セカンドキャリアの女性ならば、隔月でご提供するアンチエイジングセミナーに参加して、健康維持に努め、月1回の投資診断を欠かさず、当社店舗で受けた成果を投資先のベトナム旅行というかたちで享受した。

 

さて来年はどうしようか――といった、投資行動を織り込みながら、それぞれのステージと生活スタイルに合わせた何十通りのシナリオとそれに合わせたサービスを用意する予定でいます。我々はこうしたサービスを「CX-D(Customer Experience Design/お客様の体験をデザインする)」と呼んでいて、これを主軸としながら、いろいろな情報発信やご提案を店舗内外で行えるように環境を整えていきたいと考えています」

 

同社では前述のソリューションサービスのほか、提携する金融機関や教育機関と協働してクロスボーダー型の施策を展開、あるいは地方創生に関わる取り組みを行うなど、幅広く社会のニーズに応えてきた実績がある。そうした広域にわたるネットワークを活用しながら、同社が持つリソースをパッケージ化したのが「CX-D」となる。

「我々は証券投資を通じてより豊かな生活を提供するという経営理念を創業当初から掲げています。金融商品という〈物〉を扱ってはいますが、それによって目指しているのはお客様の豊かな〈生活〉です。生活や人生、つまりお客様の日々の体験や経験をデザインすることで、これまで以上にお客様に喜んでいただき、安心をお届けできる証券会社になれればと思っています」(角道氏)

お客様の体験をデザインする「CX-D」と社員の経歴をデザインする「EX-D」――藍澤證券は、顧客と従業員双方の喜びを提供している。

 

顧客と従業員双方の喜びを

同社が打ち出す「体験/経験をデザインする」という試み。これがユニークなのは顧客だけではなく、従業員にも同様のコンセプトで「体験/経験」を用意し、キャリア形成に役立てようとしている点だ。その真意を藍澤氏は次のように語る。

「お客様に希望を提供する我々自身が仕事や生活に喜びを感じていなかったり、人生設計に無頓着だったりしていてはおかしいですよね? お客様も従業員も双方が充実した人生を主体的にデザインしていく。そうすることで、単なるセールストークではない、より確かな満足をお客様に届けられるのではないかと考えています」

顧客を対象とした「CX-D」に対し、従業員向けのキャリア形成支援は「EX-D(Employee Experience Design/社員の経歴をデザインする)」と呼ばれる。具体的にはどんなビジョンを描いているのか。

「『気がついたら本部長になっていました』ということではなく、自分でゴールを設定してもらい、そこを目指すにはどういうスキルが必要か、どういう部署でどういう仕事をする必要があるのか。社員には自分自身で積極的にキャリアをデザインして欲しいと思っています。CDP(Career Development Program/キャリア・デベロップメント・プログラム)と呼んでいますが、会社としても、ロールモデルの提供や社外派遣研修の拡大などで、それを最大限にバックアップします。人生100年時代です。こうした機能がうまく作用すれば、定年後の充実したセカンドキャリアの形成にもつながるのではないかと期待しています」(藍澤氏)

提携先である静岡大学のアイザワゼミに派遣された社員たちの様子。このゼミに参加した若手社員が、のちに企業内起業に関する勉強会を自主的に立ち上げ、能動的に自らのキャリアデザインを行うなど、一定の成果を上げているという。

 

連携を生かした多面的なキャリア形成

実は、キャリア形成に関する取り組みで、同社が世間から耳目を集めている事例がある。昨年来、テレビをはじめとした各種メディアで紹介されている「提携金融機関との人材交流/同待遇転籍制度」である。

例えば、社員は配偶者の転勤や親の介護の問題などで営業エリア外への転居が生じた場合、待遇や処遇の継続を前提に提携する企業に転籍が可能となるというものだ。給料はシームレスに、有給休暇も引き継ぐ。実際に業務提携先である株式会社西京銀行(山口県周南市)との間では社員の転籍が数例、実現している。

 

「本人にとってはこれまで築いてきたキャリアが生かせる。会社にとっても新しい人材が加わることで、従来にない視点やノウハウが得られ、即戦力も確保できる。働き方改革が叫ばれる昨今、企業と従業員の新しい関係のひとつとして、こうした取り組みは今後も推進していきたいと思っています」と角道氏。

