勇ニシテ邪ナラズ

出羽山形57万石の初代藩主、最上義光の治世を評した「奥羽永慶軍記」の一節だ。長い戦で疲弊した農地を復し(治水利水の推進)、工業を隆らしめ(殖産興業)、その統治下においては、ほとんど一揆もなかったと伝えられる。華々しさでは甥の伊達正宗に遠く及ばない。

 

しかし政治的手腕、残した事績という意味では、その正宗をして足元にも及ぶまい。そんな義光の〝性〟を思わず彷彿とさせる人物に、同じ山形の真室川町で出会った。じっくりと紹介しよう。「企業は地域の雇用の確保、活性化のためにあります。経営者にはそのために企業を存続させる、絶対的な義務があります」と、いささかの衒(てら)いもなくキッパリ言い切る、山形メタル(山形県最上郡)の社長、庄司正人氏だ。

 

其ノ性、寛柔ニシテ無道ニ報ヒズ、然モ勇ニシテ邪ナラズ──。

 

5万㎡の敷地にズラリ一貫体制

おそらくご本人からすると、当然の決断なのだろう。しかし傍から見ると、先行きが不透明で経営環境のけっして良くないこの時期にあっては、何とも評し難いが、敢えてとなれば〝勇気ある決断〟とでも言うほかない。年商約11億円の、いうところの中小モノづくり企業が、実に約7億円もの巨費を投じてラインを全面的に再編するというのである。例えば大手製造業から新たに、長期の安定的な受注が約束されたというのならともかく、どうやらそういった気配もとくには見られないのだ。果たして成算はあるのか。正直、筆者が今回この会社に足を向けたのは、その疑問を晴らすためと言っていい。

 

結論からいうとしかし、その疑問は会ってほどなく解ける。まずは、その辺りの話から始めよう。

「最初に言っておかなければいけませんが、とくに昨日今日の思いつきで再編を決めたわけではありません。もう5年も前から計画していたことですよ」(庄司氏、以下同)

聞くとたまたまリーマンショック(08年)があり、昨年の大震災があったりしたため一時留保していただけで、今回の再編は、かねて〝予定の行動〟だというのだ。

 

「狙いは幾つかありますが、ひと言でいえば企業としてのステップアップですね。次世代にバトンを繋いだあとも、しっかりやっていけるだけの高い市場競争力を今から付けておかなければいけない、という強い思いが背景にあります。おかげさまで私どもも、あと1年と少しで創業40周年の節目を迎えます。その意味でも、今がそのいいチャンスだったのではないかと思っています」

 

今少し詳しく述べよう。

 

 

同社は建設機械や印刷機械、工作機械などの部品の板金加工及び塗装などを施すメタル事業と、建築用内外装パネルや金属建具などをつくって販売する新建材事業を、経営の二本柱としている。今回の再編はそれら、それぞれのラインの最新鋭化、合理化を進めるためのいわば社内改革で、車で50分ほどの新庄市で稼働してきた塗装部門の工場を、本社工場の隣接地に移すプランが中心になっているという。

すでに2万㎡余りに及ぶ隣接地の取得が決まっており、合わせて約5万㎡もの敷地に、すべてのラインが集約されることになる。

このことによって市場競争力がどう高まるのか。

 

「いろんな角度からシミュレーションしていますが、直接的なメリットだけでも、最低二つは見込まれます。一つは納期の短縮です。私どもの事業の性格上、塗装工程はほとんどすべての製品に係わってきます。

これによって設計から切削、板金、溶接、塗装、組み立てまでの一貫した設備とラインが、同じ敷地内にズラリと並ぶことになります。そうすると自ずと納期は短縮されますね。ご案内の通り、中小モノづくり企業にとって納期は命綱の一つと言っていいほど重要な要素です。

これだけでも大きな競争力になるのではないでしょうか。二つ目はそれによる物流コストの削減です。細かい数字までは申し上げ難いところがありますが、おそらく年間にして、数千万円に上ると思われます。もちろんその分は、回り回って顧客への売価や社員の待遇、将来のための研究開発費などに反映されることになるでしょう。これもまた大きな競争力になると思いますよ」

 

 

なるほど。そういう目算なら7億円は安いものだ。しかし、

「実はそれら以上に大きなメリットと言いますか、波及効果を、私は見込んでいます」

と氏は言う。どういうことか。

 

 

隠れたニーズをシステマティックに掘り起こす!?

「発注する側の立場になってみればよく分かりますが、これが隠れた多様なニーズをシステマティックに掘り起こしてくれるのです。例えば板金加工を依頼するつもりで工場にお見えになったとします。そのときに打ち合わせがてら設備をいろいろと見て回りますね。すると、なんだ、ここで塗装も組み立てもできるじゃないかと気付いていただけます。逆にこれまで塗装だけの依頼にこられていた顧客には、板金も溶接も、もっと言うと設計段階からここでできることを知っていただけます。要するに、目的によってそれぞれでしょうけど、ここにくればあれもこれもワンストップでできてしまうことが少なくない、と気付いていただけるんですね。これは顧客にとっての利便性アップに繋がることですから、私どもにとっても大きなアドバンテージになるのではないでしょうか。さらに今度は、そこから派生してもっと多様なニーズが見えてくると思うんですね。例えばこの技術とあの技術を組み合わせれば、こういう素晴らしい製品ができるじゃないかといった新しい発見です。つまり今回の一連の再編計画は、その多様なニーズを掘り起こし、しっかりと対応できるだけのオールマイティーなメタル加工・新建材メーカーとして、今からきちんと準備をし、踏み出していこうということです」

