obi2_column

再現性のない特許明細書でも特許になるの?

◆文:伊藤信和(弁理士・諏訪坂特許商標事務所)

 

小保方晴子博士らによる新型万能細胞「STAP細胞」の論文に関して、4月1日の理化学研究所の調査委員会の発表では、捏造にあたる研究不正行為があったと指摘されました。この「STAP細胞」の作成に関する国際特許出願(PCT出願)があります。この出願内容は、国際公開公報WO2013163296として公開されています。小保方晴子博士も発明者として名前が載っています。

PCT出願する際には、請求の範囲(権利範囲)、出願明細書、要約書及び必要な図面を添付して出願します。特許明細書には、どの程度の酸性度(pH)で細胞を刺激すると良いかの実験結果が載っています。下記に国際公開公報公報に掲載されていた図面を載せます。ちなみに、これらの図面(写真)にも捏造があるか否かは知りません。

伊藤コラム図2 伊藤コラム 図

ここで、国際特許出願(PCT出願)という制度について簡単に説明しておきます。これは、特許協力条約(PCT)に基づいた制度であり、多数国への出願を容易にするために、一つのPCT出願しておくとPCT加盟国に同時に出願した効果を得られる制度です。しかし、各国で特許を得るためには各国への移行手続きが必要です。

PCT出願が各国へ移行すると、各国の審査官によってその発明を特許にしてよいか否かが審査されます。その審査の一つとして実施可能要件があります。

実施可能要件とは、同じ研究・開発分野の人(業界の専門用語では当業者)が、発明を実施できる程度に特許明細書に記載しなければならないという要件です。当業者が、特許明細書を読んでも発明を実施できないのであれば特許を与えないという至極当然の要件です。このため、米国特許法第112条、カナダ特許法27条、韓国特許法42条、日本特許法第36条等、すべての国で実施可能要件が規定されています。仮に、実施可能要件の審査をすり抜けて特許になったとしても、実施可能要件を満たさないことが後から証明されると、特許無効になります。

さて、当業者は、小保方晴子博士の特許出願を読んで「STAP細胞」を作成できるのでしょうか。4月1日の理化学研究所の報道によると、STAP現象の検証の実施を1年かけて行うとのことです。4月1日の発表では、論文には捏造にあたる研究不正行為があったと判断していますが、「STAP細胞」が再現できないとまでは判断していません。あくまでも仮定の話ですが「STAP細胞」が再現できないとなると、この特許出願は各国で特許にならないでしょうし、審査をすり抜けて特許になったとしても特許無効になります。

約9年前、韓国で元ソウル大学教授の黄禹錫(Hwang; Woo-Suk)氏の「ES細胞」捏造事件がありました。クローン羊やクローン牛及び黄禹錫の熱狂的な支持が日本でも報道されていましたので、この事件を覚えている方も多いと思います。黄禹錫氏は、「ES細胞」に関するPCT出願をしていました。そして出願を各国に移行し、今年2月11日に、米国特許8,647,872として特許されました。カナダでも特許になっています。一方、韓国では、データが捏造されているため拒絶審決になっており、現在特許専門の裁判所である特許法院で審理されています。日本でも特許公表公報 2008-523795として出願内容が公開されています。日本ではデータが捏造されているため特許にならないと判断したのか、審査請求したにもかかわらず途中で特許出願を取り下げてしまっています。

米国特許庁やカナダ特許庁としては、特許明細書の記載のつじつまが合っていたので特許にしてしまったのかもしれません。しかし、上述しましたように、米国特許法でもカダダ特許法でも実施可能要件が課されていますから、審査官の調査能力が低かったことが本当の理由かもしれません。

小保方晴子博士の「STAP細胞」の作成に関するPCT出願は、今後どのような運命になるでしょうか。

 

obi2_column

1372936_449717825139015_169435180_n (1)

●プロフィール

伊藤信和(いとう・のぶかず)…金沢大学工学部機械科卒業 平成6年 弁理士試験合格/ワシントン大学法学部CASRIP終了(2006年)/工作機械メーカー機械設計/国内・外資企業の知的財産部勤務(経験16年)/特許事務所を開設(2006年~)

●諏訪坂特許商標事務所

〒102-0083東京都千代田区麹町3-5-2 BUREX麹町

TEL 03-5213-5413

http://www.itopto.com/index.html

 

◆諏訪坂特許商標事務所の他のコラム

1.特許出願は医療保険に似ている?

2.特許取得のための2つのハードル

 

2014年5月号の記事より

雑誌版の購入はこちらから