2018年、障がい者の法定雇用率が民間企業では2.0%から2.2%に、国や地方公共団体、特殊法人では2.3%から2.5%に引き上げられた。しかし、実際には令和元年度は民間企業が2.11%、国が2.31%、地方公共団体では2.61%と、いずれも障がい者の実雇用率は目標値には届いていない(※)。その背景には、「障がい者を採用したいが、受け入れ態勢がない」「障がい者に割り振る仕事がない」などの事情があるのではないだろうか。

そんな企業に注目してほしい会社がある。障がい者特化型BPO事業を手掛けるVALT JAPANだ。同社では、企業から発注された仕事を障がい者に割り振り、100%のクオリティにして納品する事業を行っているが、どのようにクオリティを担保しているのだろうか。また、目指す未来は何なのか。自身もかつて摂食障害になり、体調管理と仕事の両立に苦労した、同社の代表取締役 小野貴也氏に話を聞いた。

(※)厚生労働省「障害者雇用状況報告の集計結果(概要)」

<https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08594.html >

どんなにすばらしい薬ができても、障がい者のQOLは変わらない

ことのはじまりは、小野氏がある製薬会社で働いていた時代にさかのぼる。当時、拒食症と過食症を繰り返す摂食障害に悩んでいた小野氏は、うつ病や統合失調症など精神疾患を抱える患者の座談会に参加した。そこで初めて知ったのは、彼らには仕事での成功体験がほとんどないことだった。

「僕の当時のミッションは、良い薬を患者さんに届けることで患者さんのQOL(生活の質)を上げることでした。しかし、人生の大半を占める仕事の時間に成功体験が積み上げられなければ、今後どんなにすばらしい薬ができたとしても、患者さんのQOLは上げられないだろうと思ったんです。だから、『彼らが仕事を通じて成功体験を積み上げられる社会を作りたい』という想いひとつで起業しました」

 

そこで、はじめに富裕層をターゲットに秘書業務を行うための在宅コールセンター事業を立ち上げようとした。ところが、いざスタートしようというときに、融資が受けられず資金がショートして、事業がとん挫してしまう。コールセンターの実務経験もなければ資本金も少ない小野氏に、銀行が融資をしてくれなかったのだ。

ちょうどその頃、前職時代の知り合いを通じて障がい者施設の経営者と出会う。その施設では、パンフレットの封入などの単純作業を請け負っていたが、その経営者は「これからはパソコン・スマホを使ったIT系の仕事がトレンドになってくる」と感じていたという。そこで、試験的にそこの障がい者に名刺入力やプレゼン資料の作成などをしてもらったところ、小野氏の障がい者に対する先入観が一気に180度変わることになる。

 

障がい者でもクオリティの高い成果物ができると確信

「彼らからあがってきた納品物を初めて見て驚きました。こんなにできるんだと。メモ書き程度の文章をパワーポイントで起こしてプレゼン資料をつくる作業も、できるのかなと半信半疑だったのですが、完璧に仕上げてきた。『障がい者ってすごいパワーを持っているんだ。これはいけるぞ』と確信した瞬間でした」と小野氏は当時を振り返る。

これをモデルケースに、数多くの仕事を獲得すべく、ワーカーを増やしていこうとした。しかしここでまた次の壁にぶち当たる。片っ端から障がい者施設にテレアポを試みるも、ことごとく不審がられたのだ。

 

「電話をかけてると、責任者の方に代わってもらう前に、電話の向こうから『なんかIT系の仕事の仲介やさんって言ってるけど、なんか怪しくない?』っていう会話が聞こえてくるんですよ。それでことごとく断られました。そこで、ある時、ダイレクトに『仕事を発注したいんですけど』という切り出し方に変えてみたら、相手の反応が全然違ったんです。『発注します』と最初に言ったことで、当社のウェブサイトを見てもらえたり、ビジネスモデルを知ってもらえることも増えました。話の順番ひとつで相手の理解度が変わるのだとつくづく実感しました」

そうして100名、200名と着実にワーカーを増やしていった。現在では登録者は7000名を突破し、月間500名ほどが稼働しているという。今後5年で、登録者数を50万人にするのが目標だ。

 

障がい者雇用で社会的責任を果たしたい企業を下支えする

小野氏によれば、多くの経営者や経営幹部は、「これからの時代、競争力をつけるためには多様な人材の活用が必要だ」と感じているという。男女平等に活躍できることはもちろん、LGBTや外国人、障がい者も活躍できる機会を与えることが、企業の果たすべき社会的責任であることも。しかし、障がい者雇用をしている企業では、障がい者には単純作業を任せる会社が多々ある。今後RPAやAIが台頭してくるだろうと言われる中で、障がい者に与えられる仕事はますます減ってくる。

「法定雇用率上がり、雇用しなければならない障がい者の数が増えるが、何の仕事をさせていいかわからない」という状態になったときにこそ、VALT JAPANに声をかけてほしいと小野氏は言う。

 