 

この同待遇転籍制度のほかにも同社では、提携先の第一勧業信用組合(東京都新宿区)や笠岡信用組合(岡山県笠岡市)と若手社員の人材交流を積極的に行っている。また、提携する大学で開設しているゼミなどにも講師や受講者として社員が参加するケースがあるそうだ。リカレントの一環でもあるが、役職員には静岡大学教授や准教授、信州大学講師といった肩書きを持つ者も多い。

2018年9月に行われた藍澤證券と笠岡信用組合の包括的業務提携の締結式。藍澤證券は、EX-Dの一環として、同信組と若手社員の人材交流を積極的に行うなど、社員たちに多面的な成長を促す機会を提供している。

 

「当社には多くの提携先があります。そうした提携先との活発な交流によって、日常の業務では得られない視点やスキル、人的ネットワークを獲得し、多面的な成長を促していければと思っています。この『EX-D』で大事なことは会社の視点ではなく、あくまで個人の視点であること。

例えば、提携する静岡大学のゼミに派遣した若手社員が、大学での学びに触発され、企業内起業に関する勉強会を自主的に立ち上げた例がありました。このように社員自身がデザイナーとして能動的にキャリア形成に携わり、新しいものを自分たちで生み出しながら、組織を超えた活躍を一人ひとりにしてもらいたいと思っています。そして、思い描いたデザインに少しでも近づけられるように支援をすることが会社の役割だと考えています」(角道氏)

 

変化の激しい時代をどう生き抜くのか

ところで、「体験/経験をデザインする」というアイデアは、従来の組織体系では生まれなかったと両氏は口をそろえる。いったい、どういうことなのか。

実は、同社は2018年7月に創業100周年を迎えている。そして、同じ月には前年に完全子会社化した日本アジア証券株式会社と合併し、従業員数1000名の大所帯となった。さらに、もうひとつの大きなトピックが同月にはあった。藍澤卓弥氏の社長就任である。

「就任直後からじわじわと『アイザワ』の看板の重みを感じ、その名を汚してはいけないと従来以上に思うようになりました。だからこそ、守るべきものはしっかりと守っていきたい。ただ、今の時代を生き抜くためには何をやるべきなのか。中長期的な視点でそれを見極め、新しいことにも恐れずに挑んでいきたいと考えています」(藍澤氏)

 

その「新しいこと」とは何か。

「今、株式市場は世界的に低迷し、従来型の証券業務にも限界が見え始めています。いっぽうで、人生100年時代を迎え、人々の価値観の多様化や人材の流動化など、個人の意識も変わってきました。会社にとっても個人にとっても大きな変化が突然やってくる。つまり、変化の激しい時代なのだと感じています。そうした時代に生き残るべく、現在、取り組んでいるのが、トップマネジメントチームを軸としたチーム経営制の導入とそれに象徴される経営手法の変革です」(藍澤氏)

 

トップマネジメントチームの構築

この新しい経営手法については、実は前社長であり、現会長の藍澤基彌氏の肝いりでもあった。

「当社は金融機関や教育機関などとの連携をこの数年間、強化してきました。そうした社外パートナーとともに、お客様一人ひとりのニーズや悩みに的確に応えていくためには、トップダウンではなく、より多くの知恵が集められるチーム制を形成するべきだと父は考えていました。私自身もリーダーひとりができることには限界があると思っています。また、これだけ多様な価値観が存在する現代において、リーダーひとりが常に正しい判断をし続けることも困難でしょう。ましてや、当社は昨年7月に1000人規模の企業となりました。だからこそ、チーム制によってボトムアップの比重を増やし、より多くの意見や多面的な価値観を反映させられる組織にしたいと考えています」(藍澤氏)

現代経営学の生みの親と呼ばれるピーター・ドラッカーはトップマネジメントを複数の人間によって分担する必要性を説いた。同社でも「マーケティング」「イノベーション」など8つの領域に対してそれぞれに担当役員を定め、企画・立案・実行までを責任を持って遂行するトップマネジメントチームの体制を構築していくという。その中でも藍澤卓弥氏が注力しているのが人材育成に関する領域だ。

