ƒvƒŠƒ“ƒg学校と企業を行き来しながら、座学と実務訓練を長期に行う、ドイツ生まれの「デュアルシステム」が日本の専門高校に導入されてから12年。

もともと高卒者の就職率向上と、中小企業の人材不足を解消する目的で始まったが、いまやその効果も活用法も多様化し、地域全体を巻き込んだまちおこしにも活用されている。

そこで各地で定着しはじめた、デュアルシステムの活用の実際とポイントについて実例を挙げながら紹介していく。

 

‚¨‚Ñ2

成長を見守る喜びが、デュアルシステムにはある

◎都立北豊島工業高等学校編/株式会社ヒカリ

 

◆取材・文:富樫のぞみ

※都立北豊島工業高校の過去掲載記事はコチラ

 

ds_hikari01

実習生を見守る高橋会長

 

 

 

学生たちのパワーに驚きの連続

ds_hikari04美理容ハサミの製造からメンテナンスまで一貫して行う株式会社ヒカリ。技術の粋を集めて造られるハサミは、まさに芸術品。切れ味、使い心地、刃面の美しさ、どれをとっても一級品だ。

いったいどうしたらこんなハサミができるのか、その作業風景を一目見るべく訪れるインターン生や企業も数多い。ところが、ことデュアルシステムにおいては「驚き」の連続であると高橋一芳会長は振り返る。

 

 

 

最初に来た実習生は女性。「職人は男」という既成概念が打ち崩された

―デュアルシステム参加のきっかけは?

 

北豊島工業高校の先生に、偶然お話をいただいたことがきっかけでした。

「ちょっと生徒たちに、会社見学させてあげてください」「どうぞどうぞ」なんて、随分気軽に引き受けたのですが、いざデュアルシステムが始まってからは、そんな甘い考えではいかんぞと思い知らされました。

学生たちは本気ですよ。怪我などしないように、刃物には触らせないなんて言ったら、大ブーイングです。

彼らは自分の技術と、今後の人生をかけて私たちの所へとやってくる。だからこそ、こちらも全力をもってその気持ちを受け止めたいではないですか。

こうした経緯もあり、デュアルシステムの子には、新入社員とほぼ同じ内容を教えています。その子の適正や希望を見ながら、無理のない範囲で実際に作業も体験してもらうこともありますよ。

事故や怪我がないようにと周りはハラハラするばかりなのですが、学生さんのパワーはすごいですね。我々のつまらぬ心配なんて、ひょいと乗り越えていってしまいます。

 

―デュアルシステムの中で、印象深い出来事は?

 

どの子たちも皆、印象深いですね。初年度のデュアルシステムに参加してくれた生徒さんは、女の子でした。もちろん事務ではなく、技術職が希望です。

正直に申し上げまして、ずいぶんと心配しました。弊社は創業して今年で50年近くなりますが、職人たちは男性だけ。刃物を研くとなれば指先も痛くなりますし、本当に大丈夫かと職人たちともずいぶん話し合いました。

ところが、これもまた杞憂だったんですね。いざ教え始めたらすごいんですよ。彼女自身の才能によるところも大きいと思うのですが、通常であれば5年以上かかる技術をわずか半年で覚えてしまったんです。

 

彼女にお願いしたのは、キューティクルニッパーの刃合わせです。

爪の生え際に見える、ほんの1、2ミリ程度の甘皮を処理するためのハサミですから、ミリ以下の繊細な調節が必要となります。技術と集中力が要求される作業です。

これをあっという間に取得してしまったんですから、感嘆しきり。彼女はそのまま入社し、今や常連のお客様も認める腕利きの職人です。

 

今年の実習生である高橋君も、才気あふれる子。大変な負けず嫌いで、夢や目標に向かって努力を惜しまない長所も持っている。この夏休みも部活後には、毎日顔を出してハサミを研いでいました。

熱意ある若者たちの姿はいいものですね。見ているだけで励まされますよ。

 

―若い人材を育てるための秘訣とは?

