美食訪問 – ラ ジュネス代官山

文責:塩入千春

 

 

「ラ ジュネス代官山」は、正統派フランス料理を格式張らずに楽しめるレストランである。

都会的で清々しくエレガントな雰囲気の中に、東京でありながら関西風のやわらかさや心の温かさも感じる。

ジュネスとはフランス語で青春を意味し、黒田善孝オーナーの熱い思いが込められている。

 

黒田氏は大阪出身の黒田電気創業家元社長であり、

長年の夢であったレストランを2011年11月1日に東京代官山にオープンさせた。

小久江次郎総料理長が神戸ポートピアホテルを定年退職するまで待ち続けて口説き落としたそうである。

 

オープンしてまだ間もない頃、こちらでプライベートな勉強会を開催させて頂いたことがある。

小久江氏にフランス料理についての講話をお願いすると快く引き受けて下さった。

その時に受けた感銘は今でも懐かしく憶えている。

 

「フランス料理の特徴を教えて下さい」との質問に、

「フランス料理を理解するには、フランスの文化や歴史を理解しなければならない」と小久江氏は答えた。

フランス料理について語り始めると、その一言一言の重さに圧倒され、

思い掛けない奥深さにこちらも考え込んでしまう。

それは料理に人生の全てを掛けてきた重厚さと深淵さを感じるからであろうか。

 

我々は容易に物事を理解したがり、簡単に本質を知りたいと思うのだが、

シェフになって50年を迎えた巨匠である小久江氏でも、フランス料理の奥深さは一言では言い表せない。

まずは、フランス料理を食べてみて欲しい。

 

総料理長:小久江次郎氏(左)とオーナー:黒田善孝氏

 

 

小久江氏の料理は、お皿をキャンバスにして自由に描かれた芸術作品のように色鮮やかで美しい前菜から始まる。

料理全体にその優しく繊細で真摯な人柄が感じられる。

軽やかでありながら基本を忠実に守る正統的な味わいが絶妙である。

昔はフランス料理の伝統を厳格に守ることや、

師匠であるアラン・シャペル氏のレシピから絶対に外れないことが小久江氏の使命であった。

しかし、今は自らの発想を色々と取り入れることが自由にでき、それが楽しいと語る。

その発想は意外にも海や石や自然の中から思い浮かぶのだと言う。

普通の石を眺め、この形は何だろうと考え、それをいつの間にか素晴らしい料理に変えてしまう。天才である。

 

今の日本には本格的なフレンチレストランが数多くある。

かつてはフランス王国の宮廷料理であった正統派フランス料理は、

現在も各国での外交儀礼時に正餐として重要な役割を果たしているが、

このように一般社会においても本当に身近な存在になった。

 

フランス料理だけでなく、日本には和食を始め、

イタリア料理や中華料理など各国の料理が広く普及しており、そのレベルも高い。

我々日本人はその恩恵に気付いていないかもしれないが、

これほど一般社会で食文化に恵まれている国はおそらく世界中で日本しかないと思える。

 

本国のフランスでも現在は、人々が食事に掛ける時間は短くなり、健康志向の高まりや、

コストが掛かり過ぎるなどの理由で伝統的なフランス料理は人気が低下している。

そして、厨房の中は非常に重労働であるためシェフを目指す若い人も減り、外国人のシェフが増えているそうである。

外国人の中でも、日本人の持つ繊細さはフランス人の繊細な感覚に近いため、日本人のシェフは好まれるらしい。

そうなると、日本のフランス料理の方がむしろ正統派の伝統を受け継いでいるところがあるかもしれない。

しかし、日本でもフランスと同様に、伝統的なフランス料理はコストが掛かり、レストラン経営が難しくなっている。

 

こうした正統派フランス料理界で、「ラ ジュネス代官山」は極めてユニークな挑戦を続けるレストランである。

黒田氏は、それを一つの新たなジャンルとして「ミュージック・フレンチ」と名付けた。

サービススタッフは、ミュージックタイムになるとオペラを歌ったり、

楽器を片手に本格的な演奏を始めたりするのである。

サービススタッフの採用に際しては、音楽も出来る事を条件として、人間性も含め厳しい入社試験を行っている。

彼らは大好きな音楽を学び、マナーや教養も身に付けた素晴らしい人材であるのに、残念なことに音楽の仕事が無い。

そんな彼らを見て何とかしてあげたいと思った。

それならば、レストランでサービススタッフをしながら演奏する機会があれば一石二鳥ではないかと。

そう考えた黒田氏は、フランス料理界で前代未聞の挑戦を成し遂げたのである。

 

しかし、クラッシック音楽もまた伝統の厳しい世界であり、それぞれの個性やこだわりを考えると、

スタッフをまとめるのも容易ではなかろうと想像される。

それでも、黒田氏は常に何か工夫は出来ないかと考え、新たな発想を次々に試みている。

黒田氏の人脈の広さから、秘かに著名人が数多く訪れており、有名シェフとの美食の饗宴、

往年のスターや宝塚OGの方々のイベントなどが開催されることもある。

 

ちなみに、ビストロ&バーの「ジュネスブルー」が併設されているので、

気軽にお店の雰囲気を見てみたい方にはこちらもお勧めである。

お酒とともにカジュアルにフランス料理を楽しむことができ、女性好みのリーズナブルなアフタヌーンティーもある。

テラス席はペットもOKで、夏にはテラスでバーベキューもできる。

テキーラ好きな男性は、明け方5時まで頑張っているテキーラマイスターと一度語り明かしてみては。

 


ラ ジュネス代官山/オーナー:黒田善孝(くろだ・よしたか)氏

〒150-0033 東京都渋谷区猿楽町11-1 ラ・フェンテ代官山アネックス2F

TEL 03-6416-4141/FAX 03-6416-4140

 

ラ ジュネス代官山HP  http://lajeunesse.jp/

ジュネスブルーHP http://lajeunesse.jp/jeunesse_bleu/

 

総料理長:小久江次郎(おぐえ・じろう)氏 Profile

1947年静岡県袋井市生まれ

1965年ロシア料理店 レストラン「バラライカ」入社

1970年大阪万博博覧会 アルゼンチン館 勤務

1971~1973年渡仏

1974年大阪ロイヤルホテル入社

1981年神戸ポートピアホテル開業に伴い入社

ミシュラン3ツ星「アラン・シャペル」の神戸店オープンのためフランス・ミヨネー本店アラン・シャペル氏師事、再度渡仏

1988年フレンチレストラン「アラン・シャペル」副料理長就任

1991年「レヴァンテ」料理長就任

1995年「アラン・シャペル」料理長就任

2006年「エスコフィエ」称号受賞

2008年「神戸マイスター」認定

「アラン・シャペル」エグゼクティブシェフ エスコフィエ地区担当委員

トックブランシュ国際クラブ関西支部理事

神戸フランス料理研究会 前会長 全日本司厨士協会関西地方兵庫県本部副会長

2011年「ラ ジュネス代官山」 総料理長就任、現在に至る

 

〈著者〉塩入千春(しおいり・ちはる)

理学博士。京都大学理学部卒。京都大学理学研究科修士課程修了。

総合研究大学院大学博士課程修了。理化学研究所研究員等を歴任。趣味はフランス料理、愛犬。

 

 

◆2017年5月号の記事より◆

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