 

 

この考え方は大震災の前からすでに全社に浸透していたようで、3年前には早くも、分野の異なる幾つかの技術を融合する形で、画期的な製品を開発し、市場に送り出している。チタンなど金属の光触媒作用や、フッ素、ケイ素系物質の遮熱性、親水性等に着目して開発された、まさに時代にピッタリの、「ビュークリーンシリーズ」と呼ばれる超省エネ新建材(パネル)群である。ちなみにシリーズの最新版、「ビュークリーンエコ・GC」は、日照反射率が実に50%超(日本塗料検査協会調べ)だという。浅学にして筆者は、この数字がどれほどのものか知る由もなかったが、多くの専門家筋によると、〝これまでの常識を覆すたいへんな発明〟と、もっぱらの評判なのだ。

 

ただし、

「PRが下手で、なかなか皆さんに知っていただくことができないでいます」

と、氏は笑いながら頭を掻く。しかしそれも今回の再編を機に、学校や病院など、公共施設向けの提案営業を積極化していく方針を打ち出したそうで、これまでのところ首都圏を中心に、業界の反応は上々だという。関心のある読者は、是非とも同社ホームページ(別掲)をお訪ねありたい。

 

かつての〝一人勝ち志向〟では企業は存続できない

話は変わるが、氏は取材中に〝企業の存続〟という言葉と〝連係〟、そして〝次世代〟という言葉を、何度も発している。

 

「たまたま復興需要もあって今は少し持ち直していますが、これはいずれなくなることが目に見えています。問題は5年先、10年先を見据えて今何をやるか。このひと言に尽きると思いますよ。はっきり言ってもはや、大震災前、リーマンショック前と同じことをやっていては、到底、企業は存続できません」

 

 

1社か2社の大手メーカーに寄りかかり、その仕事だけでやっていけた時代はとうに終わりを告げている。今や自ら需要を掘り起こし、自ら商品を開発し、いつでもどこからでも受注できるだけの、優れたバランス感覚と柔軟性が、モノづくり企業の存続には不可欠だと言うのである。そのためにも必要なのが地域と企業、企業と企業の連携だと氏は強調する。

 

「もともと企業というのは、地域の雇用を創出し、守り、納税するなど、多方面から地域の活性化と発展に資するという社会的義務を負っています。企業は何としても潰してはならない、存続させなければいけないというのも、突き詰めればそういう理由からです。経営者の私的な事情で、動かしていいものではけっしてありません。そういう視点で考えればよく分かりますが、今のこの難局を乗り切るには、かつてのような一人勝ち志向の考え方、やり方では到底、存続は覚束ないことがはっきりしています。地域住民や地域の産業界とどう連携し、他の優秀な企業とどう連携するか。そのことによってどうWIN─WINの関係をつくるか。これが今後のこの国の、中小企業の命運を握っているのではないでしょうか」

 

ちなみに氏は、東北地方の主だった金型製作関連企業54社で組織する、東北金型工業会の会長職を努めるほか、もがみ北部商工会会長、山形県商工会連合会副会長としても積極的に活動しており、日々、地域の活性化には余念がない。その東北金型工業会の先回の総会の挨拶でも、氏は次のように述べている。

 

「今後も会員同士が一段と連携を図って、密な情報交換による人的なネットワークをより太くすることで、難局に立ち向かっていくことが重要になってきます。(中略)あらためて東北産業界の活性化、地域経済の発展に貢献していきましょう」

 

ともすれば聞き流してしまいそうなよくあるスピーチといえばスピーチだが、実際にフェイスtoフェイスでこの人に触れ、話を聞き、あらためて読み返すと、それが生来の〝性〟なのかも知れないが、覚悟のほどがヒシヒシと伝わってくるから不思議だ。

 

 

勇(よう)ニシテ邪(よこしま)ナラズ。

おそらくは冒頭で紹介した氏の〝勇気ある決断〟も、本を質せばそういうことに違いあるまい。昨今のいわゆる〝大会社〟の経営者連中に、一度は聞かせてみたいものである。

 

最後にまだ少し早いかも知れないが、後継者と事業承継についてどう考えているかを訊いてみた。

「今、社員が100ほど人います。これが多いか少ないかはともかく、後継者はこの100人とその家族、合わせて数百人の生活と将来に責任の持てる人でなければいけないでしょう。その意味では、必ずしも息子に継がせなければいけないとは思っていません。今、息子は東京で修業というか、将来のための研鑽をしていますが、もし社員の中にもっと次の経営者に相応しい人が現れてくれれば、迷わずそちらにあとを継がせることになるでしょうね。いずれにしても今はその後継者、次世代に胸を張ってバトンタッチのできる強い会社に私がすること、そのことしか頭にはないですけどね(笑い)」

とまれ筆者としては当分、この人とこの会社から目が離せそうにない。

 

庄司正人(しょうじ・まさと)

1951年生まれ、山形県最上郡出身。地元の高校を卒業後、約5年間家業の農業に勤しむも、23歳の年(1974年)に独立し、中堅電機メーカーの個人協力事業主として大滝電機を創業する。1978年、法人化を果たし代表取締役社長に就任。1995年、株式会社山形メタルに社名及び組織変更するとともに社長に再任。2009年、最上郡北部の4つの商工会が合併し、もがみ北部商工会が発足すると同時に初代会長に就任。他にも公職としては現在、山形県商工会連合会副会長と東北金型工業会会長職を努める。

株式会社山形メタル

〒999─5604 山形県最上郡真室川町大字釜渕字権現堂827─42

TEL 0233(65)2319