オビ 企業物語1 (2)

学生完全無料のコワーキングスペースYmix運営は何者?

◆取材・文:加藤俊

 

株式会社Ymix 石塚裕介氏 (1)

 

学生が無料で使えるコワーキングスペース「Ymix」が渋谷にオープン。打ち合わせの場所探しに苦労する学生団体の救いとなるか?

 

■学生は完全無料での利用が可能なYmix

学生団体の苦労といえば、打ち合わせの場所探し。数十人のメンバーが一堂に会せる場所というのは、なかなかないのが現実だ。懐寂しい財布を握りしめ大学内のラウンジや教室、公共の貸し会議室、ファミレスなどを彷徨する難民グループは多い。

 

そうした学生団体の悩みを解消すべく2015年10月、渋谷に新しいコワーキングスペースができた。場所は246沿い。宮益坂をあがった青山学院大学の直ぐ近く。学生が自由に使える、つながる、学べる場所「Ymix」だ。

「自由に使える」というそのコンセプト通り、学生は完全無料でスペースの利用が可能。席数は37席とそこまで多くはないが、高速Wi‐Fiやプロジェクター、本などの備品はかなりの充実度。しかし最大の特徴は何と言っても、運営者「石塚裕介」さんの存在だ。

石塚裕介氏 (2)石塚裕介氏 (1)「コスプレ好きなんです」と語る石塚さん。この日はクリスマスイブ。おそらく、トナカイに扮していた

「なんか変な人」「コスプレしてる……」「でも何を聞いても答えてくれる人」「デザインやマーケティング、HPの作り方、事業の進め方など何を訊いても答えてくれる人」。これらはYmixに来ている学生の石塚さん評だ。

 

 

■石塚さんとは……

遡ること2013年11月3日。多くの野球ファンが固唾を呑むなか、東北楽天ゴールデンイーグルスの田中将大投手が巨人の最後の打者を三振に討ち取った。マー君が歓喜のガッツポーズを決めた次の刹那、割れるような歓声が当時のKスタ(楽天Koboスタジアム宮城)を揺らした。楽天イーグルスの日本一の瞬間だ。

30分後、興奮も冷めやらぬままに楽天グループで史上最大規模で「楽天日本一セール」が開催された。「ポイント最大82倍」や星野監督の背番号にちなんだ「77%オフセール」など話題をさらったこのセールのことを憶えている人は多いだろう。

 

このセールでは、楽天グループ全体で日本一決定後30分以内にセールを開始したことも話題となったが、何を隠そうこの仕掛け人が当時楽天にいた石塚さんなのだ。30分と間をおかずして開催されたセールの裏側で各部署間の調整を行っていたそうだ。

 

いったい石塚さんとは何者なのか。楽天に勤めている人に聞くと、「あの石塚か」とそれなりに知られている様子。

どうやら「マーケティング、ブランディング、デザイン、開発すべてに精通している稀有な存在として三木谷社長や島田副社長に重宝された人物」のようだ。実際その経歴は眼を見張るものが有る。

 

 

■佐藤可士和さんのもとで学んだブランディング

石塚さんは1983年大阪府で生まれている。大阪大学大学院でロボット工学を学んだのち理系の道を捨てて楽天に入社していることから見るに、根っからの変わり種だ。

曰く、「研究費に窮する象牙の塔から外の世界を覗いてみたかった」とのことだが、楽天から期待された開発エンジニアになることは拒否、「開発の部署にいったら即辞める」と公言していたそうで、やはり変わっている。

結局望みは聞き入れられ、最初に配属されたのはグループマーケティング部だった。当時の仕事を石塚さんはこう振り返る。

 

「入社した2009年というのはまだインターネットでトラフィック量を調べることが難しかった時代でした。ぼくは楽天の中の全てのバナーを見て、どれが一番クリックされ購入されるのかを調べてガイドラインに纏めることをしていました。このガイドラインが後に全社でルール化され、その功績で楽天賞新人賞という社内賞を頂戴しました」

 

一年目にして実績をあげた翌年、楽天でブランディングを担っていた人材が退職し担当者が不在になった。そこで白羽の矢が石塚さんに立つ。島田亨現副社長から厳命がくだった。