「僕らはこれまで、BPOで最先端の仕事を400種類以上受注してきました。なので、『御社でこれから力を入れるべき事業ってこれですよね?たとえばこういう作業ありませんか?』と提案できます。それとあわせて、僕らのワーカーさんが出している数々の成果についてお話をすると、人事の方も『うちも何かできるかも』と希望が見出せるわけです。そういう意味で、企業がほんとにやりたい障がい者雇用の未来づくりを一緒になって作れることが、僕らの強みだと思います」

 

実際に仕事を受注して、障がい者が手掛けた成果物を納品すると、義理ではなく心から感謝されるという。そうすることで、就労困難なすべての人たちが、仕事を通じて自分自身の存在意義を強く感じることができるのだ。「これをずっと実感し続けられるような社会を作りたい」、その想いを詰め込んだのが、次に紹介する新事業の「ネクストヒーローシステム」だ。

 

体調管理ができて職務満足度も得られる!ネクストヒーローシステムとは

5~6年の間、BPO事業を続けているうちに、「実務経験を積んだらスキルと経験値をフルに発揮できる企業に就職したい」と考える障がい者が徐々に出てきた。就職するには、まず体調管理が自分でできるようになることが必須だ。そして、実務経験のみならずスキルアップも必要になってくる。そう考えた小野氏は、先行投資として障がい者が体調管理の技術とスキルの両方を高められるシステムを開発した。

ログインをすると、今日はどのような仕事をどれくらい、何時間したのかについて日報が書けるようになっている。もうひとつ、健康状態を報告する機能もついているのだ。すると、仕事量と稼働時間、健康状態がデータになって「見える化」される。また、スキルアップトレーニングを画面上で受講できる機能や、お仕事を受注するためのクラウドソーシングのような機能も標準装備されているのも魅力的だ。

スキルアッププログラム(α版)

そして最近、自分で自分の体調管理ができる「体調管理の自立度」と「職務満足度」の2軸を両方高めていくための機能である「ネクストヒーローゾーン」も実装した。これは体調管理の自立度を縦軸、職務満足度を横軸にとって関数のグラフのようにし、就職するには両方が一定以上のレベルになるゾーンに入らなければならない、というシステムだ。そのゾーンに入れるよう、VALT JAPANでは、読み物や動画、体調報告機能など、彼らの体調管理の自立度や職務満足度を高めるためのタスクを全て用意している。ここで日々蓄積された毎日のデータを企業の人事担当者に共有することで、採用前に双方の相性をスクリーニングし、マッチングができるというメリットもあるのだ。

NEXT HEROゾーン(β版)

今、地方自治体でもネクストヒーローシステムを導入しようとする動きがある。鎌倉市では、市役所で働く障がい者を対象にした実証実験が2019年10月からスタートした。鎌倉市は今、市で雇用されている障がい者を2000人にしようという「障害者二千人雇用事業」を実施しているのだ。実際にネクストヒーローシステムを市役所で働いている障がい者の方々に活用していただき、職員から「こういう機能をつくってほしい」「もっとこれはこうしたほうがいい」などさまざまなフィードバックをもらっているという。

 

「市役所で試験的に導入することで、属人的ではなく、しっかり再現性のある、最適化された、そして合理性をもった障がい者雇用のモデルをつくる。そして、今後は中小企業にも障がい者雇用を促し、活性化させることが目標です」と小野氏は将来を見据えて述べた。

 

障がい者・難病患者など就労困難者が日本経済をひっぱる存在になる

障がい者の登録者数も受注数も順調に増やしていっているVALT JAPANだが、今後はどういう未来を目指すのか。

「BPOの世界では、納品物を100%に仕上げることさえできれば、障がい者も健常者も関係なく働ける。こんなに平等で公平な世界はありません。であれば、障害のある人たちが力を合わせてこれらの仕事を手掛けていくのはすごくカッコいいことだと思うし、彼らもそれに生きがいや誇りを感じることができます。僕自身も摂食障害を持ちながら仕事をしてきたので、体調管理と仕事の両立がいかに大変か、よくわかっています。だからこそ、就労困難な方々を物心両面でサポートすることで戦力的パートナーに育て上げ、日本経済を引っ張っていくような存在にすることが僕らの目標です。」

【プロフィール】

小野 貴也

大学卒業後、新卒で大手製薬会社に入社し、MRとして精神疾患系の医薬品を担当。たまたま参加した精神疾患の患者向けの座談会で、彼らには仕事の成功体験がほとんどないことにショックを受け、障がい者など就職困難な人たちが仕事を通じての成功体験を得られる場をつくるべく、起業。以来、7000名以上のワーカーをまとめ、400種類以上の仕事をクライアントから受注している。「障がい者みなし雇用制度研究会」にも外部委員として参加。

VALT JAPAN株式会社

設立:2014年8月1日

本社所在地:〒104-0061 東京都中央区銀座5-6-12 みゆきビル7F

TEL:03-5774-2131

FAX:03-5774-2132

事業内容:

・障がい者特化型BPO事業

・オンライン定着支援事業

・仕事と体調の両立支援システム「NEXT HERO」運営事業

・CSR・CSV*推進支援事業(CSV=Creating Shared Value(共通価値の創造))

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08594.html

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08594.html