川村ミサキ 氏 株式会社ねこじゃらし 代表取締役 

 

株式会社ねこじゃらしこの一風変わった社名の会社が今、多くの映像クリエイターたちから支持されている。世に溢れる大量のデータを的確に管理し、有用なものにするために。川村代表の提供するクラウドサービスはクリエイターたちに「これが欲しかった!」と言わしめるものだ。

 

アイデアを生み出すインターフェース

「よく言われます。『変わった名前の会社ですね』って。確かにハイリスク・ハイリターンな名前かもしれません(笑い)」

 

そう話すのは、同社代表取締役川村ミサキ氏。この社名には由来がある。川村ミサキ代表の父は文芸評論家で法政大学の教授をされている川村湊氏。社名は父湊氏の命名だという。

「社名を決める時にどうしようか、と悩んで父に相談した時に出てきた言葉です。会社の理念に『遊び心』というのがあったので、それに相応しい名前だと思って命名しました」

 

会社の理念についてのお話の時、幾度も川村代表の口から出てきたのが『クラウドで人々をもっとクリエイティブにする』という株式会社ねこじゃらしのミッションだった。

同社が提供するサービス「JECTOR」は大容量ファイルを複数の人々で共有しコミュニケーションを取ることができるクラウドストレージだ。

「私自身、元々映像や音楽などを制作していたのですが、映像などはデータの容量が大きく、また付加される情報も多い。2000年代初頭の頃にはまだネットにそういう大容量のデータを共有したり送ったりできるシステムが無く、苦労していました。それで、だったら自分で作ってみよう、と考えたのがきっかけです」

 

では、なぜクラウドが人々にクリエイティビティをもたらすというのだろうか?

「データには『定型データ』と『非定型データ』の2種類があります。『定型データ』とはフォーマットが決まっていてデータベース化され、利用者が目的にするキーワードを入力・検索をかけると該当データが浮き出てくるタイプのデータです。

対して『非定型データ』は文書・画像・映像・音声・PowerPointなど様々なフォーマットのデータの集積です。一般的にコンピュータが処理しやすいのは『定型データ』のほうです」

 

しかし人間が理解しやすく活用しやすいのは「非定型データ」のほうなのです、と川村代表は言う。

確かに人が新しいアイデアを生み出していく時は、雑多な情報がインターフェース上に並べられている中のほうが発想しやすく、クリエイティブな仕事をしている人間の机の上は総じて整理されていないという統計もある。例えばアインシュタインの研究室の写真が残っているが、その机の上には書類が散乱している。

「クリエイターの思考方法としては、そういう一見情報が散らばっている中から必要なモノを抽出してくるのだと思います。ですから、そういうアイデアを生み出しやすいようなインターフェース、環境作りを心がけています」

 

現在2000社以上のクライアントを抱えている株式会社ねこじゃらし(JECTOR以外のサービスも含む)。その秘訣は川村代表自身のクリエイター志向から生まれた、ユーザーフレンドリーなサービスにあるのだろう。

「いわば、このサービスは写真やメモを貼り付けてあるコルクボードのようなもの」というその言葉にも、それが表れているようにも思えた。

 

クリエイティブな精神が育った少年時代

クリエイターが使いやすいモノを届けたいというその思いは、どんな環境から生まれてきたのだろうか。そのルーツについて尋ねてみた。

 

「幼い頃は父の仕事の都合で各地を転々とする生活を送っていました。物心がついた時には韓国・釜山で暮らしていましたし、その後も数年で引越しを繰り返す日々。そうなると友達とか作れなくて。それに、日本以外の国は個人主義が多い。『自分のことは自分でする』というスタンスで育ちました」

 

父の教育方針でファミコンを買ってもらえなかったという川村代表。しかしどうしてもゲームがやりたかった。

「それでプログラミングを自分で行い、ゲームを自作しました。当時はコンピュータの性能が低すぎて苦労しましたが(笑い)。そうしていく中で音楽や画像などゲームの中のモノを自分でデザインするようになって。そんなところからクリエイティブな精神が芽生えてきたのだと思います」