ただ新卒2年目の人材だけでは覚束ないと、外部より当代きってのアートディレクター佐藤可士和さんが招聘される。

 

「佐藤可士和さんのサポートとして楽天のブランディング戦略を行いました。国内や海外展開をどういったサービス名やロゴで行っていくのか、数々の決定事項に関わらせて頂きました。例えば、現在の楽天のアルファベットロゴも三木谷、島田、可士和さんと一緒に決める過程に携わらせて頂いたのです」

 

ちなみに、佐藤可士和さんの人物評は「間近で見ているとその凄みというか、三木谷というアイデアマンが出したアイデアを肉付けしていく様が芸術的でした。0を1にするだけではなく、1を100に膨らますこともプロでした」とのこと。

 

 

■ビジネスの翻訳能力に長けた存在

「ぼくの強みというのは、ブランディングや戦略などの上層の話とその下のマーケティングやデザイン、開発といった話をそれなりのレベルで一人で行えるということにあります。各担当者と専門性の高い話が直接できる人材というのが社内でも意外と少なかったのです」

石塚さんがそう語るように数年後ブランドの部署が落ち着いた頃に、今度はマーケティングも兼務することに。そこでは上述した楽天日本一セールや楽天スーパーSALEやアプリ戦略などの担当を行っている。

 

結局、楽天には5年半いた。数々のサービス立ち上げ・運用に必要な知識やノウハウを持ったことが、Ymixで学生への適格なアドバイスができることに繋がっているのだろう。

 

しかし、これだけの実績をもった人が何故学生という全く儲かりそうにない領域でビジネスを行うことにしたのだろうか。石塚さんにインタビューした。

 

 

オビ インタビュー

株式会社Ymix 石塚裕介氏 (3)

コスプレをしていない時もある、普段の石塚さん。

 

石塚:お客様の声を直接聞きたかったんです。楽天は「エンパワーメント」をスローガンにして商圏と離れた地方の店舗などをネットを介してサポートしています。でもぼくはそうしたお客様と直に触れることはできませんでした。

身近な所で「ありがとう」を言ってもらえる、それが聞き取れる距離で誰かの手助けがしたかった。だから一旦外に出ようと思ったんです。

 

―支援する相手を学生にした経緯は?

自分がどの年代の人を一番サポートできるか考えてみると自ずと学生しかなかった。きっかけは、アイセックという国際交流系の学生団体の方との出会いでした。彼らの悩みを聞いているうちに、集客やコンサルのようなお話をすることが多くなったんです。

そのうち自然と他の学生団体も紹介してもらうようになり、Agestock(イベント団体)やSFF(フリーペーパー団体)、夢人(ボランティア団体)といった学生団体さんとも接点を持つようになったのです。

アイセック・ジャパン

学生団体アイセック・ジャパン青山学院大学委員会の記事『アイセック・ジャパン青山学院大学委員会|大企業志向の固定化したキャリア観がぶっ壊れる学生活動とは!?』

 

そうやって多くの学生さんと触れ合ううちにある確信が芽生えました。情熱を持って日本を変えていきたいと語る学生さん達の話を聴けば聴くほど、彼ら学生団体の支援が日本社会を元気づけることに繋がるという確信です。

それで実際に支援するにあたって当初はカフェで行っていたのですが、それでは一度に数人しか会えないので、もっといろいろな人と触れ合える場所を持とうと。それがこの9月のことです(2015年12月取材)。

 

―そこから高速で物件を見つけたと。この事務所は246沿いでビルも新しく相当高そうだが、現在の売上は?

現在は数社からコンサルや開発業務などをお願いされているのでそこで得た売上を充当しています。平日の昼間はだいたい様々な企業様との打ち合わせを行っております。

 

―学生が無料で利用できるスペースのため、どう考えてもビジネス的な展開は見込めなそうだが、何か考えがあるのか?

