その原状回復に環境破壊の恐れあり

地球に優しい「サステナビリティ オフィス移転」が新時代の選択肢

 

企業にとって地球環境へ配慮した取り組みは、もはや「義務」と言っても過言ではない。ところが、年間25万社以上が行うオフィス移転に関して、これまで環境の観点から着目されることはなかった。

「実は原状回復工事には無駄が多く、これを見直すことで地球温暖化対策への貢献、ひいては大幅なコスト削減が実現できるんです」。そう語るのは、一般社団法人「RCAA(原状回復費・適正化協会)」(東京都千代田区)の代表理事・池田文夫氏だ。

2017年7月号の特集「その移転費用、適正価格ですか? もったいない精神で原状回復」に続き、同協会の取り組みに迫った。

 

環境負荷が見過ごされてきた原状回復

オフィス移転の際、慣例的に行われる原状回復。しかし、環境保全の観点から、そのあり方が問われ始めている。問題提起をするのは一般社団法人「RCAA(原状回復費・適正化協会)」(東京都千代田区)。

 

2013年の任意団体設立以来、原状回復費の適正査定を通じ、オフィス移転における環境負荷への低減に貢献してきた団体だ。一般社団法人化を機に、8月3日、都内にて設立発表会が開かれ、会場にはビル管理会社や工事施工会社のほか、オフィス移転を計画するテナント企業など250名にもおよぶ関係者らが集った。

 
最初に登壇した代表理事の池田文夫氏から事業目的が次のように語られた。「地球環境のサステナビリティ(持続可能性)を損なわないオフィス移転を実現し、日本に古くからある〝もったいない精神〟によって原状回復を行うこと、それが当協会が掲げる最大のミッションです」。

 

一般社団法人 原状回復費・適正化協会 代表理事/池田文夫氏

 

現在行われている一般的な原状回復には無駄な工事が多い。つまり、それだけ環境に負荷がかけられていることを意味する。

 

「例えば、原状回復で行われる壁の仕上げ材や床材の貼り替えは、その約35%が新たな入居テナントによって再び貼り替えられています。あるいは、せっかく設置した高額なセキュリティゲートをもともとあったような通常の扉に入れ替えるというように、グレードアップした設備をわざわざ壊す、そんなことも当たり前に行われています。

利用できる設備を新たな入居テナント様がそのまま引き継げば、環境保全につながり、撤去や設置にかかる費用も削減できるのです。全国すべての法人は平均約7年でオフィス移転をし、その数は年間で25万社を超えます。わずか7年で古くもない内装を借用時の状態に戻し、新たな工事を行う。果たしてそれが地球環境にやさしいと言えるのでしょうか」。

 

 

脱炭素社会を目指す世界の潮流

日本におけるCO2の排出量は建築分野が全体の3〜4割を占めると言われており、増加傾向には歯止めがかかっていない。中でも産業廃棄物の問題は深刻である。「原状回復工事で排出されるような建設廃棄物は発生場所が一定ではない、種類が多様であるなどの理由から、発生の抑制や再生利用がほかの廃棄物に比べて難しいとされています。

折しも東京では2020年のオリンピック開催に向け、湾岸地区を中心に再開発が進み、その規模は官民投資総額で10兆円超と予想されています。また、日本橋などの都心部でも大規模な再開発が進められ、産業廃棄物の問題は深刻化しています。オフィス移転をする年間25万社一つ一つの原状回復を見直すことができれば、確実にこの問題を解決する一助となるのです」。

 

日本政府は2008年に地球温暖化対策として「低炭素社会づくり行動計画」を発表、環境省主導のもと各業界における環境保全を促進するための「エコ・ファースト制度」を開始した。

 

2015年には、CO2の排出量を2013年度比で2030年までに26%削減する目標を世界へ向けて表明し、低炭素型の製品やサービスへの切り替えを促す啓発活動「COOL CHOICE」を国民運動としてスタートさせている。