 

当時、MSXなどの安価な家庭向けコンピュータが各社より発売されており、それを用いてプログラミングを学び、ゲームを自作している者たちは多かった。現在第一線で活躍しているゲームクリエイターやIT経営者にはその時期にプログラミングに興味を抱き、学んだ人も多い。

 

自作のサービスで起業

東京大学文学部、そして法政大学工科大学院へと進んだ川村代表が起業したのは28歳の時だ。

「学生時代は『いつか起業しよう』という気持ちがあったわけではなく、先述のように映像や音楽の制作に熱中していました。当時も今も映像デザインなどを手がけている人の多くはマッキントッシュのコンピュータを使っているのですが、当時は映像素材をネットでやりとりするのに使いやすいサービスがなかった。

それで仲間同士で使うためにJECTORの前身となるマッキントッシュ用のクラウドストレージを自作したのですが、これが好評で。仲間たちからこれはビジネスにしてひろく多くの人に使ってもらったほうがいい、と言われた。それで会社を立ち上げたんです」

 

JECTORのユーザーインターフェース

 

もう一つ、起業のきっかけがある。

川村代表と同時期に東京大学に在籍していた人物に堀江貴文元株式会社ライブドア代表取締役社長がいた。堀江氏が東京大学に在学しながら設立した有限会社オン・ザ・エッヂで、川村代表はアルバイトをしていたことがあるという。

「有限会社オン・ザ・エッヂは、当時まだ10人くらいしかいませんでした。企業ホームページの管理運営などをしていたのですが、1990年代末の当時はそんなことをやっている会社が他に無くて。結構大きな会社からも仕事が来ていた。事実その会社は後にライブドアへと成長していくのですが、その様子を見ていてネットが世界を変えていくのが肌で感じられた」

ネット社会の黎明から発展期を見つめてきた川村代表には、それが秘めた可能性が感じられていた。

 

JECTOR 二画面再生

 

映像クリエイターから 絶賛される「JECTOR」

そんな経緯で出発した株式会社ねこじゃらしは、当初からクリエイターたちから高い評価をもって受け入れられ、急速にクライアントを増やしていった。

「すぐに数百社と契約を結ぶことができたのですが、当時の社員は私とアルバイトの二人だけ。映像クリエイターは時間に関係なく仕事をするので、例えば金曜日の深夜とかにサーバーの負荷が最大になったりする。そんな時にサーバーがダウンしてしまうとユーザーが仕事ができなくなってしまうので、慌ててオフィスに駆けつけて復旧したりしていました。その時はオフィスに来ると電話が鳴りっぱなしで(笑い)。

復旧するまで鳴り止みませんから遂には電話線を引き抜く。そうすると今度はファックスが止まらなくなって(笑い)。その時の経験から今でも常にパソコンを持ち歩いていて、いつでも使用状況を確認したり復旧作業ができるようにしています」

 

JECTOR コメント入れ

 

そんな苦労をしていたのも、提供するサービスが各方面のクリエイターから支持され活用されていたからに他ならない。

「現在、日活株式会社や株式会社東北新社など大手映像会社とも契約しています。これらの会社ではもう映像はテープを使わず、データのまま編集作業を行っています。また最近はHuluやNetflix、Amazon primeなどネット配信サービスの映画やドラマなども多くなっていますが、これらの映像作品にも弊社の『JECTOR』は多く利用されています」

 

現在Amazon primeで配信中の園子温監督のドラマ「TOKYO VAMPIRE HOTEL」も「JECTOR」が制作業務で使われた作品だ。

「園子温監督はこだわりが凄くて、全10回なのに撮影開始した段階ではまだ脚本が3話までしかできていなかったそうです。そうなると当然撮影スケジュールが厳しくなり、それに押されて編集作業の時間も少なくなってくる。そういう時にクラウド上であらゆるデータを管理することができて、またダビング作業をする必要もなくスタッフがクラウド上でデータのチェックや修正箇所の指示出しもすることができる弊社のサービスが活躍しました」