大学生の皆さんと究極のマーケティング会社を作りたいと思っています。こうしたリアルな現場で大学生と繋がり、支援していきながら、大学生にとっても良い経験や勉強となるような仕事を企業の方からいただいて、ぼくと一緒に解決する。世の中の企業の方にとってもその大学生の経験や価値が企業の助けとなる、そんな仕組みを作ろうとしています。

例えば「Y認定」のようなものを作り、一緒に仕事をして優秀だと感じた大学の方に、認定を付与する。その認定を持っている大学生は高い給料で新卒で就職できる。

そういった仕組みがあると、大学生にとっては大学生の間に学ぶ価値が出てくるし、企業の方にとっても、採用時の能力的な不安はなくなる、場合によってはマナー研修や初期ビジネス研修なども不要になり反対にコストが浮く、などの仕組みがあっても面白いかなと思っています。

 

―Ymixの意味は?

Yは「わーい」、人が喜んでいるポーズを指しています。一言で言えばハッピー。でもハッピーだとありふれているので、「わーい」にしようと。
その「わーい」がもっといっぱいあちこちで交わって、より大きな「わーい」につながる、mixされる。だからYmixなんです。

 

―スペースとして今後考えていることは?

こういったコワーキングスペースを増やしていきたい。学生が活躍できる場を提供していきたいです。学生が活躍することを通して中長期的に日本が元気になるという図式が見えているのでその支援を行っていきたい。

 

―利用企業へのメッセージは?

若者相手に商品を売りたい企業の方には直に学生と話す機会を提供できます。Ymixが繋げることも行っています。

例えば、学生団体と楽天レシピさんとをYmixが繋げて、共同キャンペーンなども実施する予定があります。バレンタイン特集で彼氏とか好きな人にプレゼントしたいケーキやチョコを撮影してSNSで拡散することを考えています。こうした学生団体さんと接点を持ちたい企業の方はぜひお声がけ頂きたいです。

あとは学生を支援するということを本気で思って頂ける方を募集しています。正直全くお金にはなりません。ボランティア精神がある方で(笑)

様々な共同キャンペーン企画や広告プランもありますので、是非、、、是非ご協力をお願いできましたら幸いです!

Ymix 資料

http://www.ymix.co/ymixmenu1601.pdf

 

■Ymix ユーザーの声

Ymixはオープンして2ヶ月しか経っていない。それにもかかわらず学生の口コミだけで利用人数は広がり、連日満員という日も多くなってきている。

筆者が話を聞いた明治大学の学生は、「本当に助かっています。学生団体の課題として、培ったノウハウをきちんと後輩に繋いでいくことができない難しさが挙げられます。石塚さんのアドバイスのおかげで、色々なスキルを学ばせてもらい、実際に会議のスペースとしても無料で活用させてもらえる。学生団体にとってYmixさんは心強い見方です」と語っている。

 

 

ここ2,3年、学生向けの「コワーキングスペース」が増えてきている。同じ渋谷で言えば、道玄坂の「CAMPUS PLUS」や新宿で学生が運営する「賢者屋」などが有名だ。

では、こうしたスペースとYmixとの最大の違いは何なのだろうか。それは学生に確かな「学び」を提供できるという点につきる。
石塚さんはだいたい週末と平日の夜にオフィスにいるが、その時には多くの学生が石塚さんにマーケティングや、プログラミング、デザイン、就活などの相談に訪れる。

また今後はビジネス講座や就活講座なども定期的に開催していくとのことだ。情報は随時公式ホームページに掲載されていくとのことなので、是非覗いてみて欲しい。

 

YmixのWebサイト

Ymix

 

石塚さん自身「学生さんにYmixを使ってもらえるのは、何かを学べる場ということへの期待に他なりません。この先も彼らが望み、成長できる場を提供し続けていきたい」と語っている。

「わーい」を世の中に広げることができるか、石塚さんからビジネスを学んだ学生達が飛び立つ未来が楽しみでならない。

 

オビ ヒューマンドキュメント

石塚 裕介(いしづか・ゆうすけ)…1983年9月大阪府生まれ。大阪大学大学院システム創成専攻修了後、楽天株式会社入社。楽天では、CEO三木谷浩史さんや、現副社長の島田亨さん、株式会社サムライの佐藤可士和さんらと楽天のブランディング戦略を担当。またスーパーSALEや、アプリ、ニュースなどのマーケティングを担当。2014年12月に楽天株式会社退社後、2015年2月に 株式会社Ymix設立して、現在に至る。

 

株式会社Ymix

http://www.ymix.co/

〒150-0002東京都渋谷区渋谷 2-10-15 NVI Bldg 4階