 

「経営戦略においてマーケティングやイノベーションは事業が成果をあげるための2大機能であるとドラッカーは述べています。そして、その事業を推進するために必要な資源が人、金、物です。この3つの中で特に大事な要素となるのが人材であると個人的に考えています。そこでトップマネジメントチームの人事に関する責任者としてCHO(最高人事責任者)という役職を置き、私自身が担当することにしました」(藍澤氏)

 

CHOとはチーフ・ヒューマン・オフィサーの略で、経営戦略と一体となった人事戦略を行う責任者を指す。日本ではまだ馴染みの薄い役職だが、企業のビジョンや経営目的に則った人事を戦略的かつスピーディに遂行するために重要な役職である。言うまでもなく、従業員のパフォーマンスが悪ければ、どんなに優れた経営戦略があっても成功しない。だからこそ、同氏自らがCHOを兼務することとなった。

 

イノベーションの新しい生み出し方

さて、前述の「体験/経験をデザインする」のコンセプトが生まれた背景である。CIOである角道氏は次のように語る。

「従来の事業本部制では、営業ならお客様に商品販売をする、人事は社員のキャリア形成を考えるというのが基本でした。つまり、自分たちが見ている領域、自分たちが持ち合わせているリソースの領域が決まっています。なので、どうしてもその範囲内で発想したり、行動したりする、いわば見えない壁・制約がありました。役員の領域担当制を導入することで、組織の壁を超えて多角的に課題や問題を分析し、社内にあるリソースをクロスボーダーで生かすことができると考えています。

今回のようにお客様と従業員、双方の喜びを追求するために、CX-DとEX-Dを結合させるというコンセプトも、このチーム制、CHOとCIOという機能の連動から生まれたもので、こうした従来にはない新しいアイデアが今後も数多く生まれることを期待しています」

 

現在、行っている様々な変革について角道氏は次のように展望を語る。

 

「これまで当社ではお客様の課題を解決するためにさまざまなコンテンツやサービスを開発してきました。その中にはイノベーションもありました。しかし、その多くは偶発的に生まれ、ベクトルもほとんどが本部から現場への一方通行でした。これからは、組織的にも、あるいは社員発、さらにはご家族発の形でも、多面的にイノベーションが吹き出す形にしていきたいと思っています」

 

一口に「経営手法を変える」と言っても、事はそう簡単には運ばない。伝統ある企業ほど「変化」や「新しいこと」には消極的になるものである。しかし、それでもチャレンジする理由を改めて藍澤卓弥氏に尋ねた。「社員一人ひとりがこの会社で働くことで幸せになって欲しいと願っています。そして、そうした社員がお客様に本当の幸せをお届けするホープクーリエ、そんな企業でありたいと思っています。

それを実現するための施策がトップマネジメントチームの導入やCHO・CIOの設置、『体験/経験をデザインする』というコンセプトの具現化です。色々な課題に対して自走する組織であって欲しいと思いますが、まずは、これら一つ一つを着実に形にしていくことが私の直近の目標となります」

 

老舗証券会社「アイザワ」はこれからどんなふうに生まれ変わり、どんなふうにイノベーションを起こしていくのか。変化の激しい時代、新社長に就任した若きリーダーは次なる100年へ向け、今まさに揺るぎない一歩を踏み出したばかりだ。

 

藍澤卓弥(あいざわ たくや)
1974年、東京都生まれ。1997年に慶応義塾大学を卒業後、株式会社野村総合研究所に入社。2005年、藍澤證券株式会社に入社。2012年、取締役に就任後、2014年に専務取締役管理本部長、2017年に日本アジア証券株式会社の社長に就任。2018年7月、藍澤證券社長、COO兼CHOに就任し、現在に至る。

角道裕司(かくどう ゆうじ)
1958年、奈良県生まれ。1982年に大阪大学を卒業後、株式会社富士銀行(現・株式会社みずほ銀行)に入行。同行証券部長、証券・信託業務部長などを歴任したのち、2010年に藍澤證券株式会社に入社。常務執行役員などを経て、2017年に専務取締役戦略企画本部長、2018年に専務取締役CIOに就任し、現在に至る。

藍澤證券株式会社

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