 

結果、わざわざ関係者を集合させる必要もなくなり各々が都合のいい時間・場所で映像を確認できるようになった。「個人個人が時間を有効に活用できるようにもなりますし、映像制作の仕事にありがちな時間外労働や不規則な作業を減らすことにも繋がりました」と川村代表は話す。

「最近、テレビ業界もテープ編集からデータへと移行してきています。こういう技術はまずコンシューマが利用し始めてからプロへと広がっていくものなので、映像制作の業界でもこの方法が今、主流になってきているといえるでしょう」

 

「データそのものの価値 はもっと高まる」

映像業界などでクリエイターたちがネット上での編集を主とするようになると今後、どういった問題が生まれてくるだろうか。

「まず全てのデータをネット上でやりとりするので、セキュリティの心配があります。第三者に流出し、悪用されないように細心の注意を払わないとならない。

弊社では細かい権限設定をできるようにしたりログ管理などを行って、多数のユーザーでも安心して利用できるセキュリティサービスを備えています。またクラウドバックアップサービス『Back Store』も提供しており、万が一データが消失してしまった際にも対処できるようにしています。データだけになるからこそ、データそのものの価値はこれからもっと高まっていきます。ですからそれに対処することも充分に考えていかないといけません」

 

近年、首都圏を中心に大規模データセンターの建設が相次いでいる。データセンターは空調やサーバーの維持などに大量の電気を消費するのがネックになっているのだが、その点についても、川村代表は目を配っている。

「データセンターは常時サーバーを冷やすために空調を運転させているので、その電気使用量は非常に大きなものになります。せっかくペーパーレス、テープ不要で作業できるようにしているのに、そういう点で省エネに逆行していては意味がない。いずれは設計段階から希望を盛り込んだ、省エネタイプのデータセンターを自社で持ちたい、という目標を持っています」

 

 

クリエイティビティを 刺激する

「価値観が大きく変わっている時代」と、川村代表は今を評する。

「インターネットの普及によって、世界中の人とオンラインで結ばれていますし、ネットをネイティブに使っている世代も世に出てきている。こういう人たちが繋がり合うことで今、新しい価値観が生まれてきている」

 

今後の展開についてはどう考えているのだろうか。

「Googleなどの会社は、個人がどんなニュースを見ているのか、SNSのどんな情報に『いいね!』を付けるのかを常に集積し、マーケティングに利用しています。これからはそういう膨大な情報の管理がもっと求められていく時代になるでしょう。……データはあくまで素材でしかありません。大事なのはそれをどう料理し魅力的なモノを生み出していくのか、です。これからも私たちは、そういった作り手たちのクリエイティビティを刺激し、支援できるものを生み出していきたいと考えています」

 

「昔、映画のアカデミー賞でテープの会社が技術賞を取ったことがあるそうなので、いつかこのサービスでアカデミー技術賞を取ってレッドカーペットを歩く!そんな夢を冗談半分に社内で語り合ったりしていますよ(笑い)」と話す川村代表。

 

常に最先端について考えながら、そこに無邪気な「遊び心」を潜ませている。そんな川村代表の姿に、株式会社ねこじゃらしの持つ精神が見えた。

 

<プロフィール>

川村ミサキ

1978年、千葉県生まれ。東京大学文学部卒、法政大学工科大学院理工学研究所修士課程修了。2006年、株式会社ねこじゃらしを創業し、代表取締役に就任。

 

<企業情報>

株式会社ねこじゃらし

〒104-0045 東京都中央区築地3-7-1 TSUKIJI GRANDE 5F

TEL:03-6234-9635

03-6234-9434

URL:www.nekojarashi.com