 
こうした社会情勢や各種環境関連法の成立を受け、多くの企業では環境に対する関心を強めている。日本経済団体連合会(経団連)が2009年に行った「CSR(企業の社会的責任)に関するアンケート調査」によると、CSRの取り組みとして情報開示された項目のうち、もっとも多いのが「環境」であり、実に97%の企業が環境保護に対する自社の活動を何らかの形で紹介している。

 
「フランスで開催されたCOP21(第21回気候変動枠組条約締約国会議)でも、今世紀後半に世界のCO2排出量を実質的にゼロを目指す『パリ協定』が採択されました。

脱炭素社会を実現することは、もはや全世界をあげた目標なのです。しかし、原状回復は長い間、慣例的に行われてきたこともあり、これまで環境保全に関する取り組みが見過ごされてきました。スクラップ&ビルドの発想で原状回復することが見直される時期に差しかかっているものと我々は考えています」

 

地球にやさしい新時代のオフィス移転

同協会では第三者の立場で原状回復費の査定を行うほか、テナントの代理という形でビルオーナーとの交渉にも応じている。この日、二番目に登壇した常務理事兼事務局長の萩原大巳氏からは具体的な過去の事例とともに独自サービス「サステナビリティオフィス移転」について語られた。

 

一般社団法人 原状回復費・適正化協会 常務理事兼事務局長/萩原大巳氏

 

「利用できる内装設備をわざわざ撤去することなく有効活用する、そうした原状回復を承継する居抜きを、サステナビリティを実現するオフィス移転として、我々は『サステナビリティオフィス移転』と呼び、推奨しています」と同氏。

配布された資料には50事例がリストアップされ、そこには株式会社角川ゲームス、株式会社サイバーエージェント、株式会社ベネッセコーポレーションなど、そうそうたる企業名が並ぶ。
「例えば、インターネット関連企業の株式会社じげん様は、当初の原状回復費の見積もり5285万円から最終的な金額は1800万円にまで下がり、減額率約66%を実現しました。

つまり、それだけ不要な工事を省くことができたのです。このケースでは部分的な原状回復工事を行うことでビルオーナー様から同意を得て、同時に新しい入居テナント様を探した結果、じげん様と同業種の企業様が決まりました。

新たなテナント様は入居時の設備工事に6000万円ほどを想定していたそうですが、内装を部分的に利用することで三分の一に抑えられました。このように退去テナント様、入居テナント様ともにコスト削減のメリットがある、それが『サステナビリティオフィス移転』です。

もしも、新しいテナント様とのマッチングが不成立だった場合には〝もったいない精神〟でコスト削減を極限まで行った原状回復を実施します」。

 

件のリストには減額率99%を実現させた事例も紹介されている。「リアルネットワークス株式会社様の場合、次の入居テナント様がまったく手を加えずにそのまま内装設備を利用することになったため、看板を外す工事費用10万円のみで済みました。当初の見積もりは1469万円だったので約99%の減額率となり、大変に喜ばれておりました」。

 

 

地球環境は「待ったなし」の状況に

第1部の最後に池田氏が再び登壇し、改めて同協会の理念を語った。「私は富士銀行(現みずほ銀行)をはじめ、佐川印刷株式会社の取締役など、40年以上にわたりビジネスの世界に携わってきました。その中で一貫して抱き続けてきた思いは〝お客様に喜ばれ、世間のためになることをする〟というものです。

それは私自身の、そして当協会の理念でもあります。原状回復の世界は建築業界や不動産業界などいくつもの業界が縦割りで関わり、それぞれが権益で結ばれており、まさに岩盤と呼べるものです。

 

当協会の活動によってさまざまな摩擦が起こるものと思いますが、私たちは機略縦横に行動し、摩擦を恐れません。なぜなら、原状回復費を適正化することでお客様が喜ばれる。ひいては地球環境の保全にもなる。当協会の取り組みは多くの企業にとってCSRにつながるものだと確信しております」。
同協会ではさらなる環境保全への寄与を目指すべく、同協会に賛同する企業を募っている。それはオフィス移転を検討するクライアント企業をはじめ、そうしたクライアントと同協会を仲介する「紹介会員」、原状回復に関わる業務を担うビル管理会社や工事施工会社などの「業務会員」である。