 

職人の世界では「見て覚えろ」がいまだまかり通ってしまう所がありますが、これはいけません。一人前になるまで、10年、20年かかって当たり前の思想では、世の中に置いて行かれてしまいます。

技術は一つずつ、分かりやすく教えることです。それこそお茶を飲み、お菓子でもつまみながら、ワイワイ話をする感覚が一番。こうしたやりとりの中で、信頼関係は築かれます。そうなれば跡を託すのみです。

弊社は今年、社長の代替わりをいたしました。3代目社長の伸一は、ヒカリのハサミを世界一にするべく、国内外を飛び回っています。

近い将来には、私たちのハサミはさらに面白く、進化を遂げることでしょう。私も負けじと、頑張らなければいけませんね。

 

 

実習生にインタビュー

◎北豊島工業高校3年 高橋君

ds_hikari03金属加工に興味があり、都のコンクールで受賞歴もあるという高橋君。デュアルシステムではヒカリへの実習を強く希望。通常の実習内容に加えて、夏休み期間も毎日のように作業に励んでいたという。

デュアルシステムへの参加理由や、実際に参加するなかで感じたことを聞いた。
―実習先としてヒカリを選んだ理由は?

 

ヒカリさんを知ったのは、自分が高校2年生の時、授業の一環として開かれたセミナーがきっかけでした。ものづくりをテーマに企業の方が来て話をするというものでしたが、その時にヒカリの会長さんが、ハサミを見せてくれたんです。

刃面は何色にも輝いているし、通常あるはずの刃幅がほとんど見えない。こんなハサミがあるのかと、本当に驚きました。

「あのハサミを造る人たちに会いたい」とずっと思っていたので、ヒカリさんに実習に行けることが決まった時にはとても嬉しかったです。

 

―実習ではどんな作業をしているのか?

 

ハサミ製造のなかでも最初の工程である『幅あわせ』を行っています。工場で作られたハサミの原形は、刃がえぐれていたり、刃線に乱れがあります。これを研磨し、整える作業です。

ところがこれが、ぜんぜん上手くできないんです。週に1度の実習だけだと、少し感覚をつかんでは忘れてしまう。

今思うと本当に失礼なのですが、「自分ならすぐできるようになるだろう」と実習当初は思っていたので、本当に悔しかったです。

だから会長や先輩たちにお願いして、夏休みの間は特別に毎日練習のために通わせてもらいました。

周りの先輩たちのやり方を真似したり、自分なりに試して、夏休みも終わりの頃には、ついに製品として採用してもらえるハサミができるようになりました。

でも自分としてはぜんぜん、満足していないですね。あえて自分に点数をつけるなら、100点中25点。

今自分がやっている作業を、ベテランの社員さんは1日に100本こなすことができます。でも自分は、25本がせいいっぱい。だから25点です。早く先輩たちに追いつきたいです。

 

―実習中の雰囲気は?

 

ds_hikari02作業場で働く社員の皆さんと一緒に(後列左から2番目が高橋君)

会長さんや職人さんたち皆、気さくでとても優しいです。年齢が近い先輩たちと一緒に食事をいただいたり、プライベートな話をすることもあります。

作業についても丁寧に教えてもらえますし、なにより褒められると「よし、頑張るぞ」ってやる気が出てきます。

本当にデュアルシステムの日程を増やしてほしい。それこそ毎日通いたいって思っています。

 

―卒業後の進路は?

 

まだ卒業まで時間があるけども、できればヒカリさんに入社したいです。

先輩方からもお誘いをもらっていますし、なによりハサミ造りがすごく楽しい。金属を削ったり、磨いたりする音を聞くのが好きです。「匠」と呼ばれるような職人になることが自分の夢です。

 

 

オビ 特集


◉プロフィール

高橋一芳(たかはし・かずよし)氏

1951年生まれ。新潟県出身。代々続く理容師の家に生まれ、自身もまた理容師としてのキャリアを持つ。有限会社光刃物研究所では、創業者である父と共に理美容ハサミの研究に没頭。その技術の結晶である「ヒカリのハサミ」は、国内外で大ヒットし、世界のプロに愛用される製品となった。1985年、製品の販売拠点として株式会社ヒカリ・プロダクツ・ジャパンを設立。2000年に光刃物研究所と合併し株式会社ヒカリへ改組。代表取締役社長を務める。現在は息子の伸一氏に社長業を譲り、会長を務めるとともに後進の育成に力を注ぐ。

 

◉株式会社ヒカリ

〒173-0034 東京都板橋区幸町25-8

TEL 03-3973-1626

http://www.hikari-scissors.com/

 

 

 

◆2016年10月号の記事より◆

WEBでは公開されていない記事や情報満載の雑誌版は毎号500円!

雑誌版の購入はこちらから