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非上場会社の事業承継対策

◆文:野上浩二郎 (税理士法人アンサーズ会計事務所)

 

「自分の会社の株価を知っていますか?」

私はこれまで税理士として、数多くの会社の経理に携わってきました。また、某都市銀行へ出向していた際には、数百社の会社の決算書を目にし、多くの経営者とお会いする機会をいただきました。その中で前記の質問をすると、驚いたことに、9割以上の方が自社の株式の価値を全く把握されていないことに気づきました。

中小企業の多くは所有と経営が一致しています。つまり、経営者が自社の株式の大半を所有しています。会社の業績を良くすることは、会社を潤すだけでなく、オーナー経営者が保有している自社株式の価値を上げることにもつながります。

 

自社の価値が上がることは喜ばしいことなのですが、「事業承継」を考えた際には、この高い株価が悪影響を及ぼします。

株式を後継者へ譲る方法としては譲渡、贈与、相続などがありますが、いずれの場合にも資産の移転に伴い税金の負担が生じます。非上場会社の株式については市場で流通していないことから換金性が無いにもかかわらず、多額の評価額になるケースが多く、何も対策をしていないと、いざ相続が起こった際に後継者が多額の納税額に苦慮し、結果、会社の健全な継続にも影響を及ぼすケースが少なくありません。

 

非上場会社の株式については、通常、「類似業種比準価額」及び「純資産価額」を基に評価を行います。

「類似業種比準価額」は、自社の業種と類似する上場会社の株価と比準させることにより自社の株価を算定する方法です。具体的には、会社の直近の決算における「配当」「利益」「純資産」の3要素を用いて評価します。配当を多く出していて、多額の利益が出ていて、豊富な資産を持っていれば株価が高くなるということです。逆に考えると、配当を出していない場合や、直前期で利益が出ず赤字になってしまっていた場合には株価は下がることになります。

突然、経営者の相続を迎えてしまった場合には、その直前期の業績が良いかどうかによって株価が変動し、支払う相続税に影響を与えるため、税額が増えるか減るかは運任せになってしまいます。ただこれは事前対策を施していれば、配当や利益をコントロールし、株価が下がったタイミングで後継者へ株式を移転することが可能になります。

 

「純資産価額」は、自社の資産・負債を時価評価(相続税評価)に引き直し、純資産額を基に株価を算定する方法です。相続税の計算上、資産の種類によって評価額が変わります。1億円の現金は相続税の評価上も1億円ですが、1億円で購入した土地は約8,000万円、1億円で建築した建物は約6,000万円ほどの評価になります。この評価額の乖離をうまく活用すると、株価を大きく引き下げることも可能となります。

それでも株価が多額となる場合、相続税・贈与税の納税猶予制度(事業承継税制)を活用するのも一つの方法です。適用後5年間一定の雇用の確保をすること、株式を手放さないこと、などの諸要件がありますが、きちんと要件を充たした場合、株式の相続・贈与に係る税金の支払いを一定額まで猶予してもらうことができます。事業承継税制は昨年改正が行われ、これまでは親族内承継にしか用いることができなかったのが、親族外承継でも使用できるようになったり、充たすべき要件が緩和されたり、その他の細かな手続きについても簡素化され、以前よりも使いやすくなっているため、一考の価値があるでしょう。

 

平成27年1月1日より相続税の増税が行われます。具体的には、相続税の計算上控除できる「基礎控除額」が、現在の6割の基準へ引き下げられます((例)相続人が妻と長男、二男である場合の基礎控除額は、改正前は8,000万円、改正後は4,800万円)。また、同時に相続税の最高税率が55%へ引き上げられます(現在は最高50%)。

 

資産家の方にとっては大きな影響を及ぼす改正であると言えるでしょう。前述したように非上場株式は換金性がありませんが、相続税は原則として現金一括納付が求められるため、事前に自社の株価を計算し、相続税の試算をした上で納税の準備を進めておくことを強くお勧めいたします。

近年では親族内に適任の後継者がおらず、親族内承継だけでなく、従業員に会社を引き継がせたり(いわゆるMBO、EBO)、外部へ売却(M&A)するケースも増えてきています。ただいずれの場合にも自社の株価がいくらなのかを把握しておくことは経営者にとって必須であると言えるでしょう。

 

冒頭の話に戻りますが、経営者に事業承継についてのお話をした際に、税金のことは全て顧問税理士さんにお願いしているから心配ない、と仰る方が多くいらっしゃいました。税理士としてはお客様にそれだけ信頼していただけるのは有難いことなのですが、普段の決算業務と相続・事業承継の対策の場面では使う知識やノウハウが全く異なります。

 

税理士は専門業なのでお医者さんと一緒で専門分野が分かれます。普段は家の近くのクリニックに行っている方も、手術が必要な大きな怪我をしたら大学病院へ行くでしょう。それと同じで、普段の決算と相続対策では税理士を使い分けることも必要です(業界内でもセカンドオピニオンを取ることが一般化してきています)。事業承継は、経営者のご家族はもちろん、従業員や取引先の生活にも大きな影響を与える重要な事項です。是非、ご自身がお元気なうちに相続税や事業承継などの「資産税」を得意とする専門家に一度ご相談されることをお勧めします。

 

この情報が皆様が円満な相続・事業承継を進めて行く上でのきっかけとなれば幸いです。

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野上先生

プロフィール

事務所:税理士法人アンサーズ会計事務所

電話番号:0422-24-7013

http://www.ans-tax.jp

代表 税理士 野上浩二郎 のがみ こうじろう

1979年神奈川県生まれ。2003年慶應義塾大学文学部卒業後、税理士法人レガシィ入社。2009年辻・本郷税理士法人入社。相続・事業承継専門の部署にて数多くの相続案件及び、中小企業の事業承継案件を手掛ける。2012年税理士法人アンサーズ会計事務所を設立。資産家や中小企業オーナーの多くが潜在的に抱える相続・事業承継の悩みを掘り起こし、解決するために全力を尽くしている。東京税理士会武蔵野支部所属(登録番号117886)