「我々は脱炭素社会の実現を本気で目指しています。2013年に公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書では『人間活動が20世紀半ば以降に観測された温暖化の主要な要因であった可能性が極めて高い』と指摘しています。これは、近年、頻発するゲリラ豪雨、あるいは年々増加傾向にある熱帯夜といった異常気象が人為的な活動によるCO2の排出が影響している可能性を示唆したものです。もはや、不要な工事や産業廃棄物を無視できるような状況では決してないのです。

しかし、いくら声高に理想を掲げても我々の力だけでは脱炭素社会を実現することは不可能です。そのため、現在、当協会では我々のミッションに賛同してくださる方々を広く募っております。どうか、皆様、力をお貸しください」。

 

 

各種会員のメリットとは?

地球環境へ配慮した取り組みは企業倫理に適うものであり、企業イメージ向上といった効果も期待できるだろう。しかし、それだけでは各種会員を募ることは難しい。そこにはやはり、企業体として行動するだけの具体的な理由付けが必要だ。その点について池田氏は次のように解説する。

 

「原状回復を見直すことはオフィス移転クライアント様にとっては大幅なコスト削減につながります。削減されたコストは利益と同等の価値があります。つまり、これはバックヤードである総務や財務といった部署でも利益が出せるという意味なんです。業務会員様のメリットは、原状回復にはビル管理や賃貸仲介、各種工事、引越し、ITシステムの構築などさまざまな業種が携わります。

異業種とコラボすることで仕事の幅が非常に増えることになります。紹介会員様のメリットは、クライアント様との絆を深めることになります。ぜひ、当協会を営業ツールのひとつとして利用していただけたらと思います」

 

会員となった企業にはインターネットの情報を独自にクローリングして集めた移転リストを月に2回配布、同協会のミッションを実現すべく、オフィス移転を計画するクライアント企業に広くアプローチしていくという。

「移転企業様にとっても、業務・紹介会員様にとっても、そして、地球環境にとっても〝よし〟。まさに近江商人の心得である『三方よし』の発想で脱炭素社会を実現していきたい、そう強く希望しております。〝面白いことを楽しくやる〟それが我々のモットーでもあります。より多くの皆様が笑顔になれるよう、手を取り合いながら、原状回復における環境負荷への低減を実行していけたら幸いです」。

 

設立発表会の第2部では最後に同氏が述べた「楽しくやる」を裏付けるように異業種交流会が開催され、さまざまなビジネスマッチングが生まれた。そのにぎわいは同協会の順調なスタートを感じさせるものであった。

 

今はまだ広く世間に浸透しているとは言い難い「サステナビリティオフィス移転」だが、国を挙げて、世界を挙げて推進する脱炭素社会の実現へ向け、いずれ新時代の選択肢として認知されるようになるだろう。今回の設立発表会はそのスタートラインとなる。岩盤規制への果敢なる挑戦を感じた。

 

池田文夫(いけだ・ふみお)氏
1949年、福島県生まれ。国立福島大学卒業。1973年、富士(現みずほ)銀行に入行、新規企業開拓に従事。佐川印刷株式会社の取締役など数々の要職を歴任し、2017年、一般社団法人「原状回復費・適正化協会」の設立とともに代表理事に就任、現在に至る。
MOBILE:090-6828-3589
E-mail:ikeda@rcaa.or.jp

萩原大巳(はぎわら・ひろみ)氏
1957年、静岡県生まれ。日本大学卒業。
2004年、株式会社スリーエー・コーポレーション設立。2017年、一般社団法人「原状回復費・適正化協会」の設立とともに常務理事兼事務局長に就任、現在に至る。
宅地建物取引主任者、一級建築施工管理技士。
MOBILE:080-4196-8201
E-mail:hagiwara@rcaa.or.jp

一般社団法人 原状回復費・適正化協会
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